第5話 風俗とパチンコ
日下部は、今までに、風俗やパチンコなどに走ったりした。それも、離婚してからのことであり、離婚するまでは、まったくなかったことだった。
いや。まったくなかったというのは、ウソになる。それぞれ、最初に、
「その味」
というものを教えてくれる人がいて、その人がいなければ、いくら離婚したからといって、そっちの道に入り込むということはなかったのだ。
パチンコに最初に連れて行ってくれた人も、風俗に連れていってくれた人というのも、実は、
「同一人物」
だったのだ。
その人は、大学の先輩で、
「ギャンブルや女を知らなかったら、大人になれないぜ」
という風に思っている人だった。
「まぁ、もっとも、パチンコの場合は厳密には、ギャンブルではないからな」
といって、
「三店方式」
というものを教えてくれた。
一般常識として聞いていたが、よく考えると、それも当たり前のことでもあったのだ。
パチンコ屋が開店する前の抽選から連れていってくれた。
「ここで、入場の順番が決まるのさ。皆研究して、本気で勝ちに行っている人もいるから、最初の台選びは重要なんだよ」
と言っている。
「これは、店によってやり方が違う。最初から、先着順というところもあるけど、中には、開店三十分前に一度打ち切って、そこで、抽選するんだ。そこで、入場順が決まるということさ。だから、先着順のように、とにかく早く来れば、一番を狙えるということであり、先着順でなければ、三十分前にさえくれば、抽選が受けられるので、急いでくることもないというわけさ。ただ、一つ言えるのは、ここで、一番に入れたからといって、必ず出るとは限らない。でも、自分で選んだ台だから、諦めもつくということだろうね」
という話をしてくれたのだった。
「なるほど、分かりました」
ということで、何事も初めてだったので、ただ、興味津々だったのを思い出した。
その日は、結構人がいた。
「今日はものすごく多いように思うんですけど」
というと、先輩が、
「今日は新台入れ替えの日だからな。多いのも当たり前だよ」
といった。
「新台入れ替え?」
と聞くと、
「パチンコ屋というのは、どんどん新しい台を導入して、活性化させないと、なかなか客が定着しないと思っているところもあるようで、そのために、新しい台を積極的に導入するところもあるんだよ。もちろん、数か月、台入れ替えをしないところもあるけどね、でも台入れ替えをすると、設定を結構出るようにしている店もあるので、新台入れ替えの時は出る台を求めて、皆来るということさ」
というので、
「なるほどですね」
と答えると、
「でも、俺は、新台入れ替えの時には来ないのさ」
というではないか。
「どうしてですか?」
と聞くと、
「俺は、前の日や、その前の日、つまり、ここ数日の推移で台を選ぶようにしているので、新台入れ替えされると、それがリセットされるので、統計で考え、台選びをする人間には、新台入れ替えは、却って困る。しかも、新台にはどうしても集中するから、出るかどうか分からない新台は、リスクもあるよな」
というのだ。
「じゃあ、先輩は新台狙いにはいかないんですか?」
というので、
「そうだな。俺は新台は狙わないかな?」
という。
「どうしてですか?」
とまた聞くと、
「台の特性が誰にも分からないからさ。パチンコやパチスロを知っている人は、台の特性を理解してやることで、辞め時などの計算が立つわけで、いかに負けない立ち回りができるかということが分かるというものだ」
ということであった。
「なるほど」
と答えたが、それ以上の答え方もなかったというものであった。
先輩に言われて、少し台の特性を聴きながら座って、少し打ってみたが、狙うところを教えてもらい、そこを狙っていくと、アタッカーに入ると、液晶の数字が回転し始めた。
「これがそのうちに揃うと、大当たりということになるんだが、それまでに、大当たりするまでの演出があるんだけど、これにもいくつものパターンがあるから、それが面白いのさ。その楽しみを感じるために、パチンコをする人もいる。だから、パチンコは勝ち負けだけを楽しむところじゃないのさ。これは、どのギャンブルにも言えることなんだけどな」
というのだ。
そんな先輩の話を聴いていると、回転を結構するようになった。台の特性も少し分かってきて、
「なるほど、アタッカーに入った回転の権利は4回まで補償してくれるんだ」
ということも分かってきた。
そこまで分かっていることを先輩も理解したのか。
「例えば一分間で、何回回転するかということを回転率というんだけど、パチンコの台選びは、基本的に、回転率のいい台を優先すればいい。それだけ当たる確率が高くなるということだからな」
と教えてくれたが、やっているうちに、それくらいのことは分かると思うようになってきた。
演出も見ていると、
「どんな演出が、熱いと言われるものか分かってきた気がした」
と感じた。
数回大当たりを繰り返すと、
「なるほど、二段階か三段階あって、最後までいかないと当たることはないんだな」
ということが分かってきた。
そして、それまでのパターンも分かってきて、
