第55話【幕間】アンナ・レーシッチという女生徒

 時は少し遡って――レークたちが自警団の詰所を訪れる数時間前。

 ハートランド家のプライベートビーチに侵入したとして拘束されていたアンナ・レーシッチは同じく詰所で夜を過ごしていた。

 しかし、彼女の場合はハートランド家の令嬢であるトリシアの口添えもあり、厳しい扱いは避けられた。

 本人の訴えとバイト先の上司の証言などから危険性はないと判断されたことも手伝い、アンナは一風変わった待遇で迎え入れられていたのだ。


「とりあえず接触の第一段階は成功ね」


 用意された部屋のベッドへ横になりながら、アンナは呟く。

 彼女は王立フォンバート学園のトップであるメアリー・ウェザレル学園長からの命を受け、最近学園内で存在感を示しているレーク・ギャラードの監視及び動向調査を行っていた。


 同じ学園に通う者同士ということで、当初はもっとフランクな調子での接近を試みようと画策していた。

しかし、レーク・ギャラードが学園長でさえ気づかなかったクレイグ・ベッカードの悪事を見破ったり、交易都市ガノスを支配しようとしていたザルフィンの目論見を潰すなどの功績を考慮し、慎重な対応へと切り替えていた。


 それが功を奏し、予定通りハートランド家にも近づけた。


 ウェザレル学園長は国家の中枢を担う御三家を自らの「計画」における最大の障害物と考えている。

 学園長に仕える身であるアンナとしては、その脅威を取り除くために動く必要があった。

 レーク・ギャラードと御三家。

 いずれも一筋縄ではいかない相手というのは百も承知だ。


 それでも、学園長の忠実なしもべと豪語するアンナとしてはなんとしてもやり遂げなくてはならない案件だった。


 彼女はベッドから起き上がると、部屋のドアノブに触れる。


「……さすがに魔力でロックされているみたいね」


 御三家令嬢の手前、指示に従って好待遇となっているが、さすがにそこまで自由にはやらせてくれないか、とため息を漏らすアンナ。

 一応、風呂とトイレはついているし、食事も運んでもらえるから苦労はしなかった。

 ――だが、この程度では彼女の動きを制限することはできない。


「あいにくと、こういうのは効かないのよねぇ」


 本来であれば魔力によって通常以上に頑丈な施錠となっているが、アンナはそれを嘲笑うかのように軽々と解除して部屋の外へと出る。


「さて、バレないうちに必要な情報を集めましょうか」


 実はレークと御三家絡み以外にもある命令を受けていたアンナは、目的地へと向かおうとする――が、その途中で地下牢近くを通過した際、その場に不釣り合いな人物の姿が視界に飛び込んできた。


「なぜ彼がこんなところに……?」


 疑問を抱きながらも、自分の任務と関係しているかもしれないと思い、そのまま監視を続けていると、彼は牢屋に入っていた男と何やら強い口調で会話をしていた。


「あの人って……確か、昨日町中に現れたって人?」


牢屋に入っていたのはレークたちが話を聞こうとしていた男だった。

 しばらく話し合いが続いた後、男は牢屋から罪人を出し、そのままどこかへと連れ去ってしまう。


 この一連の動きを目の当たりにしていたアンナに、ある閃きが舞い降りた。


「いいじゃない……うまくいけばいろいろと手間が省けるわね。この機会を利用させてもらうわ」


 そう言ってほくそ笑むと、彼女は踵を返して元の部屋へと戻っていく。


「レーク・ギャラードのお手並み拝見といきましょうか」


 こうして、レークの知らないところでまたしてもよからぬ動きは加速していくのだった。

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