A Man meets Alien

 ◇


「お母さん。お父さん、帰ってきたよ」


 その声に裕也は初めて意識をしっかりと取り戻した。


 見ればいつの間にか、朝に出た裏口の框に呆然と立っていたのである。ふと顔を上げると、三女で一番末の娘である冬千佳が廊下の先で裕也の存在に気が付き、母の操を呼んでいた。


 双子である千昭と冬千佳はまだ幼さも存分に残っているので家人の中では割かし裕也には親密な方である。それでも姉や兄の言動を普段から見ているせいか、他の家に比べればやはり父親に対しての接し方ではない事の方が多い。冬千佳の声を聞き、奥の部屋から操が飛んできた。その後ろにはぞろぞろと他の子供たちの姿も見られる。全員が寝間着というか家で過ごすための服に着替えていた。


 そこで初めて裕也は今の時刻が気になった。裏口にある壁時計を見れば針は午前10時と時刻を刻んでいた。夜に妖怪退治の仕事をしている神邊家にとっては、夜明けとともに仕事を終え、また次の夜に向けて休息を取る時間帯だ。普通の裕也であれば、半日以上も家を空けてしまったことに罪悪感と焦りを見せるところだが、どういう訳か頭が上手く回っておらず混乱していた。それでも裕也本人は何とも冷静で穏やかな気分でいたのだ。


(…あれ? どうなってるんだ? さっきの事故は…?)


 裕也の頭の中には帰路の山道での記憶が未だ生々しく残っている。謎の光がぶつかった衝撃も恐怖も崖下に落ちていった時の痛みさえも鮮明にある。だが今いるこの現実には、そんな事が起こったような痕跡がまるで残っていない。


 まるで白昼夢のようだと、裕也は思った。


 もう一つ不可解なのはどうやってこの家まで戻ってきたのかまるで不明瞭という事だった。山中での事故の記憶から今に至るまでの記憶がすっぽりと抜けてしまっている。あの事故は夢だったのか、と裕也を不安にさせるもう一つの要因だった。


「裕也さん!」

「…」

「よかった。帰りが遅いし、連絡も取れないし心配してたの」

「…」

「どうしたの? 裕也さん?」


 操の声は耳には入って来るが、頭には入ってこない。心配する操をよそにフラフラと夢遊病のように裕也は自分の部屋を目指して歩き始めた。


「…ごめん。具合が悪いみたいだ」


 その裕也の様子にただならぬ気配を感じたのは操だけでなく、子供たちも一緒だ。ただし心配からくるものではない。悠と夏臣はヒソヒソと操に聞こえぬように、父を罵った。


「なんだアイツ」

「お母さんに心配かけといて」

「浮気でもしてきたのかな?」

「キモイ想像させんな」


 と、夏臣は悠に頭を小突かれていた。


 ◇


 裕也は蔵の隣の個室に戻った。この屋敷に操ごと連れ戻された当初は同じ部屋で生活をしていたのだが、夜な夜な出掛ける操に気を使ったり、妖怪退治に僅かの助力も叶わない事に気まずさを感じていた裕也はいつしか家庭内別居的に蔵隣の小屋を自室として使っていたのである。部屋に着くと裕也は着替えることも、布団を敷くこともせず畳の上に倒れ込むようにして寝入ってしまった。


 溶けるように眠った裕也だが、不思議と意識のようなものが残っていた。まるで同時に自分を俯瞰で見ているかのようだった。何故か荒い呼吸も冷や汗をかいている感覚も鮮烈に伝わってきているのに、眠っているので身体は動かせない。


 明晰夢という奴か…?


 裕也は冷静に頭の中でそんな事を思っていた。


 すると、にわかに夢の中の世界が一変してしまった。墨よりも黒い闇の世界に、突如として放り込まれてしまったのだ。だが恐怖感はまるで湧いてこない。自分が石や物のように心無い無機物にでもなったかのように心はひどく穏やかだった。


「…ここは?」


 それでも浮かんだ疑問を口にする。すると、それに返事がきたのである。


『私どもが作った精神空間です。あなたが最初に眠った時に再生されるように施してありました。現在睡眠中のあなたの精神に声が流れています』

「っだ、誰だ…?」

『混乱もおありでしょうが、あなたの身に起こった事を一から順に説明させて頂きます』


 そこには、あの山中で見た緑色の光の玉が浮かんでいた。じっと目を凝らせば、やはり機械的な箱のような形状だと認識できた。そして裕也がそれを認めると、映画のダイジェストの如くの映像と情報が、一片に頭の中に叩きこまれるかのような現象が起こった。