「どうやら、大当たりが濃厚と呼ばれるような演出も含まれているんだな」
ということが分かってくると、
「そうか、さっきの先輩が言っていた、台の特性が分からないと、面白くないといっていた意味が分かって気がした」
と感じた。
これを勝ち負けまで考えて打っているとすれば、台の特性を、
「いかに早く理解するか?」
ということであろう。
「同じ機種でも、台によって、微妙に違う。だから、面白いのであり、昨日出た台が今日出るとは限らないというものなのだろうな」
と感じるのだった、
少しだけ、
「パチンコというのも面白いな」
ということで少し楽しんで打っていたが、自分が好んで打っていた台が、パチンコ屋からどんどんなくなっていった。
少し特殊性のある台だったので、それを打つ人は、結構マイナー好きの人ということで、途中から、台数も減らされ、位置も、バラエティコーナーに追いやられてしまったことで、次第に、隅に追いやられることになってしまったのだ。
それを考えると、やはり店から撤去されるのも、時間の問題だったようで、その台を他の店でも見なくなった。
そうなると、パチンコ自体に対しても興味がなくなり、あっさりと、パチンコを打たなくなっていた。
だから、その時、ちょっとパチンコを打ったといっても、数か月くらいの間だったといってもいいだろう。
風俗に関しては、やはり同じ先輩に連れていってもらったのが最初だったのだが、恥ずかしながら、その頃まで、まだ童貞だった。
大学二年生の頃だったので、本人としても、さすがに、
「まだ、この年で童貞だなんて」
ということで、焦りのようなものを感じていたのだ。
実際に、友達の中で、童貞というのは、日下部くらいのもので、それを見かねた先輩が、
「じゃあ、今度連れていってやろう」
といって、約束してくれた。
パチンコの時もそうだったが、この先輩は。
「自分から何かを言い出して、約束したことをたがえたことは一度もない」
ということだったので、仲間からも、後輩からも慕われていた。
だから、パチンコにしても、風俗にしても、日下部と同じように、
「初めて」
ということで、最初に連れていってもらったという人は少なくなったであろう。
先輩から、
「今度の木曜日あたり、夕方空いてるか?」
と聞かれた。
「ああ、風俗のお話だ」
とすぐにピンときたので、正直ワクワクして、
「ええ、空いてますよ」
と答えると、
「よし、わかった」
と一言いうだけだった。
先輩がそれ以上言わないということは、
「やはり連れて行ってくれるんだ」
ということが確定したのだと思うと嬉しかった。
「よし、じゃあ、それで計画を立てよう」
と先輩は、それだけ言って、当日の朝に連絡してきて、
「じゃあ、午後三時に、学校の図書館のところで」
ということだった。
「そういえば、パチンコ屋に最初に連れていってくれたのも、待ち合わせ場所はここだったな」
ということを思い出していた。
先輩は、約束の時間には待っていてくれて、ニッコリと笑うと、
「さあ、行こう」
といって、自分はさっさと歩き始めた。
先輩は、こういう時は何も言わない。まるで、
「俺の背中でも見ていろ」
と言っているように見えて、
「実に頼もしい」
と感じるのであった。
歩き始めた先輩の、確かに背中しか見ることはなかった。一言もしゃべらずに前だけを見て歩いている先輩の後ろから、ただついていくだけだった。
だが、その方が、興奮というのは膨らんでくるもので、ある意味、
「夢にもでも見た」
といっていいと思う、風俗に、先輩が連れていってくれるというのだ。
だが、日下部が風俗に行かないのは、別に、恥ずかしさだけのせいではなかった。
中学生の頃に初めて買った、いわゆるエロ本と呼ばれるもの、本屋え一人で買うことに違和感がなかったほどだ。
普通だったら、
「恥ずかしい」
と思うのが当たり前なのだろうが、日下部は、そうは思わなかった。
実は、友達の中で、真面目で通っているやつが、一人で堂々と買っているのを見たからだ。
「恥ずかしくないのか?」
とも思ったが、あまりにも、本を買っている姿が、堂に入っているのが、眩しいくらいで、その凛々しさに感動したことで、
「あそこまで堂々としているだけでいいんだ」
と思い、そういう意識には、違和感がなかったのだ。
だが、風俗に関しては違った。
「そんなこと、一度もいったことがない人間が感じるようなことは普通はないんだけどな。お前、やっぱり変わってるわ」
と先輩から言われたが、正直、
「何が変わっているというのか、正直、意味が分からなかった」
そう考えてみると、
「この先輩から、よくわからないと言われ、変わっていると言われたということは、俺って、喜べばいいのか?」
と感じたのだ。
「人と同じでは嫌だ」
と日ごろから思っている日下部という男は、
「いやいや、これで俺も、先輩に求められるような男になってきたのか?」
と感じたのだ。
先輩の、
「変わっている」
という言葉は、相手に尊敬の念を持っていて、リスペクトをしているからだと思ったのは、勝手な思い込みということなのだろうか?
