第20話 奴隷オークションをぶっ潰せ!

 名もなき奴隷の少年がもたらした情報により、ザルフィンの目論見が発覚した。


 恐らく、裏闘技場の件で罪に問われなかった貴族どもに新たな刺激を与えようと始めたのがその奴隷オークションなのだろう。

 

 まあ、それがなかったとしてもそのうち手を出していたかもしれんが。

 いずれにせよ、俺にとっても上客となり得る貴族どもを取り込もうとするのは見過ごせないな。


 というわけで、俺はそのオークションをぶっ潰すことに決めた。

 こいつをめちゃくちゃにしてやれば、ヤツの評判はガタ落ち。

 

 さらにルチーナとコニーの俺に対する忠誠心も強化される。


 それだけにとどまらず、まだまだ二の矢、三の矢とオークションを潰すことで俺に大きくプラスに働くことがある。


 それを想像するだけでワクワクしてくるが……まずは会場へと乗り込まないとな。


 だが、この交易都市には騎士団の人間が常駐している。

 それに隠れてそんな大それた悪事を働ける場所は限られるはずだ。


 というか、騎士団の人間も絡んでいるのだろうな。

 ザルフィンから金をもらって見逃してもらっている可能性が高い。

 でなきゃとっくに気づいていそうだし。


 ――で、その指定された場所というのは……至って普通の食堂だった。


「こ、ここがオークション会場?」

「普通の大衆食堂のようですね」


 コニーもルチーナも信じられないといった様子で店の看板を見上げている。

 俺も半信半疑だったが、招待状にあった指示通り、店に入る。

 すると、店主がすかさず「いらっしゃい! 注文は決まっているかい?」と挨拶。

 

 ……ここからだ。


「ローエン牛の蒸し焼き。野菜は少なめスパイスマシマシで」

「っ! ではこちらの御席へどうぞ」


 メニューを耳にした店主の顔色が変わり、それから俺たちは店の奥にある特別室へと案内される。


 部屋の前では店員が立っており、「こちらです」と無駄に凝った装飾が施された扉を開けて中へと通された。


 そこはとても狭い部屋で、中央に下へと通じる階段があるのみ。

 この下がオークション会場らしい。

 

 まあ、こっちはさすがに一般客用の入り口になるのかな。

 貴族はまた別口から入ってくるのだろう。


 階段をおりた先にはとても地下とは思えない広大な空間があって、オークションのために来場した大勢の客で賑わっていた。

 テーブルには豪勢な料理が並び、露出の多い服を着た女性たちがドリンクを配っている。


 見るからに怪しい気配が充満した部屋に少し戸惑いを覚える頃、これまた派手な衣装に身を包んだ三十代半ばほどの男が近づいてきた。


「ようこそいらっしゃいました、レーク・ギャラード様。お噂はかねがね伺っておりますよ」


 人の良さそうな笑みを浮かべながら近づいてくる、いかにも意識高い系って感じの男がザルフィンらしい。


「あなたがザルフィンか?」

「いかにも。本日はお誘いを受けていただき、感謝しています。お連れの方もどうか最後までゆっくりとお楽しみください」

「楽しむ必要はない。俺はこの会場をぶっ潰しにきたのだからな」


 俺のひと言を受け、周りは騒然となった。

 彼らの多くは「レーク・ギャラード」という名前を聞いただけで嫌な予感はしただろうな。


 何せ、こことよく似た裏闘技場を壊滅させた張本人なのだから。


「ぶっ潰すとは……穏やかではありませんね」


 ただひとり――ザルフィンには動揺の色はまったく見えない。

 相当場数を踏んでいるようだな。

 少なくとも、クレイグ・ベッカードよりは手強いのが分かる。


「俺もいずれはこの町で商売をやろうと思っている。だから、あんたのような外道に居座られては困るんだよ」

「若いのになかなか強気ですね。――だが、これを見ても同じ態度を保っていられるかな?」


 言い終えた直後、ヤツの全身から俺でも感知できるくらいの魔力が漂い始める。


「魔法使いだったか。おまけにかなりの魔力量……もしや元魔法兵団の人間か?」

「さあて、昔の話は忘れちまったな」


 いよいよ本性を出してきたか。

 そっちの方がこちらとしても都合がいい。 

 遠慮なくぶっ飛ばせるからな。


「見たところ、おまえは絶望的に魔力量が少ない。それでは魔法を扱えないだろう?」

「そうだな。俺は魔法を使えない」


 ただし極めて魔法に近い力を使うことはできる。

 胸に潜ませた魔銃に手をかける。

 

 ヤツが魔法を放てば、カウンターでこちらも仕掛けようと機を狙っていた。


「ふん! 魔法も使えねぇボンクラがこの俺にケンカを売るとはな。後ろにいるふたりの可愛い子ちゃんもツイてないねぇ。こんな能無しの女になるなんて。ハーレムの主はしっかり見極めなくちゃいけないぞ」

「「っ!」」


 あっ。

 おまえそれマジでやめろ。


「……今すぐさっきの発言を撤回しろ」

「なんだ? 図星を突かれてムキになったか? 所詮はガキだな」


 違うんだよ。

 今にも後ろにいるルチーナとコニーがブチギレて襲いかかりそうになっているから忠告をしてやっているだけだ。


 しかし、そんな俺の心優しい気遣いは呆気なく踏みにじられる。


「誰かの所有物っていうのはいいよなぁ……それだけで涎が出てくるほど欲しくなる」


 じっとりと舐め回すような視線をふたりへ送るザルフィン。

 ……着実に死亡フラグを踏み抜いていっているぞ。


「そうだ。おまえたちは俺の女にしてやる。光栄だろう? この町を牛耳る俺様の女になれるんだ。そのボンクラにいくらもらっているかは知らないが、倍額出そうじゃないか。サービス次第ではもっと弾んでもいいぞ?」

「「…………」」


 バカなのか、こいつは!?

 後ろのふたりが大暴れしたらどうなるか、なんとなくオーラとか気配で分かるだろ!?

 察しろよ!

 それでも悪の組織の親玉か!


 俺に対して忠義を誓ったふたりにそんな発言をしたらどうなるか……特にルチーナはもう我慢の限界っぽい。


 正義という言葉を擬人化したような性格の彼女にとって、子どもたちを商売道具として扱うザルフィンの外道っぷりはとても許せるものではない。


 もういつ爆発してもおかしくない状況に加え、俺への煽り……こいつ、死んだな。


「なんだ? もしかして義理立てしているのか? それとも弱みを握られているから逆らえないとか?」


 ルチーナとコニーが何も言い返さないのをいいことに、なおも煽りまくるザルフィン。

 ヤツの舌はまだ止まらない。


「安心しろ。こんな無能のクズは俺が始末してやる。どうせこいつはおまえらを手放したところで、今度は別の女をひっかけるだけだしな」


 ザルフィンが言い終えると、ボソッと何かを呟く声が。


「――さない」

「うん? なんだって?」

「レーク様を侮辱するなんて……許せない!」


 意外にも、ルチーナより先にコニーの方がブチギレた。

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