マシュマロ*クッキー*レモネード
湖ノ上茶屋(コノウエサヤ)
第1話
引き出しの奥ですやすや眠って、再び手に取られる日を待ってる。
そんな初恋の記憶は、いつ取り出しても、新鮮で、爽やかで、甘酸っぱい。
年末、大掃除をしながら私は、大掃除のコツを紹介する動画を漁っていた。
テスト勉強をしなきゃいけないっていうのに、机を片付け始まって、さらには漫画を読み出す感覚に似てる。
今、やらなきゃいけないことから逃げている。
『物を捨てましょう。そうしたら、運気が上がりますよ』
顔と名前はわかるけど会ったことのない、現実感の乏しい人から言われたことを、頭の中でグルグルさせる。
使ってないものは、山ほどある。
でも、要らないものなんて、ない。
いや、ある。でも、そんなにない。
冷蔵庫の中にコロンと転がってる、賞味期限がいつかわからないコンソメキューブとか、なんとなく受け取っちゃった試供品とかは、要らないし、捨てていい。だけど、せいぜいその程度だ。
家の中にあるのは、とっておきたい思い出のかけらばかり。あとは、誰に言われたか覚えてないけど、『三年分は取っておいた方がいい』とか言われて、ファイルに乱雑に突っ込んである電気とかガスとかの検針票とか、そういう心に安心をもたらしてくれるもの。
いい加減、やるかぁ。
重い腰を上げて、引き出しを開けて、中身を取り出す。すっからかんになった引き出しを拭いて、どう考えてもゴミだなってものがないか、一応確認して、なんとなく綺麗な感じになるように、再びしまっていく。
余白なんて生まれない。
ただ、そこから取り除かれるのは塵と埃。
私の過去は、削られることなく再び眠る。
引き出しひとつで疲れ果てた気になって、マグカップにラテパウダーをサラサラと入れる。カコン、というケトルからの声を聞いたら、熱々のお湯をカップに注ぎ入れた。じゅわわ、ぱちぱち、とパウダーが鳴いて溶ける。スプーンをクルクルする。湯気が立つ水面をふぅふぅと吹く。窓の外に目をやると、葉がない枝が凍えて揺れた。
ふと気になって、持ち腐れているテレビをつける。
気象予報士は、「明日、雪が降る」と言った。
マグカップが空になると、私は再び、大掃除を始めた。
こんな顔と態度を誰かに見られたら、しばらく穴から出られないってくらい、嫌々汚れを落としていく。
出しておいたゴミ袋に溜まるのは、普段プラスアルファって感じ。大事な人が遊びに来るからちょっと真面目に掃除してみましたってくらい。『大掃除で出た処分品です』って誰かに言ったら、その誰かは私のことをよほどの綺麗好きと見るか、もしくはミニマリストか何かだと思うんじゃないだろうか。
現実は、そんなことないんだけど。
手付かずのプラスチックケースを引っ張り出して、蓋を開けた。
ふわん、と懐かしいような、時が止まった匂いがした。
中に入っていたのは、友だちと交換して楽しんでいたプロフィール帳とか、手紙とか。何年も前の私と、何年も前の私と共にいた人の残像。
「なつかしぃ」
一冊のノートを見つめ、微笑み、大してついていない埃を払うように撫でる。
名前はなんだったっけ? 顔は思い浮かぶんだけど。喉のこの辺までは浮かんでる。えっと、名前、名前……小西、じゃない。大西? 違う、小谷だっけ?
顔だけ思い出した友だちAと共に、『ノートの表紙を可愛くしない?』って、ペタペタと貼りまくったシール。その、雑すぎてちょっと浮いたところから、ムダ毛みたいに埃が生えてる。毛抜きでピッて引き抜いて、シワになることを受け入れて、浮いた部分をぎゅっと指で押す。ねちゃねちゃとした粘着剤が、一瞬仕事をして、仕事を投げた。
中をパラパラめくり見る。大したことなんて書いてない。板書はそこそこに、『お腹減った』とか、『今日こそはマサちゃん食堂! カツカレー!』とか、そんなことばっかり。『テストだるい』『カンペがあったら100点なのに』とか、あーだうーだとぐちぐち書いてる。
パラパラめくり続けたら、『ミドリがくれたシール超かわいい。今度一緒に買いに行くんだー!』って、心の叫びが文字になってた。
そっか。友だちA、その名はミドリ。それで? 結局、苗字はなんだっけ? 思い出したらどうとか、思い出さなかったらどうとか、別に何もないんだけど。気になり出したら、気になっちゃう。
ノートに夢中になっていたら、外から「じゃ、また明日な〜」って大きな声がした。
スマホを手に取って、時間を確認する。いつの間にやら、夜は大きく口を開けて、世界をのみ込もうとしていた。
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