第10話 世話役エポナさんは片付け上手


 扉を開けたら玄関の前だった。

 次に行く時は、どうすればいいのか聞いてなかった!?


 昨日は絶望的どん底に居た。

 今日は若干の不安材料があるけど、希望に満ちている。


「お腹減った」

 玄関を開けて中に入ろうとしたら、フワッと暖かい風に包まれて居間に移動。

「こっちの世界でも瞬間移動使えちゃうのですがー、よろしいのでしょうか」

 天井に向かって問い合わせる。

「問題ありません。ただし、人前ではやらないでくださいね。地球人は驚き上手ですから、心臓を止めたりする方が稀にいらっしゃいます」

 どこからこんな声がする。

「誰。あんた、誰ー!」

「突然失礼いたしました。この度、菜花奈都姫様のお世話係を仰せつかりました、キャリーケースのエポナと申します」

 今、私はキャリーケースと話し、キャリーケースと手錠で繋がれている。

 これを呪と言わずして何と言う。


「鍵、鍵、えーい、鍵。あった!」

 手錠の鍵は慌てるとなかなか開かない。

 ヒーハーして、やっとの事で手錠を外す。

 キャリーケースから一歩二歩三歩後ずさり。

 壁に突き当たってこれ以上離れられない。

 すると、キャリーケースが自ら横になって、パカッと開いた。

 見方によっては、かなり嫌らしい絵面だ。

 ケースの動きと裏腹、すぐさま夥しい数の札束が光明を放って私を威嚇する。

「後光が‥‥なんというやさしさ、なんという美しさ、なんという気高さ」

 誘惑に負け、キャリーケースに近づいてしまった。

「これでお分かりいただけましたでしょうか。わたくしは奈都姫様の味方です」

「ん、んん、味方なの分かった。いくら入ってるの」

「だいたい一億です。半端で交通費があります」

 空間移動で通う。

 交通費×出勤日=丸儲けの計算式が成り立つ。

 ここからあそこまでの交通費だって、普段の私なら馬鹿にできる金額じゃない。

 今回は状況が違う。

 十万円でもはした金に思えてしまう。

 お金の魔力は恐ろしい。


「経理の人が言ってた、案内書とかパンフレットは入ってないのかな?」

「わたくしが、その案内書とかパンフレットです」

「ホー、読まなくていいんだ」

「はい、特別対応との事で御座いました」 

 チョコレートの威力か。

「しずちゃんが案内してくれるみたいな話だったけどー」

「あちらは教官ですので、学業とか訓練とか、実習の案内をするといった意味ですわ。あの方は何時でも酔っていますし、何かとお忙しい方ですの。わたくしは、道具の取り扱いやあちらの世界の仕組み等、生活全般のお手伝いをさせていただきます」とか言ってるが、キャリーケースに何ができる。 

 できると仮定して、キャリーケースが台所でフライパンを振っている姿はホラーそのものだ。


「明日から向こうの世界をご案内しようかと思っているのですが、ご都合はよろしいでしょうか」

 よろしいでしょうかって、バイト辞めるの言わなきゃなんないし、支度金で家の壊れている所の修繕したいし、思い切ってリフォームとか、もっと思い切って隣の空地を買って家を立て直したりとか。

