私立異世界博物館付属図書室所属・異世界司書の菜花奈都姫さんは、今日も元気に出張中。

葱と落花生

第1話 序章

 私立異世界博物館付属図書室。

 それは、労働者からことのほか忌み嫌われているブラック企業をしれっと素通りし、異界の暗黒地帯と称される勤務地の総称である。


 無限の広さとも思える広大な敷地内にあって、博物館に併設された図書室は異彩を放ち、長く勤務する職員でさえも極めて近づき難い区域となっている。


 図書室では、国家が自国保管に限界があると判断した書物を数多く扱っている。

 本棚は危険がいっぱいなのである。


 ここに勤務する司書の菜花奈都姫(なばななつみ)さん。

 大幅に人間離れしてはいるものの、性格はいたって温和である。

 生まれながらにして地球人であり、異世界人や幽霊・化け物・魔物の類ではない。


 司書として採用されているのだが、いささか風変りな仕事に従事している。

 貸し倒れとなった本の回収に加え、博物館の利用契約をしている異世界各国の未払い会費徴収。

 過激な取り立て技術は、日本で言うところの闇金業界直伝のものとされている。


 国家の定めた貨幣に含まれる金の含有量によって異なるものの、概ね年に金貨十枚程度の会費である。

 曲がりなりにも国家を名乗る組織が、この程度の会費を出し惜しむものではないと思える。

 しかし、よんどころない事情により未払いとなる場合がある。

 滞納期間は数十年。

 中には数百年に及ぶ懸案もある。


 私立の名称が示すとうり、この図書室は異世界人が個人で維持管理している。

 個人としているが、個人が誰であるのか、数百億年の博物館史に一行たりとも記載されていない。


 私立異世界博物館への出入口は、異世界のあちこちに点在している。

 だが、管理者に関してはどの世界でもも極秘事項としている。

 博物館の管理体制を知る者は、宇宙的に見れば希少である。

 (ただし、地球の人口よりも多いと推測される)


 博物館の存在する位置は、宇宙的に見ると地球の日本近辺にある。 宇宙的とは大雑把とほぼ同意語である。

 正確な位置や体積を知る者は存在しない。


 私達が住んでいる宇宙の創造主とされている黄麒麟でさえも、博物館の実態は把握していない。

 ある意味、支離滅裂な異世界混沌地域と言えよう。


 何故に、このような宇宙の辺境である地球近くに博物館を創ったのか?