そんなことを考えていると、次第に、
「初風俗」
というものへの緊張がほぐれてきた。
「どうして今まで行かなかったんだろう?」
と真剣に考えたが、その理由は自分でも分かっているつもりでいたのだった。
その理由というのは、いわゆる。
「賢者モード」
と言われるものであった。
この、
「賢者モード」
というのは、男女の性に対しての、
「満足感」
あるいは、
「達成感」
というものに違いがあるからだ。
これは、
「男女の違い」
といっても過言ではないだろう。
「女性の場合は、一回のセックスで、何度も達することができる」
と言われるが、男性の場合は違う。
一度達して、果ててしまうと、次の波が襲ってくるまでに、個人差はあるが、しばらくかかるというものである。
そして、次の波が襲ってくるまでに男性が陥るモードを、
「賢者モード」
というのだった。
その時の感覚は、
何やら、
「虚しさ」
というものを感じるのであった。
「達して、放出してしまうと、男は果てしない脱力感に襲われ、言い知れぬ、罪悪感のようなものが襲ってくる」
つまり、
「罪悪感に陥る理由もないはずなのに、なぜか理由もなく襲ってくるのだ」
ということであることと、さらに、肉体的には、
「必要以上に、身体が敏感になっているので、シーツに触れただけでも、何やら気持ち悪さのようなものがある」
という人もいる。
心身ともに、そんな感じなので、
「賢者モード」
という状態の男性は、本当に虚しさに包まれているのだった。
しかも、これが風俗で、
「お金が掛かっている」
というわけだ。
だから、
「こんなことなら来なければよかった」
と感じたのと同時に、
「お金がもったいない」
という思いにまで至ったのだとすれば、それは寂しいことである。
「本当に厄介だな」
と思っていたところに先輩からの、
「お誘い」
があった。
先輩からの誘いを断るのは失礼だということを理由にすれば、少しは賢者モードから逃れられるかも知れない。
という思いと、
「これで念願の童貞喪失ができる」
と思ったことで、
「これもいい機会だ」
と感じたのだ。
最初言われた時はそうでもなかったが、 その日が近づくにつれて、どんどんと楽しみになってくる。
先輩に連れて行ってもらったお店は、結構キレイで、想像以上だった。
だが、このレベルでも、高級店ではないという。
「いやいや、俺もそんなに先立つものがあるわけではないからな」
と照れていたが、それもしょうがない。
連れて行ってもらえるというだけで、感謝しかないからだ。
先輩が、自分にあてがってくれた女性というのは、
「童貞キラー」
ということでは、その筋で有名な嬢だということであった。
「お前にはピッタリだ」
といって、先輩が連れてきてくれたのだったが、彼女も、
「ああ、あの先輩のご紹介なのね?」
といって喜んではいるが、結構、こういう機会が多いのか、
「あの先輩には感謝している。そのおかげで、私は、この界隈では童貞キラーと言われ、結構筆おろしに来てくださるお客さんもいてね。しかも、私が最初だったことで、感動した、元童貞君たちが、結構何度かリピーターになってくれるので、これほどうれしいことはないわ:
というではないか。
「そんなものなんだ」
と聞くと、
「そりゃそうでしょう。私たちだって、初めて会う男性って、正直怖いもん。接客のし方も手探りだし、下手をすれば、どんな性癖を持っている人か分からないでしょう?」
というのだった。
「確かにそうかも知れないですね。言われる通り、一度でも相手をした人なら、安心ですからね」
というのだった。
どうやら、二度目以降の指名は、
「本指名」
といって、指名料に若干の追加料金のようなものが発生し、それが、嬢にフィードバックしてくるというシステムの店もあるようだ。
だからこそ、女の子にとっては、
「お金というよりも、気持ちの問題の方が大きかった。いくら接客とは言いながら、どんな性癖を持っている人か分からず、風俗というものを、高い金を払っているということで、まるで、ハーレムのようなもので、女の子が何でもいうことを聴いてくれるとでも思っているような、とんでもない、
「勘違い野郎」
が一定数いるのも、否定できないだろう。
日下部は、その嬢とそんな話をしているうちに、緊張は完全にほぐれていった。
「それが、彼女の特徴であり、長所なんだろうな」
と感じた。
風俗嬢というのは、彼女が最初で彼女しか知らない時は、
「この女性は天使だ」
と思っていた。
勘違いだとウスウスは分かっていたが、
「自分が好かれている」
というように感じるのであった。
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