第19話 ザルフィンの目論見

 あの状況で熟睡は無理だろうと思っていたが、疲労もあってか意外とすんなり寝入った。

 

「レーク様、そろそろ支度をしませんと朝市が終わってしまいます」

「む? そうだったな――って、うん?」


 ルチーナに起こされ、ベッドから出ようとするとなぜか強い力で引き戻される。

 原因は俺の腕にしがみついているコニーだった。


「コニー、放せ。というか起きろ。朝市へ行くぞ」

「ふへへ……レーク様ぁ……そんなところにそんな大きな物は入らないよぉ……」


 なんか凄い寝言だな。

 というか、夢の中の俺はコニーのどこに大きな物をねじ込もうとしているんだ!?

 

 気にはなるところだが、朝市の様子をチェックしておきたいので頬をペチペチと叩きながら声をかける。


「寝ぼけている暇はないぞ、コニー。起きて支度しろ」

「ふはっ!?」


 ようやく目を覚ましたコニーはドタドタと慌ただしくベッドから飛び起きて洗面所へ。


「何をあんなに慌てているんだ?」

「女性にはいろいろとあるものですから。それより、今日のお召し物です」

「ああ」


 ちょうどコニーは洗面所にいるから、ササッと着替えてしまおう。

 学園の制服は着づらいが、普段着はそうでもないから助かる。


 前世でも、洒落っ気とは無縁の生活をしていたからな。

 数少ない貴重な休日は基本的に上下揃いのジャージを着用して引きこもっていたし。


 ただ、こちらの世界ではファッションにも気を遣わないとな。


 何せ俺が目指すのは世界最強のハーレム商会。


 そのトップに君臨する俺がダサダサでは締まらないからな。

 顔立ちも前世より数段グレードアップしているし……この辺も転生特典ってヤツなのか?


 ――っと、いかんいかん。


 今は朝市だ。

 卒業後にここで店を構える身としては、どれほどの活気があるのか見定めておかなくては。



  ◇◇◇



 支度を整え、軽く朝食を済ませてから宿屋を出た。

 すると、まだ早朝という時間帯にもかかわらず昨日よりも人の数がめちゃくちゃ多い。


 中央通りは埋め尽くされ、前進するのさえ苦労しそうだ。


「コニー、離れないように手をつなごう」

「は、はい」

「レーク様、私は?」

「ルチーナはひとりでも――いや、そうだな。手をつなごう」

「ありがとうございます。それでは失礼いたします」


 ふたりは俺の差し出した手を握る。


 ……さすがに両手が塞がったままでは何かと不便なのだが、ふたりが満足そうなのでヨシとするか。


 朝市では売れ筋をチェックしたり、どんな店がどれくらい出ているのかなど基本的な確認作業を行った。


 こういうのはうちの商会もチェックをいれているのだろうけど、やはり自分の目で見ておきたいという気持ちもある。

 文章で理解するのと実際に目の当たりにするのでは印象も変わってくるからな。


 朝市の賑わいはまったく衰える気配もなく、一時間も経つ頃にはさらに人が増えていった。

 さすがにこれだけの数だと人酔いをしそうだと思っていたら、俺よりも先にコニーが音を上げてしまった。


「うぅ……ちょっと気分悪いかも……」

「大丈夫ですか、コニーさん」

「ず、ずびばぜん……なんだか……酔っちゃったみだいで……」


 いかん。

 コニーがいろんな意味で限界だ。

 こんな人通りの多いところでぶちまけられては朝市を出禁になりかねない。


 調べたかったことは粗方片づいたし、少し早いが退散するとしよう。


「ルチーナ、この先に静かな教会があったはずだ。そこで休憩しよう」

「かしこまりました」

「あうぅ……」


 青ざめるコニーの肩を抱き、群衆から遠ざかるように路地裏へ。

 建物が密集しているせいでなかなか日の光が届かず、昼でも薄暗い道を抜けると、そこには一面の緑が広がっていた。


 さっきまでの喧騒が嘘のように静かで自然豊かな空間。

 交易都市ガノス内でもあまり知られていない癒しスポットだ。


 少し離れた場所に教会がある。


 あそこで少し休ませてもらおうと近づいていったら、


「さっさとガキを出さんかいゴルァ!」

「ぶっ殺すぞオラァ!」


 とても教会とは思えない怒号が響いてきた。

 見ると、教会の入り口には武器を持ったふたりの大男が立っていて、彼らの視線の先には両手をいっぱいに広げて何かを守っているシスターの姿が。


「あれは……」


 シスターの背後には彼女の足にしがみついている十歳前後の少年が。

 男たちが出せと言っていたのはあの子のことか?


