第17話 千里眼・透視できました


 鑑定眼の理屈はさして難しいものではない。

 個人の適性が強く影響する技術なので、魔法が日常の異世界でも使えない人の方が圧倒的に多とか。

 しずちゃんとエポナさんには天性があって、すぐに習得できたという話だ。

 あの分厚い教科書群を読破・理解したから出来たのだとも付け加えられた。

「私、教科書殆ど読んでないし、理解してないし、適性も分んないし」

 少しばかりすねていると「奈都姫様は、何の問題もなく習得できますわよ」

「そうそう」

 二人して笑っている。

「指輪に触れながら目を凝らして、もう一度あのウサギを見なさい」 

 しずちゃんが、ふらついているウサギの方に目をやる。

「どーれ、そんなんで良いのかな」

 あら!

 ウサギの周りに文字が流れている。

【ウサギ ノウサギ属、ウサギ目ウサギ科チスイウサギ

【生態  肉食、狂暴

【個体名 なし  

【状態  野兎病 カテゴリーA

【警告  危険 接近しないでください


 チスイ・肉食ってか。

「先生、字が邪魔で、うさぎさんがよく見えないんですけど」

「指輪を軽く一押ししなさい」

 ほー、ポチッとな。

「警告・危険です。野兎病のチスイウサギが近くに居ます。半径三m以内に近寄らないでください」

 AIか? 頭の中から声がする。

「凄い」

「奈都姫さんにしか聞こえていないのよ」

「そうなんですか」

「一度発動したので、指輪に停止と指示するまではその場その場で色々と教えてくれるはず」

「奈都姫様、次は千里眼・透視と指示して、洞窟の方を見てくださいな」

 嫌らしい話になって来た。


「千里眼・透視」

 何層にもなっている洞窟がつぶさに観察できる。

「あのー、画面が幾重にもなっていて、とっても観辛いんですけど、修整ってできたりします?」

「見たい場面に集中して、そうすれば他の場面は薄くなるから、気にならないわよ」

「はーい」

 おお、すんばらすい機能だ。

 指輪さん偉い。

 この指輪を何処かの火山へ捨てに行くとか言い出すなよ。


 洞窟の中はへんてこりんな獣がうじゃうじゃしていて、いささか気分が悪くなる画になっている。

 一階にはチスイウサギが、我が物顔でのさばっている。

 何羽か野兎病に感染しているけど、フロア全体にまでは広がっていない。

 小山の山頂へ向かって洞窟の中を登ると、何段かの上層階がある。

 上の階にはウサギより大きな蝙蝠。

 もっと上には、牛でも軽々持ち上げられるほど巨大な怪鳥が巣くっている。

 下層階は、下に行けば行くほど獣の体が大型化している。

 最下層の蝙蝠翼ドラゴン【ヴィーヴル】にいたっては、一フロアを占拠した状態で寝ている。

 両の目と額で光っている巨大な宝石は、値の附けられないほど貴重なものらしいが‥‥要らん! 

 あんな奴と渡り合って、生きて帰れる筈がない。

「しずちゃん、いつか只で請け負う気はないとか何とか、気になる事を言ってましたよね」

「あれ‥‥? そんな事言いましたかね」

「言いました」

「はー、それじゃあ、言ったんでしょうね」

「最下層にヴィーヴルが居ますよ」

「えっ、そんな下まで透視できたの」

「はい」


   ―・―・―・―・―・―


「なんだか奈都姫さん見てると、これまでの自分の努力って何だったのかなって、自信なくすわー」

「やはり、異常な上達ぶりですわね」

「こっちがついていけないわ」

「そうですわねー。お互い、ここまでくるのに何百年もかけているのですからねー。でも仕方ありませんわ。魔力レベルが黄麒麟様と同等か、それ以上だと鑑定されたのですから」

