第11話 死は鉄の味
暁が薄明の空を淡く照らし、木漏れ日が優しく抱擁する公園内。
俺は剣の素振りを続けていた。
風を切り裂く鋭利な風切り音が響き、何故だか先日よりも冴えが増した様に感じる銀閃を虚空に見舞う。
「さて、手っ取り早く強くなる方法はあるかな」
今の所で俺が出来る事は僅か。
俺の可能な技術を組み合わせて、足りない火力を補う方法。
「まぁ、魔法の行使しかないわな。アルカディアもやってた気がする。殆ど覚えてないけど」
マンドラゴラとの戦闘で、殆ど覚えてはいないが、アルカディアの行使した魔法を見た。
剣士が扱う魔法と剣技の複合、正しく魔剣技。
俺の膂力で魔力を増幅させ、剣技と一体化させた魔法が俺にも出来る筈だ。
「よし、まずは炎を纏う所から――」
剣に手を翳し、今度はゆっくりと手を伝って剣に満ちる様なイメージ。
「お、マジで燃えた」
剣に灼熱の炎が纏われ、周囲をカッと染める朱の色が燦然と輝く。
「よし、これを『エンチャント』と名付けよう!」
その歓喜の叫びに呼応する様に灼炎が勢いを増し、
「やべ!? 木に燃え移った!?」
そうして、俺の魔法訓練が開始した。
少し試して気付いた事がある。
魔法の行使は魔力を消費する為、何かを喪失した様な寒気が俺を襲う事。
まぁ、これは大した問題じゃない。
「問題は魔力の出力が簡単に上下しちまう事だ。これの所為で制御が利かん」
例えるならば、コントローラーの感度を100に設定したシューティングゲームのエイミングの如き暴れ具合。
分かりにくいか。
兎にも角にも、制御が恐ろしい程に難しいのだ。
そんな状態で編み出した必殺の魔法。
『
『
『
因みに、技名は適当だ。
早朝の公園の広場、剣を振りながら炎を放つ狂人と思われかねないが、仕方が無い事だ。
実際、衛兵さんに怒られた。
この技の詳細は後々、実践でアルカディアにでも説明しよう。
「いやぁ、中二病時代の研鑽が生きたな。速攻でもう三つも技を確立させてしまうとは」
アルカディアが技名を叫んでいたので、俺も折角だからと名付けてみたが、何か意味があるのだろうか。
「まぁいい、取り敢えずアルカディアの所に行くか」
木々が生い茂る自然的な公園を練り歩き、清涼たる風をその身に受けながら、燦然とした陽光に身を包まれる。
「目指すはギルド。アルカディアを待たせちゃ悪い」
夏の日の様に、焼けた様な土の匂いを鼻で感じて雲を見る。
裂けた雲の合間から覗かせる太陽は、周囲の雲も一緒に輝かせていて、
「良い日だな」
そんな呟きが俺の口から零れた。
バレンタイン中央部、木造の温かみと荘厳さが感じられるギルドを視界に映し、石畳の街路を靴でコツコツと鳴らしながら歩む。
ギルドの荘厳な正面扉を開け放ち、ギィィと言う音と共に開錠した扉を通り抜け、数ある椅子の中の一つに座るアルカディアを発見し、そこに駆け寄る。
アルカディアは俺の存在に気が付くと、不服そうな顔で、
「遅いぞ。全く、イツキと言う奴は女性を待たせる様な男だったとは」
「スマン、少し自主練してから来た物でな。後、そう言うのって男女差別だと思うぞ。良くない!」
「知るか。遅いと言いたいだけだ。特に他意は無い」
そう少しばかり応答を交わしてから、俺は向かいの席に着く。
「なぁ、アルカディア。お前、魔法を使っていた時、技名を叫んでいなかったか? 何か意味あんの?」
「良くあの状態で聞けた物だ。そうだな、言霊と言う物は魔術的にも深い意味が存在する物なんだ。詠唱は知っているだろう? それの一種だよ。魔法の効果増強、言霊と魔術を結び付けて、即時に魔法が出せると言う効果も期待出来る」
「そうか、じゃああの恥ずかしそうな詠唱にも、立派な意味があったんだな!」
「シバくぞ」
「ごめん、ごめん!」
おもむろに拳を振り上げるアルカディアを宥め、新たな知見を得た事に歓喜する。
そうか、詠唱で技の威力を高める事が出来るのか。
そして、言霊は不確かだった俺のイメージをより強く固め、一つの技として昇華する。
そうすれば、制御も幾らかマシになるだろうな。
「ありがとうな、アルカディア。これでちょっとはマシになったかも」
「そうか、メンバーの助けになれたのなら、幸いだ」
話が一段落した所で、アルカディアが俺に言葉を掛けて来る。
「それで? 今日はどうするんだ、リーダー?」
アルカディアの疑念を孕んだ言葉に、俺は微笑と共に、
「行くぜ。討伐クエストに」
幾らかの緊迫と共に、今日の方針を決定した。
「はい! ゴブリン討伐クエストに来ました! 報酬は2500ゴールドです! 宿屋二日分です! 低賃金! チクショウ! 高校生バイトよりも低い! ゴールドを日本円に直したらどうなるか知らんけど!」
ランク1クエスト、ゴブリンを討伐せよ。
俺にとって最初の討伐系クエストだ。流石に幾らかの緊張が走る。
ここは平原。と言うか、平原以外に行く場所が無いのだから、もう一々説明しなくても良くないか?