 しかし……お世辞にも大の男が武器を持っておまけにふたりがかりという攻勢をかけるほどの価値があるとは思えない。

 

 少年の格好はあまりにもみすぼらしかった。


 着ているのはそこら辺に落ちているような布を適当に切り合わせたような物で、とても服とは呼べない代物。

 髪はボサボサで顔や体は汚れまくっている。


 名のある貴族の御子息というなら、さらって身代金を要求するとかできるだろうに、なぜあんな子どもを付け狙っているんだ?


 正直、あまりこういった面倒ごとにはかかわりたくないのだが、正義感が爆発しかけているルチーナの圧が背後からビンビン伝わってくる。


「……ルチーナ、俺は――」

「分かりました。助けにまいりましょう」


 まだ何も言いきってないのにルチーナは駆けだす。

 あれはもう無理だな。

 仮に俺が無言でその場を去ろうとしても突っ込んでいただろう。


 ……まあ、いい。


 聖職者に恩を売っておくというのも後々いい方向に転がるかもしれないしな。

 言ってみれば先行投資というヤツだ。

 ついでにルチーナとコニーの好感度もあげておくとするか。


「神聖な教会の前で野蛮な行為はやめていただこうか」


 本日の日替わり武器である鞭を手にしたルチーナとともに、男たちへと対峙する。


「なんだぁ、てめぇは」

「邪魔すると痛い目に遭うぜぇ、兄ちゃん」

「ほぉ、ならば遭わせてもらおうか、その痛い目とやらに」

「こいつ……調子に乗ってんじゃねぇよ!」


 スキンヘッドの大男が俺に向かって剣を振るう――が、男の武器はルチーナの華麗な鞭さばきによって取り上げられた。


「あっ」

「隙あり!」


 間の抜けた声を出す男の腹に前蹴りを叩き込む。


「ごはっ!?」


 悶え苦しむ男を尻目に、今度はボーッと横に突っ立っている男の喉元に剣を添える。


「は、速ぇ……」


 立ち尽くしているというより、こちらのスピードについてこられなかった男の顔はすぐに汗でびっしょりとなる。


「失せろ」

「お、俺たちを誰の配下だと――」

「失せろと言ったはずだ」

「ひいっ!?」


 男を睨みつけると、男は血相を変えて逃げだした。

 俺に蹴りを食らった方の男も「覚えていやがれ」と小声で呟きながらヨチヨチと赤子のような足取りで去っていく。


 これにて一件落着か。


「あ、ありがとうございました!」

「なに、礼には及びませんよ。我々は当然のことをしたまでです」


 ペコペコと頭を下げるシスターへ、ルチーナはそう告げる。


 いや、なんでおまえがそれを言っちゃうんだよ!

 そういうのは俺の役目だろ!

 あと、そこで何か金銭を要求しろ!


 俺が心の中でツッコミを入れていると、そこへ助けた少年が駆け寄ってくる。


「お兄ちゃんたち、強いんだね!」

「ふっ、まあな」

「オークションの人たちも倒せるかな!」

「誰が相手だろうとこのレーク・ギャラードに敗北の二文字は――オークション?」


 そんなイベントがあるのか?

 それに、倒せるというのはどういう意味だ?


 不思議に思い、少年から詳しい話を聞いてみると……恐るべき事実が判明する。


 あのザルフィンとかいうヤツがやろうとしていたオークションというのは、この少年のように身寄りのない子どもたちを集め、商品とし、貴族や金持ちたちへ売りさばくというものだった。


「ひ、ひどい……」

「人を人と思わぬ外道の所業……許せませんね」


 コニーはドン引きし、ルチーナの怒りのボルテージが高まっていく。

 シスターに至っては気絶しそうな勢いだ。


 少年もオークションに出品される予定だったが、隙をついて逃げてきたらしい。


「お願いします! 他のみんなも助けて!」


 泣きじゃくる少年。

 そして突き刺さる女性陣の視線。


 この状況から俺の出した答えは――


「分かった。引き受けよう」


 ザルフィンとの対立だった。


「「レーク様!」」


 コニーとルチーナの好感度はさらにアップし、シスターも感動のあまりとうとう本当に気絶してしまった。


 それにしても……身寄りのない子どもたち、か。

 これはいいことを聞いた。


 俺は商人。

 慈善事業などに興味はない。

 自分の利益とならないことには1%の力も使いたくないところだが、この閃きで俄然ヤル気が出てきた。


 ザルフィンというヤツも俺の商売の邪魔になりそうだし、早いうちに手を打っておくのもいいだろう。


 くくく、裏闘技場やベッカード家の件は失敗に終わったが、今度はそうはいかん。


 必ず成功させてみせる!

 自堕落な生活のために!

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