第31話【幕間】閉ざされた想い

 レーク・ギャラード。


 彼と会うのは本当に久しぶりだったけど、男の子らしくなったというか、大人っぽくなったというか、とにかく成長しているというのは伝わってきた。


 それでも、あの優しい笑顔だけは子どもの頃から変わっていない。


 私は何度もあの笑顔に救われてきた。

 だからかな……気づいた時には彼のことを好きになっていた。


 会える機会は決して多くはなかったけど、それでも幸せだった。

 

 ――あの日が来るまでは。


 六歳になった時、町へ遊びに行った帰りに財産を狙う盗賊たちが馬車を襲撃し、周りの護衛騎士たちを惨殺した後で誘拐された。


 犯人たちはのちにあっさりと捕まり、全員が処刑となったが、まだ幼かった私には精神的なダメージが多く、それから人と会うことが恐怖となってしまった。


 レークに会いたいとお願いをしたが、今の状態ではとても無理だとお父様から反対され、私は部屋に閉じこもってばかりの日々を過ごすことになった。


 しばらくすると、お父様から魔草薬の調合を依頼される。

 たとえ人と会うことができなくても、部屋で魔草薬の調合くらいならできる。

 私は言われた通りの効果を持つ魔草薬を作りあげ、お父様に渡した。


 その結果――私の作った魔草薬はお兄様が作った物として扱われ、成績不振で入学は絶望的だろうと言われていたお兄様は王立学園への入学を果たしたのだった。


 それから、お父様は私に兄の影となるよう命じた。


 家族はまるで私の存在などはじめからなかったかのように振る舞いだしたのだ。

 でも、私は特に気に留めなかった。

 むしろこれで誰とも付き合いを持たなくていいのだと安堵したくらいだった。


 お父様は「せめて学園は卒業してこい」と送りだしたが、それは建前で、本音としては私が学園にいた方が兄の役に立つからというのが本音。


 私としては特にやることもないから入学を了承し、試験に合格。

お父様が学園関係者にこっそり用意させた急ごしらえの書庫で過ごすことになった。


 なぜか生徒会長さんに気に入られているという点を除けば、概ね想定通りの学園生活が始まった――が、その日は突然やってくる。


『俺ですよ。ギャラード商会のレークです。お互いの屋敷で何度かお会いしましたよね』


 忘れるはずがない。

 ずっと会いたいと思っていた相手の顔を。


 もっとも、彼の方は最初気づかなかったようだけど……最後に会ったのはもう数年も前のことだからそれは仕方がない。


 でも、とにかく思い出してくれたことが嬉しかった。

 なんか周りに美人な秘書と可愛らしい同級生がいたのがちょっと悔しかったけど。


 それよりもまた彼と一緒にいられると知った時は本当に――


「おい! いるのか! クレア!」


 浮かれていた私の気持ちを一気に現実へと引き戻したのは、兄であるウォルトンお兄様の怒鳴り声だった。


「明日提出用のレポートは完成しているんだろうな!」


 書庫へやってくるなり大きな声で捲し立てるウォルトンお兄様へ、私は「こちらです」と用意していたレポートを手渡す。


「ちっ! いるんだったらさっさと渡せよ。愚図が」


 いつものように悪態をつきながらレポートを乱暴に受け取ると、そのまま書庫を立ち去ろうとするが、今日はなぜか足を止める。


「そういえばこの学園にあのレーク・ギャラードが入ってきたらしいな」

「っ!」


 いきなりレークの名前を出されたことで、私は動揺してしまった。

 お兄様はそんな私のリアクションを見逃さない。


「どうやら、もう会ったようだな」

「そ、それは……」

「入学早々から大活躍し、周囲から注目を集めている……気に入らねぇな。商人らしく物と媚だけ売っていればいいのに」

「か、彼に何をする気なんですか!?」


 たまらず声を荒げる。

 反抗的な私の態度はお兄様の怒りを買ってしまった。


「なんだぁ、おまえ。まだあの野郎に気があるのか? ……面白れぇ。だったら俺が直々に相手をしてやるよ。ちょうどむかついていたんだ、あいつには」


 歪んだ笑みを浮かべるお兄様が何を考えているのか、私には手に取るように分かった。

 やめてくれるように頼もうと駆け寄ると、お兄様は私の髪を乱暴に掴んだ。

「いいか! 淡い希望なんて抱くんじゃねぇぞ! おまえは俺の影だ! 影は影らしく、この薄暗い書庫で俺のために俺のためにだけその力を使えばいいんだ!」


 怒りに任せて怒鳴り散らすお兄様は最後に「俺から逃げられると思うなよ!」と吐き捨てて書庫を出ていった。


「うぅ……」


 残された私はその場にうずくまり、ただすすり泣くことしかできなかった。


「レーク……レーク……」


 再会した幼馴染の名前を何度も呟く。

 助けに来てくれるはずなんてないのに、どうしてもすがってしまうのは彼の笑顔だった。

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