燦然とした陽光が俺達を包み、心が洗われる様な新緑がどこまでも続いている。
時刻は早朝に近しい時。九時頃だろうか。
目的地はゴブリンの野営。
最近、ゴブリンが設営したそうだ。
このままだと、周辺地域の害になるとの事だ。
「そう嘆くな。逆に考えろ、2500ゴールドも貰えるのがありがたいと。ランク1の時期が一番辛い、ここを乗り越えれば楽になるさ」
そう言って、俺の事を鼓舞するアルカディア。
「クソッ! アルカディアさんには分からないよな! 凡人の気持ちなんて!」
「いやぁ、分かるけどな……」
そんなやり取りを交わした後、草を踏み抜きながら前進する俺達の視界の隅に、小高い丘が目に映る。
何の変哲も無い丘なので、俺は無視して先に進もうとしたが、
「お、丘じゃないか。今日もやるか」
「うん? どうしたんだ? 何をやるって?」
そう嬉々とした様子でアルカディアは丘に進み、疑問を呈する俺を気にも留めず、丘の前で拳を振りかぶる。
何やってんだアイツ。遂に気が触れたか。
「おい!? 何をやって――」
「ウラァァァ!」
俺の制止に聞く耳を持たず、振りかぶった拳を眼前の丘に真っ直ブチ込む。
――瞬間、正拳突きの様に繰り出された拳は丘に壮絶な衝撃と共にぶち当たり、凄絶な爆音が轟いたかと思えば、ぶち当たった丘の斜面が爆ぜたかの様にひび割れ、丘全体にその衝撃が伝わって行く。
噴煙を上げながら丘が崩れ、隆起した大地が形を保てなくなったかの如く、平らな大地と化す。
土の破片が散乱し、まっさらに変わった元丘陸がその場に残る。
丘の残滓は殆どなく、その散乱した土塊が緑の平原に満ちている事が、ここに丘があった事を示す左証だ。
凄まじい光景、驚天動地とはこの事だ。
目を見張る様な圧倒的膂力、規格外の人物なのだと改めて認識する。
が、それは別として、
「いや、何やってんだよ!? 意味不明な事すんなよ!?」
何の脈絡も無い唐突な行動に、俺は理解が出来ないとアルカディアに問う。
それに対し、アルカディアは平然と、それでいて揚々と振り返って、
「やはり、丘壊しは気持ちいいな! これこそ私の趣味の一つだ! これで私は筋力を鍛えたのだぞ! 最初は揺るぎすらしなかった丘が、毎日拳を打ち込んで行くと、いつの日か――」
「知らーん! お前の丘壊し人生の回想は良いから! 次はこんな事するな! 自然を壊すな!」
「薬草畑に火を付けたイツキが言うのか?」
「うるさーい! 減らず口を叩くな! 脳筋シャブ中ゴリラマッチョ女騎士!」
「どんどん私の評価が下がって行く!? と言うか、シバくぞ!」
「あれか? ゴブリン共の野営って」
「その様だな」
姿勢を低くし、しゃがんだ状態で眼前の野営を視界に映す。
ここはバレンタインの町がある平原である『ゾッア平原』の東側、町を発ってから一時間とちょっと、十時頃だろうか。
少々疲労感があるが、依然として好調、戦闘には何ら問題は無い。
眼前、平原に設営された野営は、粗末なテントや焚き火などが敷設されている。
その中でバカ騒ぎしているのは、緑の体色に小柄な体躯が特徴の魔物、ゴブリンである。
そこまで偵察した所で、アルカディアは神妙に、
「イツキ、流石に今回は手助け出来ない。これで、お前が戦闘行為をする事が“出来るか”が決まる。戦力に“なるか”では無い。戦闘を怖がる奴は何も成せない、冒険者に必要な要素だ。時に仲間の死体を踏み付け、情け容赦なく敵を殺せるかが戦闘において、最も重要だと私は考えている。頑張れ」
「言われなくとも、分かっているつもりだ。行って来るよ。――死に掛けたら助けてくれよ?」
その俺の弱気な言葉に無言で頷き、親指を立てて俺を送り出してくれる。
しゃがんだ状態から立ち上がり、悠然と野営に歩みを進める。
相手は俺を瀕死にした敵と同じゴブリン。心根が震え、戦闘に対する恐怖や相手を傷付けたくないと言う、竦んだ心が俺を苛む。
