第18話 黄麒麟様のお出まし


「この子を治します」

 目の前に一羽のウサギが横たわっている。

 よく見れば牙が生えている。

「鑑定眼」

「はい」


【ウサギ ノウサギ属、ウサギ目ウサギ科チスイウサギ

【生態  肉食、狂暴

【個体名 なし  

【状態  野兎病 カテゴリーA

【警告  危険 接近しないでください


 ここに来て始めて見たウサギだ。

 まだ生きていたのかよ。

「エポナさん。この子、接近禁止になってますけどー」

「大丈夫ですわよ。私達は疫病結界の中にいますから」

「そんなのがあるんですか」

「今つくりました」

「両手をかざして、先ほど教えた事を試してみてください」

「はーい」


 何処から見ても臨終寸前の重体だ。

 呼吸さえおぼつかない状態から、はたして回復するだろうか。

 おっといかん。

 願って信じる事、これが一番大事だったわね。


 自分の疑う心と戦う事三十分。

 ウサギが手足をぴくぴく始めた。

 ダメだったか?

「成功したようですわね。すぐに個体から離れますわよ」

 辺りを見回す暇もなく、エポナさんに引かれてクローゼットの中へ。

 ウサギさんはすっかり元気になって、ピョンピョン軽く跳ねている。

 そこへ突如、大きな鳥が急降下してきた。

 ウサギさんを鷲掴みにして、上空へと舞い上がって行った。

「うっそー。せっかく治してあげたのに」

「しかた有りませんわよ。自然の掟です」

「だって、弱って寝ているときは何も仕掛けてこなかったのに」

「そうですわよね。簡単なものしかできませんけど、鳥達にも鑑定眼がありますの。重大な病気を持った個体は食べませんのよ」

「あの子、食べられちゃうの」

「はい、貴重なタンパク源ですから」


 この夜、出てきた夕食はウサギの丸焼きだった。

「どこから仕入れてきたんですか、こんな物」

「奈都姫様が医療魔法と格闘しているときに、洞窟に入って二羽ほど狩らせていただきました」

「エポナさんは食べないんだよね」

「いえ、いただきます」

「ベジタリアンは辞めたんですか」

「その時の気分とでも申し上げておきましょうか」

 にんまりしたエポナさんに牙が生えている。

 祟りじゃー。


「美味しそー。飛びっ切りのカクテル作ってあげるわね」

 しずちゃんが厨房に入って、ガチャガチャシャカシャカガッチャーン・バラバラバラ。

 忙しく騒がしくの五分後。

「はーい【デス・イン・ジ・アフタヌーン】度数高めー」

「ハーブ酒ですわね。私これ好きですことよ」

 出てきたのは淡い緑色のお酒で、シュワシュワ小さな泡が立っている。

 ハーブ酒なら、それほど害はなさそうだ。

「美味しそうでね」

「ええ、ウサギにはこれがぴったり」


 手に取って一口飲もうとしたら「警告、危険飲料。ニガヨモギ ・幻覚などの向精神作用が引き起こされます。飲まないでください」指輪が危機を知らせてくれた。

「しずちゃん。毒ですか。これって毒ですよね」

 グラスを指し示し、しずちゃんに詰め寄る。

 エポナさん、はすでに半分を飲んで、ウサギもガッツリ食べている。

「去年の製造だから問題ないわよ。ちょっと指輪の情報古いわね。勉強しなさいよ。ゆ・び・わ!」

「失礼しました、2005年に解禁されていました」

「ねー。だから言ったじゃないの」

 飲んでも良いのか?

