第49話 迷い込んだ者

 御三家の一角であるハートランド家のプライベートビーチ。

 本来であればここに関係者以外が立ち入れないはず。

 

 俺が視界の端に捕らえた人影は見間違いだったのか……仮にもしそうでなかったとしたら一大事だ。

 正体を確かめるため、俺は岩場へと駆けだす。

 ゴツゴツとした足元を慎重に進みながら周囲を見渡していく。

 しばらくすると俺の行動に気がついたルチーナが追ってきた。


「どうかしたのですか、レーク様」

「いや、さっきこの辺りに人影が見えた気がして」

「まさか……ここはハートランド家のプライベートビーチですよ? 侵入者がいればすぐに分かるはずですが」

「……どうやら、今になって気がついたようだな」


 気配に気づいて振り返ると、さっきまで俺がいたビーチに武装した兵士たちの姿が。

 恐らく、侵入者の存在に気づいて駆けつけたのだろうが……それにしては少し遅くないか?


 まあ、ハートランド家に仕えている者というなら優秀なんだろうけど。


 とりあえず、こちらで人影を発見したと伝えに戻ろうとした――その時、何かが動く物音がした。


「っ! ルチーナ!」

「はい。聞こえました。あちらです」


 間違いなく、この岩場の向こうに誰かがいる。

 確信した俺とルチーナは兵士たちを呼び寄せるよりも自分たちで捕まえた方が手っ取り早いと判断して前進することにした。


 ――だが、こちらは水着で丸腰。

 深追いは危険かもしれないという不安が一瞬脳裏をよぎるのだが、ふとルチーナへと視線を移すといつの間にか両手にナイフを持っていた。


 さっきまで確かに手ぶらだったはずなのに、どこから取り出したんだ?

 疑問に思って尋ねてみると、彼女は両手のナイフの先端を自身の胸へと向けた。


「これでお分かりいただけるかと」

「……さすがだな、ルチーナ」

「お褒めいただき光栄です」


 そういえば、メイド服を着た時も武器を隠しやすくていいとか言っていたな。

 彼女にとって良い服の条件とはいかに武器を隠せるのかという点にある……いや、それにしたってあそこに隠せるものなのか?


 とてつもなく気になるところではあるが、それについてはあとで質問するとして――今は侵入者の追跡だ。


 しばらくすると、ついにハッキリとその姿を視界に捉えた。


「っ!? 女の子!?」


 てっきり、見るからにそれと分かる悪党がハートランド家を襲撃するために侵入してきたのだとばかり思っていたが……まったく正反対と言っていい可愛らしい少女がそこにいた。


「まさか女の子だったなんて……」

「どうしますか?」

「……声をかけないわけにはいかないだろ」


 たまらず安堵してしまったが……まだ油断はできない。

 俺とルチーナは警戒をしつつ少女に話しかけた。


「君、こんなところで何をしているんだ?」

「はい?」


 振り返った少女の姿を見て、息をのむ。

 銀色の長い髪をおさげにしていた少女は俺と変わらないくらいの年齢をしていて……めちゃくちゃ可愛かった。


 浅葱色の瞳にジッと見つめられて動けなくなるが、ルチーナのわざとらしい「コホン」という咳払いで我に返った。


「こ、ここで何をしているんだ? 一般人は入れないはずだが……名前は?」

「アンナです」


 名前まで可愛いとか反則かよ――って、そうじゃない。

 とりあえず、彼女からいろいろと事情を聞き出さなければ。

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