だが、俺の心は野営に近付くに連れて妙に落ち着きを取り戻す。
自分自身を𠮟咤激励し、目の前を見据える。
野営の直ぐ近くに歩み寄り、剣を抜き放つ。
まるで宝石の様に輝き、銀の閃光を放つ剣をゴブリン共に向けて啖呵を切る。
「――ゴブリン共、悪いが明日を生きる為に死んでくれ」
そう言って、恐怖を吹き飛ばす様に、少し口角を上げた。
――ような気がした
「ア? ニンゲンだ! 人間が来たぞ! 殺せ――」
そう俺の傍で叫んだゴブリンを、薙いだ剣で首を断頭する。
空中にクルクルと舞った頭部は、重力に従ってゴロリと芝生に転がり、頭を失ったゴブリンは首の切断面から、悍ましい量の鮮血が噴出する。
びくびくと肉体を痙攣させながら、地面に倒れ伏した首無しのゴブリンは、やがて血の噴出も止まり、死体らしい死体が出来上がる。
筋肉と骨を断ち切る気持ち悪い感覚、浴びる鮮血の温かい様な冷たい様な触感。
でも、不思議と心は竦まない。凪の海の様に。
前世の俺なら、絶対に出来なかった。
シェイドが何かしたか?
「まぁいいや、生きる為だ。すまないな」
場違いで歪な謝罪を吐いた瞬間、ゴブリン達が得物を担い、怒りと共に突っ込んで来る。
俺は異常になっちまったか?
でもさ、現代人も病気なんだ。
他者への興味が無く、自分の為だけに行動し、他人を平気で裏切る。
同じ事だ。生きる為に魔物の命を奪い、仕事の為なら無感情になれる。
そこにはどれ程の相違がある?
自分を正当化するつもりは無いけど、悪だとも断言出来ないよな。
「殺せぇ! 死にやがれ! ニンゲン野郎!」
突っ込んで来たゴブリンが放つ短剣の刺突を躱し、二連の袈裟斬りで腹を裂く。
臓物をぶちまけて死に至るゴブリンを踏み付け、矢を番えるゴブリンに急接近、その両腕を切断し、心臓に剣を突き立てる。
心の臓をグリンと剣で捩じって致命的に破壊し、刃を突き立てたゴブリンを蹴り、剣を強引に引き抜いて、斧を振るって来るゴブリンの口に剣を突っ込む。
ゴブリンの口腔から剣を引き抜き、顔に付着する血飛沫を拭って、次々とゴブリンを死体に変えて行く。
一匹のゴブリンに銀閃を薙いで浴びせ、腹を裂き、背後に立ったゴブリンに振り向き様の斬撃で頬を裂く。
「ギャァァァ!」
頬を裂いたゴブリンの絶叫を意に介さずに両腕を切断し、二連の袈裟斬りで腹を割腹し、そのまま断頭する。
迫る者には縦の斬撃を、背後を見せた者には心臓を貫く刺突を、囲んできた者達には身を回した斬撃で冥土に行って貰う。
剣の血を払い、その隙を狩ろうと飛来して来る矢を薙いで弾き飛ばす。
射手が居るな。動き辛い。
ならば、離れた距離に居るゴブリンの射手に、魔法を行使する。
「『
仮面でも付けている様な無機質な微笑を張る口で紡いだ詠唱。
凄まじい勢いで発火する剣を、射手の間合いの外で振りかぶる。
何も無い虚空に薙ぐその斬撃は、その剣が向かう軌跡を炎が倣い、斬撃の形をした炎の刃が飛来させる。
――言うならば、飛ぶ斬撃。
周辺の温度を著しく高め、平原の緑と蒼穹の蒼を悉く朱に染めるその灼熱の刃は、射手に向かって飛来し、腰の部分を切断。上半身と下半身が分かれたゴブリンの体は急激に発火し、生き物が焼ける不快な臭いと共に、炭化した黒焦げの死骸に早変わりだ。
魔力消費も軽微、この技は俺の間合いを伸ばす目的で編み出した技だ。
公園を一回だけ燃やしてしまったが、仕方の無い犠牲だろう。勿論、消火した。
「クソッ! 囲め、囲め! 包囲しろ!」
ゴブリンの指示を飛ばす言葉で、ゴブリンの軍勢は俺を取り囲み、包囲戦術を仕掛けて来る。
そこまで大規模な野営ではない。ゴブリン達の数もそう多くはない。
この程度の数なら、一気に殺せる。
全方位から襲い掛かって来るゴブリン達に、俺が取った一手は、
「仕方が無い。魔力消費がデカいが、やるか」
剣を下段に構え、淡く剣に纏う炎の残滓と共に、詠唱する。