 んー、やる事がいっぱいあって、どれから手を付ければいいのか。

「一週間で色々やらなきゃならないから、無理」

「慌てて片づける必要はありませんのよ。それでは、わたくしがスケジュールを組んでみましょうか」

 神経が混線状態の頭では、きっと何を決めても失敗する。

 私が決めるより、ここはエポナさんにまかせた方が無難だ。

「御願いします」


 5秒の間があって、スケジュールが決まった。

「本日はもう遅いのでお休みください。その間にわたくしが研修の準備をしておきます」

 話としてはありがたいが、それより前に今の空腹感を何とかしたい。

「お腹へってるんですけど」

「お作りしましょうか?」

 作ると言われても材料がないし、キャリーケースが料理している姿を見たくない。

「それはいいですよ。パンあるから」

「了解です。クローゼットとガレージを出していただけますか」

「どうやって出すの?」

「簡単です。念じながら『クローゼットとガレージ』と言っていただければ」

 ほー、そんなのでいいのか。

すんばらしく安っぽいな。

「クローゼットとガレージ」

 出たのか出ないのか。

 部屋の端っこに赤い渦と黒い渦‥‥出たみたい。


 キャリーケースがクローゼットに入って暫くすると、大きな猫耳&ふさふさ尻尾。

 EカップかFカップの、メイド服を着たお姉さんが出てきた。

 口惜しいけど、私よりかなり可愛い。

 きっと、お決まりのはあれだ、あれ。

「キャー猫耳、可愛い」

 正直な感想を言いたくないけど、何か言ってあげないと失礼だ。

「猫耳ではなくて、ロバ耳です」

「ロバ?」

「はい、ロバです」

 分ったような分からないような、まあいいか。

「支度金は金庫に保管しました。別途、おまけでいただいた金貨はいかがなさいますか。こちらの世界では使い道がないです」

 そう言えば、バックにしまったきりの金貨があった。

 なごり惜しいけどエポナさんに渡す。

「これも金庫でよろしいですね」

「はい」

 金庫に金貨をしまい終えたのか、クローゼットから出てきたエポナさん。

 今度はせわしなく家の物をかたっぱしクローゼットに放り込み始めた。

「おんまり乱暴にやらないでよ。壊れちゃう」

「大丈夫です。中で私の分身が受け止めてから整理していますから」

 おお、なんて器用なんだ。

 ガッチャーン

「今、いけない音がしなかった」

「気のせいですわ」

 心配になってきた。


 エポナさんが忙しくしているのに、一人だけパンを食べているのも気まずいものだ。

「ねえ、ちょっと休んで一緒に食べない」

「わたくし、今日はパンはいただきません」

「何食べるの」

「道に生えている雑草が一番好きです」

 ありゃこりゃ、本物のロバだわ。

「ちょっと採ってきますわね」

「ちょっとってダメですよ。ロバ耳のもふもふ尻尾で外出たら目立ち過ぎですから」

「大丈夫、ひっこめます」

 ひっこめられるのかい。

 ますます器用な人だ。

 イチゴ食べるかな。

 リンモゴがいいかな。

 帰ってきたら聞いてみよ。


 十分ほどして、両手に一杯の雑草を摘んできた。

 口をもぐもぐさせている。

 帰ってくるまで待てなかったのか。

「お帰り、イチゴかリンゴ食べる」

「リンゴいただきます」

「今むいてあげるね」

「皮付きが良いのですけど」

 なるほど、ほぼ野生だものね。

 皮付きのまま細かく切って皿に盛る。

 リンゴを美味しそうに食べるのは分かるけど、雑草ってどうよ。

 目の前の食事姿がどうしても納得できない。


「明日は不動産屋へ行って土地購入の手続き、その後にアルバイト先へ挨拶周り、それから工務店でリフォーム工事と増築の依頼ですわ」

 まだ希望も何も言う前に、私のやりたかった事を予定している。

 人の心を読めるのか。

 もし読めるなら、勝手に心の中に入るのはやめて。

「私が住み込むとなると手狭ですからね。あの、私の部屋は馬小屋風がいいです」

 同居を許可した覚えはない。

 支度金の使い道を考えてくれとも言ってない。

「えっ、同居するんですか?」

「身の回りのお世話をするのですから、当然です」

「うっ。まあ、言われてみればそうですよね」

「お給金の事でしたら、博物館から出ていますので御心配なく」

 そこ、初めから心配していませんでした。

「では、奈都姫様。ごゆっくりお休みなさいませ」

「エポナさんはどうするの」

「もう少し片づけてから休ませていただきます」

「そう、それじゃ、お願いします。おやすみなさい」

 炬燵に足を突っ込み、後ろの布団を被った。

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