第26話 (悪い意味で)属性過多

 王立フォンバート学園の敷地内にある大図書館。

 王都のど真ん中にあっても不思議ではないくらい豪華な造りをしているが、外観だけでなく中身も凄かった。


「「おぉ……」」


 実はこうして足を踏み入れるのは初めてな俺とルチーナは、あまりにも広すぎる館内の規模に開いた口がふさがらなかった。


「あら? ここへ来るのは初めてかしら?」

「え、えぇ、あまり機会がなくて」

「それは実にもったいないですわね。なかなかお目にかかれませんよ? これほど大きな図書館は」

「今まさにそれを実感しています」


 ここまで立派な施設なら、利用しない手はないな。

 前世で学生だった頃も、図書館とか無縁の存在で近寄りすらしなかったからな。


 しかし、こちらの世界はまるで違う。

 手に取って読んでみたい魔法関連の書籍が山のように並んでいた。


 最初はこの中から自在魔法属性セレクト・マジックに関する書物を読み漁るのかと思ったが、トリシア会長曰く、もっと効率的な方法があるという。


 ピンと背筋を伸ばして歩く会長の後を追っていくと、やがて図書館には似つかわしくない物が俺たちの前に姿を現す。


「こ、これは……」


 思わず息をのんだ。

 そこは図書館の最奥部と思われる場所なのだが……なんとさらに奥へ進むためのドアが出現したのだ。


 しかもそれはただのドアじゃない。


 鉄製で重厚さが漂っており、とてもじゃないが学生がひとりふたり集まったところで開けられはしないだろう。


 おまけにドアノブには鎖が巻きつけられており、まともに動かすことさえ叶わない。

 

 とても前には進めそうにないのだが、会長の視線は真っ直ぐ前しか向いていない。

 やはり、なんらかの理由でこのドアを開けてもらう必要がありそうだ。


「司書の方に言って開けてもらいますか?」

「その必要はありません。というか、司書の方では開けられません」


 そう言うと、トリシア会長は腕をパキパキと鳴らし始める。

 とても御三家のお嬢様がやる仕草とは思えなかった。


「ところで、レークさんは私の魔法属性を御存知ですか?」

「もちろんです。無属性ですよね?」


 一見なんの特徴もなさそうに思える無属性だが――実はその逆だ。


 炎や水、風や雷に比べて地味な印象を受ける。

 だが、痒いところに手が届く万能さがあるのだ。


「無属性魔法にはさまざまな使い道があります。中でもわたくしが気に入っているのが――こちらです」


 直後、トリシア会長の全身から膨大な量の魔力が溢れ出てくる。

 

「お見せいたしましょう。わたくしの力を」


 高らかに宣言し、厳重に守られた鉄製のドアに手をかける。


「解錠魔法か?」

「恐らくは」


 この状況で使う無属性魔法といえばそれしか考えられない――のだが、トリシア会長は何を思ったのか普通にドアノブを握ってこじ開けようとする。


「えっ? トリシア会長? 何をしているんですか?」

「何をって、扉を開けているのですが?」


 あれだけ大量の魔力を放出しておいて力業!?

 いや、そもそも女性ひとりの力で開けられるサイズと重量感じゃないぞ!?


 俺の心のツッコミは会長さんに届かず、そのまま力で開けようとするトリシア会長。

 

 ――だが、その時不思議なことが起こった。


 ギギギ、という鈍い音を奏でながら、あの扉がゆっくりと開いていったのだ。

 なぜそれができるのかと言えば、考えられる可能性はひとつしかない。


「身体強化魔法か……」


 あの細くて綺麗な腕から出されているとは到底思えない馬鹿力は、身体強化魔法によるものだったのか。

 まあ、素であれだけの力を発揮できたらそれはもうただのゴリラだからな。

 さすがに思考まで筋肉というわけじゃないだろう。


「やはりパワー……パワーで解決できない問題はありませんわ」


 訂正する。

 もうただのゴリラだよ、この人。

 外見は美少女だし、振る舞いは淑女のそれだけの中身はパワーでなんでもゴリ押しするゴリラそのものじゃん。


 ワンオペゴリラ系生徒会長って……属性盛りすぎだろ!


「開きましたわ。さあ、中へと入りますわよ」

「は、はい」

 

 パンパンと手についた汚れを叩いて払いながら、トリシア会長は何事もなかったかのように平然と振る舞いつつ歩を進めていく。


 なんとなくだが、生徒会に彼女しかいない理由が分かった気がする。


 生半可な生徒では、あの人についていくのは大変だ。

 常時全力疾走しているような彼女の背中を追うどころか、影すら踏めずに脱落していくだろう。


 御三家という特別な立場というより、トリシア会長のスペックが高すぎるのだ。


 呆れと尊敬が混じる不思議な感情が沸き上がる中、同時になんとかうちの商会と懇意にできないかと考え始めていた。


 学園に入学した際は、少なくとも御三家のひとりと深い関係になろうと計画を立てていた。

 三つの家の力は拮抗しており、それぞれ国重要な役割を担っている。


 トリシア会長がいるハートランド家は、代々軍部の最高権力者として君臨してきた。


 うまく取り入れば、武器や防具を独占的に供給できる。

 せっかくここまでお近づきになったんだ。

 この機会を逃すわけにはいかない。


 腕の良い商人とは、巡ってきた好機を確実に仕留めるものだからな。


 ――だが、まずはコニーの病状を回復させることに専念しなければ。


 重厚な扉の先には、意外にも穏やかな空間が広がっていた。


 あちこちに観葉植物が置かれ、テラスまで設置されている。

 

 トリシア会長のパワーを目の当たりにして忘れかけていたが、ここは図書館だ。

 本来であれば、これが普通の光景なんだよな。


「ここは禁忌書庫と呼ばれる場所ですわ」

「き、禁忌書庫……」

「一般学生は立ち入りを許可されない特別な場所――まあ、御三家のひとつであるハートランド家のわたくしならば問題なく入れるのですが。もちろん、わたくしが入室を許可すればあなたたちが入っても罰せられることはありません」


 学園にそんな場所があったとはな。

 

「ですが、どうしてこの禁忌書庫に?」

「先ほど言いましたでしょう? ――人に会いに来たと」


 生徒会長が頼るほどの人が、この禁忌書庫にはいるってわけか。

 

「その人はどんな方なんですか?」

「生徒たちの間では【禁忌書庫の魔女】の名で通っている魔法使いですわ」

「き、禁忌書庫の魔女……」


 ……またなんかヤバそうな人が登場してきそうだな。

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