「『
――瞬間、俺の出せる最大限の踏み込みで、ゴブリンの一人に突撃する。
その疾駆は高速、ゴブリンには反応出来ない。
間合いをゼロにし、振り上げる様な形で斬撃を放つ。
下方から上方に振り上げる銀閃は美しく三日月を描き、その銀閃は超大の灼炎に飲まれてその輝きを失う。
ゴブリンの腹から肩に掛けて致命的に切り裂く斬撃は、振り切ったのと同時に、極大の烈火の竜巻となって、野営地を吹き飛ばす。
正しく天変地異、凄絶な勢いで平原を焼きながら、その勢いで野営地を粉々に吹き飛ばす。
蒼穹は朱に染まり、平原は焦げた黒に侵食される。
野営地に範囲を絞った魔力出力、ぶっつけ本番だったが、上手くいって良かった。
炎の竜巻が収まった時、野営地は跡形も無い更地に変わっており、周辺にも少し影響が出てしまっている。
出力調整は未だに慣れないな。
魔力を失った事による血液を失った時の様な寒気を感じながら、周辺を警戒する。
目視ではゴブリンを観測出来ない。
詰まりはクエスト成功と言う事だろう。
剣に付いた血液を拭い、鞘に納める。
そうして、待っている筈のアルカディアの所まで、歩いて向かう。
「終わったぜ。これにて、初の討伐クエストは終わりだ!」
そう言って、意気揚々とアルカディアに完了を報告する。
傍まで来た筈の俺に呆然と立ち尽くしながら、アルカディアは啞然と目を見開いて、
「イツキ、本当に剣を握った事は初めてなのか? 初めてとは思えない戦場での冴え、流石に賞賛に値するぞ」
「え? ありがとう? そんな純粋に褒めてくれたの、意外と初めてじゃねぇ?」
「フム、これならランク1など、容易く超えるだろうな。羨ましい、やはり私の見立ては正しかった」
そう言って、アルカディアはイツキに背を向けて、さっさと帰路に就く。
その後を俺は追って、
「だけどな、これでも2500ゴールドなんすわ。こんな重労働をしてな」
「大丈夫だ。戦闘経験は確かな財産、これからの冒険者人生の為の布石だ」
そんなやり取りを交わした後、俺達パーティーは悠然と歩みを進めたのであった。
バレンタインに到着した頃には、正午の十二時だった。
「めっちゃ早く帰ってこれたな!」
「そうだな、それではどうするか? もう既に、報酬金は受け取ってしまったし、やる事が無くなってしまったな。まぁ、もう一度クエストを受けてもいいが……」
そう言いながら、俺達が会話している場所は、再三にも渡り通っている飲食店だ。
いつもと同じ店で食事を取っている訳だ。
「てか、アルカディアは普段、どこで寝てんだよ? パーティーの金は今の所2000ゴールドちょい。昨日は金が無かったから、お前は宿屋で寝た訳じゃないよな」
そう俺が問い掛けると、アルカディアは目線を外しながら、
「金が無いからな、宿屋で眠れる訳なかろう。決して、金を隠し持っている訳では無い」
と凄まじい棒読みで答えて来る。
俺は机に手を強く着いて、
「オイ、嘘吐き脳筋シャブ中ゴリラマッチョ女騎士。テメェ、金を隠し持っているな? パーティーになるならば、金は共有財産的な存在だってあれ程言ったのにも関わらず? 道理でおかしいと思ったんだよ! 夜になるとどっかに行くし。てか、宿屋に泊まってんなら俺も連れて行ってよ!」
「仕方ないだろう! イツキが居ると、ポーション買えなさそうだし!」
「テメェ! まだそんな事言ってやがるのか! ほら、出しなさい!」
「グワァアァ! 嫌だぁぁ!」
机越しに取っ組み合いになり、何とか奪い取った財布からは、
「えーと、大体10000ゴールド前後か? これは徴収です」
「グッ……鬼! 悪魔! 人狼! 放火魔! 馬鹿! 非モテ男!」
「モテるかも知れないだろ! 決め付けんな!」
飲食店に、俺達の喧騒の声が木霊した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます