Ⅰ年 「三百二十プラス一」 (3)始まりの始まり[後]

【ここまでの粗筋】

 主人公「駿河轟」は、第一中学校の一年生。

 入学式でお世話になった女子の先輩に素直に心を惹かれるが、学校の男女比は3対1。

 加えて、風紀・生活指導には厳しく、生来注意散漫勝ちな彼には厳しい生活がスタート。果たして彼の思春期に明るい兆しはやってくるのか。

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 入学して最初の朝礼。校庭に整列している状態に話を戻すと、ぼやぼやして、担任に大声で指示されながら並んでいる一年生を尻目に、二、三年の上級生は既に当然のように整列が済んでいる。それも縦と横だけではなく、斜めまで綺麗に揃っている姿は、後に卒業アルバムでの写真を見ても、驚愕するほどだった。


「これより、昭和○○年度の対面式を挙行する。」


 入学式でも耳にした吹奏楽部の式典序曲が演奏される。


「新入生は在校生側を、在校生は新入生側を向くように、夫々回れー中っ。」


 二、三年が回れ右、一年が周囲を見回しながらゾロゾロと回れ左で対面した。通常の全校朝礼では、一年と二、三年の間に空間はないが、其の日は三メートルほどの空間が空けられていた。


「校歌斉唱。」


 上級生の中からバラバラッと十数名が立ち上がり、其の三メートルほどの空間に均等に横並びになった。と同時に、バスンッと腹の底に響くような大きな太鼓の音が鳴り、右端に深紅色の大きな校旗が揚がった。

 呆気にとられて目を泳がせていると、先ほど新入生と在校生の間に並んだ幾人かの上級生のうち、中央に構えた(眼鏡をかけた普通より少し体格が良さそうな程度以外は、それほどの特長のない、寧ろ優等生タイプに見える)上級生が何か手を広げるような仕草をすると同時に、それ以外の十数名が両手を一旦左右に一度開き、大きなと音をさせて気をつけの態勢をとった。


 中央の上級生は一礼し、両手を高く掲げた。すると、今度は前述の十数名を含め、二、三年全員が右手を上にかざし、左手を腰に添えた。

中央で指揮を執る上級生の地味な見た目とは違った透き通った大声が終わるか否かのうちに吹奏楽部の前奏が始まり、例の漢語調の校歌が始まった。

 二、三年、六百名以上の大合唱も凄かったが、何より、新入生と在校生の間に立った、例の十数名が歌う様に目を丸くした。男子も女子も、身を反らせて大声で歌っている。特に男子は、見ているこちらが心配するほどの勢いで身体を前後に仰け反らせ、目を剥いて歌っている。


 其の派手な動きとは対照的に、最初の声を上げた中央の上級生は、穏やかな表情で正面を見据えたまま、両手を回しつつ、指揮をとっている。時には円を描くように、時には剣道の面のように、時には空手の受けのように、次から次へと腕が廻る美しくしなやかな様に、目を奪われた。

 校歌の演奏が終わり、中央の上級生は、再び新入生に向かって一礼し、両手をあげた。彼の声に続いて、他の十数人、そして上級生全員が、大きくエールを唱和し、それが付近のビルまでこだまして跳ね返ってきた。

 中央の上級生の一礼と合わせ、両側の十数名の上級生は、今度は足を大きく左側に踏みならして音をさせ、気をつけの姿勢から休めに戻った。

 其の後、校歌のリードをとっていた上級生たちは夫々の列に戻り、生徒会長からの歓迎の言葉、一年一組の新入生からの誓いの言葉(多分、入試で一位だった生徒)と続き、対面式は終わった。


*    *    *


 教室に戻ってから、隣席の級友に「あれは応援団だよ」と教えて貰った。後日行われた応援練習では、此の応援団の三年生一人、二年生二人が付いて応援の仕方を懇切丁寧に教えて呉れた。

 地方の高校に進学した従兄の話では、応援練習というのはエライ怖いものだと聞いていたが、此処でのそれは、全く其様そんなことは無かった。指導する三年生は話術に長けていてよく笑わせて呉れたし、二年生は明るい表情で丁寧に机の間を回って応援のやり方を教えて呉れる。

 先に応援団の存在を教えて呉れた級友は一足先に卒業した兄が応援団に属していたそうで、曰く、服装規定も、身体の動きを考えた『実際上』の問題から若干緩め(裾丈、ズボンの太さ、夫々が三センチずつ広めにとられている)の例外とされていたり、練習時間の長さから一般生徒の下校時間とは違っているなど、此の学校の中でも大部特殊な世界なのだということを教えて呉れた。兄の大変な様子を見ていた彼は、自分など迚も迚も入団する気にはならない、とも言っていた。

 小学校までの運動会の応援団とはえらく違うものだと、此の段階ではまだ「ある種の感心と興味を持って見て」いた僕は、其の中身も知らずに平和に暮らす一生徒だった。

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