「その噂、聞いているけど、誰が鑑定したの」

「黄麒麟様本人ですわ。私、黄麒麟様から直接お話を伺いまして、奈都姫様のお世話役を承諾しましたの」

「なんだかなー。私は館長からの指示。さすが、全宇宙医療魔術者連盟ナンバーワンは、話す相手が違うわね」

「そんな事ございませんわ。黄麒麟様がおっしゃっていましたわよ。『静は頼れる猛者であるから、魔法に関わる事なら何でも相談するが良いだろう』って、全宇宙魔術者連盟ナンバーツーですものね」

「だから課長どまりなの」

「ナンバーワンて誰ですの」

「ルシファー。あいつ、性格悪いし、情け容赦ないし」

「ああ、そうでしたか。ルシファー様は私も苦手ですわ」

「そうか。エポナさんは女神だものね」

「ルシファー様の神嫌いは徹底していますから」

「自分だって神族だったのにねー。心狭いわよねー」

 こんな会話が私の知らない所で有ったらしい。


 千里眼と透視ができるようになって、魔界の森の状況が少し分かって来た。

 洞窟は魔界の森の中心部にあって、小高い山にポッカリ開いたようになっている。

 ここから三㌔ばかり離れると、周りには小さな集落が幾つかある。

 危なっかしい獣が住みついている。

 洞窟近くの村はさぞ不安だろうと思ったら、この国の王命で洞窟周囲には二重の結界が張られていた。


 ここは、魔界でも凶悪な罪人や危険な獣を隔離して、傭兵や国軍兵士の実地訓練をする為の施設だった。

 それがそのうち、新兵の手には負えない凶悪犯が頭角を現わしてきた。

 収容個体数は増える一方で、中には予想を上回る勢いで魔力を取り込んでいる者もいるとか。

 しずちゃんはそれを知っていて、この洞窟に巣くう獣の討伐を請け負うつもりでいた。

 魔法の教え方に力が入っている。

 討伐時に私を戦力にする為なのが、火を見るより明らかだ。

 こんな裏事情を知った今は、魔法修行にあまり乗りきでない。

 なんだかんだ適当にやっているのに、魔法のバリエーションがどんどん増えている。

 休暇半分で、魔法の習得はほぼ完璧の域に達した。

 これには私自身も驚きを隠せない。


「私のレッスンが実を結んだのよ。奈都姫さんの魔法スキルは完璧!」

 しずちゃんが感慨深そうに天を仰いでいる。

「しずちゃん、あとの休暇半分で、奈都姫様に医療魔法をお教えしてよろしいでしょうか」

「いいですよ。はなからその予定でしたから。それにしても、予定通りに事が運ぶとは思っても居なかったー」 

「本当ですわね」

 本人抜きで、私の身の振りを決めるのはいかがなものか。


 休暇だというのに、ノンベンダラリ・グズデレできたのは二日間で、以後はエポナさんを先生に医療魔法を習い始めた。

「指輪があるので知識には問題ないでしょうし、鑑定眼を使えば病巣も分ります。あとは、その病や怪我を直す方法を、知っているかい知らないか。これで医療魔法の効果は、各段の違いとなって現れます」

「先生、また勉強ですかー。私、司書以外の勉強してこなかったし、司書の事で記憶回路が満タンなので、これ以上詰め込むのは危険だと思います」

「御心配には及びません。覚えるのは二つだけ。簡単な事です」

 何百歳なのか自分でも忘れてしまう生き字引。

 エポナさんは簡単だと思っていても、まだうら若き私には超難解なのよ。きっと。

「一つ目は、治療する個体を心の底から治してあげたいと願う事」

「はい?」

「もう一つは、自分にはこの個体を治癒する絶対的能力があると信じる事」

「はい?」

 そんな二点で簡単に病気や怪我が治せるなら、医者も看護師も、MRIもCTも、薬もリハビリも要らない。

「では、実際にやってみましょう」

「えっ、今からですか」


 しずちゃんが、私が壁に空けた大穴から、ひょいと外に出て手招きする。

 外に出ても良いんだ。

「外、久しぶりだなー」

 陽の光をいっぱい浴びて、生きている実感がメキメキ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る