「エポナさんは、毒だと言われても平気で飲んでましたね」

「ええ、私は赤麒麟様の加護をうけておりますので、状態異状とは無縁ですの」

「私も黒麒麟様の加護を受けているので同じ。てっきり奈都姫さんにも加護があると思ったからー」

「でも、加護なしで、よくあの館長が新人講習を受けさせましたわねえ」

「そうね。事故でもあったら労働基準監督署が出張ってくるわ」

 労働基準監督署あるのかよ。

 

「あのー、赤麒麟様とか黒麒麟様って何者ですか。二人で納得するのやめてほしいです」

「指輪に聞いてみなさい」

「はーい」

「指輪よ、指輪よ、指輪さん。そーと教えてくださいな。赤麒麟様の加護とか黒麒麟様の加護とかって、なんですか」

「はい、所属する世界を統治する麒麟族の加護を指しています。教科書にありました様に、青麒麟が精霊界、赤麒麟が神界、白麒麟が人間界、黒麒麟が魔界を統治しています」

「確認ですけど、しずちゃんは魔族で、エポナさんは神族という仕分けでいいのかなー」

「はい、そのとうりです」

 前から薄々感づいていた事だ。

 取り立てて驚く必要もない。


「とにかくです、館長の怠慢です。白麒麟様に連絡して、早く加護を附けていただきましょう」

 善は急げとばかり、この場でいきなり館長に連絡するしている。

「ちょっと、館長さん。随分と怠慢していらっしゃいますわね」

 電話もないのに、連絡と言ってもと思ったけど、彼女達には念話という技術もあった。

 「スピーカー」しずちゃんが言うと、部屋にいる全員に声が聞こえるようになった。

「その件でしたら、白麒麟様に御願いしたのですが『私の出番ではない』と、あっさり断られてしまいました」

「それで、はいそうですかと引き下がってそのままかい。おー、半熟野郎」

 エポナさんが怖い人に変身した。

「このままほっといたら事故だってば、重大事故だよ。労監を敵に回して戦争でもおっぱじめようてのか、ホサレキンタマ」

 エポナさん、下品。

「はい、至急手配しますので、少々お待ちください」

 言い終えるや否や、通信はプッツリ途絶えた。


 一時間経過。


「館長、逃げましたね」

「エポナさんの脅しが効きすぎたみたいですね」

「あれって、誰でも逃げると思います」


 何の気なしに外を眺めていると、キラキラ光る粉が飛散している。

 無駄に長い尾羽の付いた、ど派手な色使いの鳥がやって来た。

 結界がはってある筈なのに、どうやって入って来たのかな。

「鳳凰だわ。お出ましかしら」

 しずちゃんがかしこまっている。


「お待たせ―。ちょっと負けが込んで、熱くなっちゃって。ごめんねー」

 ノックもせず、いきなりレディーの部屋に現れたのは、面接の時に館長室まで案内してくれた学芸委員の黄麒麟さん。

「キャー、変態」私。

「警察呼ぶわよ」しずちゃん。

「お久しぶりでございます」エポナさん。

 三人の反応はそれぞれだ。

「この娘だよね、僕の加護が必要なのは」

「黄麒麟様みずからの加護でございますか」

 先ほどからお辞儀をしたままで頭を上げないエポナさんが、不思議そうに私を見た。

 しずちゃんが片膝をついてお辞儀をする。

「ご無沙汰しております」

「二人とも、楽にしてよ。今日は休日だし、プライベートなんだから、君たちも休日でしょ」

 こう言われて、ようやく楽な姿勢になった二人。


「休暇が明けてから、サプライズで来るつもりでいたんだけどねー、随分と訓練が先に進んでいるって事じゃないの。関心だねー。でもさ、あんまり無理しないでね。体壊してもつまらないし」

「お言葉ですが黄麒麟様。それもこれも麒麟族の加護がついていないが故の結果でございます」

「アハハー、言われちゃったね。それでは早速」

 ひょいと右手を私の肩に乗せ「加護あーげた」終わったのか?   


 終わったらしい。


 学芸委員て言うけど、黄麒麟さんて皆が言ってる黄麒麟様なのかな。

 ちょっとだけ鑑定。


【種族 麒麟族 麒麟

         全宇宙に五体のみの希少種 

【個体名     黄麒麟

【生態      極めて温厚

【状態      空腹、素面

【職業      学芸委員 全宇宙の支配者

【所属      異世界博物館・麒麟界 

【固有能力    特筆すべき個別事項なし(観察不能)

【所有能力    全項目において最高位の数値を記録

【趣味      麻雀・釣り・キャンプ 

【好きな物    金貨

【好きな食べ物  チスイウサギの丸焼き 

【好きな飲み物  デス・イン・ジ・アフタヌーン


 いかん人に来られてしまった。

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