 裕也はそれを一つ一つひも解くように徐々に理解していった。


 まず裕也が山中で見た緑色の光の正体は彼らが放った一種のドローンだという。彼らは遠隔からアレを操り、情報収集を行っていた。そして『彼ら』というのは、はるか遠い惑星に文明持つ異星の種族だと明かしてきた。


 裕也からしてみればとどのつまりが地球外生命体、エイリアン、宇宙人などと名状される存在だというのだ。


 そして彼らが言うには、宇宙空間から偵察用に飛ばしたドローンが突如赤く光る非生命体に襲われた。生命反応がないのにも拘らず、意思を持っているかのように動くそれに彼らは混乱したのだそうだ。裕也は直感的に赤い光を放っていたのは妖怪だろうと思った。いずれにしてもUFOが妖怪に襲われるという、恐らく史上初の事故現場に遭遇してしまったという事だ。


 地球で起こるレベルの物理現象であれば大抵のものは跳ね除ける程の強度を誇っていたドローンだそうだが、どういう訳が妖怪相手には通用しなかったそうだ。その上、不可解な相手に後れを取ったドローンは一部を損傷して挙句にコントロール障害を起こしてしまった。裕也の乗っている車両の事も彼らは認識していたのだが、やはり遠隔操作が上手く行えずあの事故を引き起こしてしまった、というのが真相だった。


 ここで重大な問題が発生する。


 運悪く衝突された裕也の車両は崖下に落ち、ガソリンに引火した事で爆発を起こしてしまった。そのせいで裕也は皮膚組織の80%以上に重篤な熱傷をきたし、そもそも臓器を含めた体組織の半分以上を車の爆発によって損傷、破壊されていた。即死でなかったのが不思議なほどの大事故だったのだ。


 彼らにとっての問題とはこの事である。


 異星の生命体に接触するのは彼らの星の方では大罪に該当するという。その上、生命を奪する結果を招いた事は彼らを慌てさせた。収集した映像は改ざんできないようにされているため、もみ消すこともできないと判断した彼らは自らの保身と軽罪の為に急遽裕也に蘇生処置を施すことを決めたのだ。


 治療は限りなく地球レベルでの医療技術に止めておこうとしたのだが、それでは身体の修復すらままならない程、裕也の身体は激しく損傷していた。そこで彼らは苦肉の策として母星においてでも最新鋭と謳われる医療措置を行ったのだ。


 破損した裕也の肉体を補うために医療及び軍事用に開発されたナノマシンを組み込んだ『アシクレイファ粘菌』と呼ばれる粘菌を投与し、失った体組織の代用とした。粘菌はすぐさま裕也のDNAと同化適合し、失った臓器、筋肉、神経、血管、骨組織などを瞬く間に形成・再生していった。その結果、裕也の蘇生に成功したのである。


 その際に脳にこのプログラムを理解できる装置をついでに組み込んだ。そして車両からその日一日の行動経路を分析し、裕也は朝に出た屋敷の裏口で解放され、今に至るとのことだった。


 ◇


 緑色の光玉から発せられる謎の声は構わずに続ける。


『その他、アシクレイファ粘菌に関する基礎的なデータは覚醒と同時に脳にインプットされるよう設定が成されております』

「待ってくれ。急にそんなことを言われても…」

『この映像は質疑に応答できるようプログラムしておりません』

「そんな…」

『最後にこちらの都合だけを押し付ける形になったことをお詫びいたします』


 そこで本当に音声は途絶えてしまった。


 裕也は夢の終わり共に跳ね上がるように起きた。全身がサウナに入っているかのように熱く、そして意味もなく滾っている。それなのに汗一つ掻いてはいない。代わりに限界まで走り続けたが如くの倦怠感が襲ってきて、肺一杯に息を吸いこんでも足りないくらいに息苦しかった。


 それと同時に謎の声が言った通り、頭の中にアシクレイファ粘菌とやらの情報がまるで昔から知っていたかのように存在している事に気が付いた。

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