 答えは、宇宙にあっては極めて変異に満ちた地球の現状にある。


 我々が異世界としている宇宙の星々にある世界では、魔力や魔法の存在が至極当然であり、殆どの国では生活の一部となっている。

 その点、現在の地球には微弱な魔素しか存在していない。

 ゆえに魔力を有していても、魔素を発動のエネルギーとしている魔法を使える者が存在しないのだ。


 たとえ魔法を操る不届き者が所蔵品を盗もうとしても、魔素が少なくて魔法が使えないとなれば、強い結界内にある博物館を発見すらできない。

 もっとも、これは随分と昔の事であって、現在は派手に観光地化されている。

 見学ツアーまで催されているとあって、当初の所蔵品管理に頗る適しているという状態ではない。


 だが、書籍となるといささか話が違ってくる。

 宇宙には二千億の三千億倍にも上る世界が存在している。

 地球からすれば異世界となるのだが、これら多くの世界から寄贈された本は麒麟界が保管している。


 危険な図書は閲覧・貸出し禁止としているが、会費を受領し管理している本である。

 保管依頼をしている国からの閲覧・貸出し希望が有れば、有料で貸し出しもする。


 一時貸出しの例では、多種多様のトラブルに巻き込まれた挙句、返却できなくなってしまう本がまれにあるのだ。

 まれとはしたが、二千億の三千億倍ある世界での出来事。

 その数はほぼ無限と言えよう。

 とても一人二人で回収しきれるものではない。


 あてどなき探索の為。

 定められた休日以外は、毎日のように異世界と呼ばれる遥なる銀河へ出張している奈都姫さん。

 長い時は、回収するまで現地時間で数か月に及ぶ場合もある。  

 なのに、タイムカードはためらいなく定時出勤・定時退勤となっている。

 誰かが勝手にタイムカードを差し込んでいるのではない。

 間違いなく彼女自身が機械に差し込み刻印される数字は、地球時間では定刻になってしまう。


 館長が人件費削減の為、自由に操作できる宇宙の時間を非人道的に利用している結果である。

 異界の暗黒地帯とささやかれる所以の一となっている。

「異世界とここでは総ての基準が違うのですよ」

 タイムカードの件に限らず、館長の言い分は何時でも理不尽この上ない悪魔の能書である。


 博物館の仕事は回収だけではなく、無数の所蔵品を管理している。

 これらの維持管理にも膨大な人員が携わっている。

 勤務するスタッフは、地球の全人口より多いのではなかろうか?(数えた事がないので憶測)

 ただし、地球人スタッフは奈津姫さんただ一人きり。

 あとは総て異世界人となっている。

 それもこれも、地球人は極端に魔力が低いとすべきか、まったく魔力がないとすべきか。

 異常現象を含む博物館での激務に対応できないのだ。


 こんな事情があるにも関わらず館長が、おふざけで地球の司書求人をした。


 そもそも、魔力のない者には求人の張り紙さえ見えない。

 冗談でしかなかったのだが。

 諸事情あり、超特急で安定した就職先を捜す必要にせまられた、司書資格を持つ人類が一人だけいた。

 奈都姫さんは発見不可能の張り紙を発見、あたふた剥してしまったのだ。

 

 博物館には連絡する事も面接会場に行く事もできない筈だったのが、奈都姫さんは至極簡単に会場へとたどり着いてしまった。

 館長以下職員こぞって真っ青の珍事である。

 切羽詰まった人間の一念とは、実に恐ろしき力を発揮するものだ。(これを俗に念力と言う‥…諸説あり)


 しかし、冗談全部のおふざけ求人とは言いきれないのがこの現象である。

 奈都姫さんは地球に産まれた時から、麒麟界の監視対象人物であった。


 かくして、地球でただ一人の職員となった奈都姫さん、博物館に到達する前から尋常ならざる魔力を有していたのは明らかで、地球の魔素を独り占めしているのではないかと疑われた程。


 就職したは良いが、想像を絶するブラック企業とも言える図書室司書のこと、給料は限界突破の低空飛行。

 千葉県最低賃金の一円上を維持し、未来永劫交わらぬ平行線を描き続けている。

 無敵の私立異世界博物館が最も恐れているのは、労働基準監督署である。


 奈都姫さんが何とか餓死せずに済んでいるのは、交通費の支給と出張先での生活があるからだろう。

 地球で唯一の能力で、奈都姫さんは空間転移を使い通勤している。

 それでも通勤費は支給される。

 所在地不明の場所へ通うのに通勤費とは、なさそうであり得ない話だが、そこは巨大企業の管理しきれない些細な部分である。

 通勤時間零は退職願いを出さない理由の一つとなっている。


 そして総てではないにしろ、出張先には福利厚生施設とした宿泊施設が点在していたりする。

 当然のごとく、期間中の衣食住は博物館持ち。

 世間で言う顎脚付き出張だ。


 奈都姫さんに与えられた特典はこれに限ったものではない。

 異世界へ本や金銭を回収しに行くとなると、予想さえできない大いなる危険が伴う。

 労災を使いたくない館長は、博物館に住して全宇宙創造の主とされる黄麒麟に願い出て、奈都姫さんに加護を与えてもらった。

 これに伴い、火・水・時・光・闇等々。魔法に関わるあらゆる適性も授けられた。


 このような対処は、精霊界・神界・人間界・魔界・博物館の守護者である青・赤・白・黒・黄の麒麟達総ての能力を合わせ持ったことを意味している。


 無敵である。


 そう、私立異世界博物館図書室所属異世界司書の菜花奈都姫さんは、全宇宙で最強となったのである!


 ただ、困った事に彼女は、己の能力を使いこなすのが大の苦手。

 自分自身に起きた一大事に、まったく無頓着なのだ………。

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