拝啓、なずなの君へ。
熒惑星
春和の候
「全ての生物が海から生まれたとしたら、全ての生物は一体何処へ向かうのかな」
黎明を迎えた春の海に零した。
サンダルの心もとなさに震えながら金属の塊に飲み込まれたのは一時間前。時刻表に書かれた始発の時間を見て揺れた心は何を思ったのか、私にも分からなかった。こんな早い時間から? それとも意外に遅いね、かな? あんな恋をしたってレールを外れることはなかったから、きっとどちらかを抱いたはずなんだけれど。
そうやって乗り込んだ始発にはやつれたサラリーマンと家出中って看板を首から下げたような女子高生。ちらちらとこちらを見る視線に、同じにしてほしくはないなぁ、なんて。
私はその視線を置き去りにして目的の駅で電車をぴょいと降りた。潤沢な残高を晒しながら改札を通り抜けて、なんとなく海の音がする方向に足を進めた。思っていたより海が近かったらしく、私の耳の適当な道案内でも数分で海岸に着いた。
それから数分か、それとも数十分か分からないけど波と戯れていたら、夜明けが私の目前にやってきた。それを見て私は気付いた。
夢を見ていたんだ、きっと。
だってそうじゃなきゃこんな美しいはずの景色が安っぽく見えるわけないから。潮騒。水天一碧。波の綾。母なる海。そうやって多彩な言葉で美しく表現されるはずの海が。すべての生物が生まれたところとされている海が。ただの塩水にしか見えないの。あぁ、なら。ただの塩水からすべての生物が生まれたなら。
「全ての生物が海から生まれたとしたら、全ての生物は一体何処へ向かうのかな」
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