第48話 館の敷地内の攻防戦



 新当主の盛光もりみつとの昼食を終えて、朔也は1人で館の廊下を歩いていた。正確には妖精のお姫も一緒だが、その時から嫌な視線には気付いていた。

 今日は食堂に寄らないでいいので、そこにいる連中にからまれずに済むと思っていたのだが。それよりもっと面倒な目に遭いそうで、ため息しか出ない有り様である。


 こんな事なら、さっきの会食で嫌がらせの全てを打ち明けておけば良かった。新当主にそれを止める力が無かったとしても、朔也の心はスッキリしただろうから。

 視線の主は、その中に含まれる殺気を隠そうともしていない。朔也も今やレベル8の探索者である、まかりなりにもその位の判別は付くようにはなっている。


 ただ、その対処が確実に出来るかと問われると、それは全く別の話だ。この殺気の主が凄腕の持ち主なら、召喚手段の無い現状では朔也に適う手段は無い。

 取れる手としては、再びダンジョンに入り込んでしまうとか、優しい老執事の毛利を頼るとか。ただし、“訓練ダンジョン”に追跡者を連れて行くのは論外だ。


 あの場所を他の連中に知られたくないし、ノーム爺さんにもひどい事をされそうで怖い。まぁ、こちらで撃退するとしたら、例の“高ランクダンジョン”に追っ手を引き込むのが手だろうか。

 などと考えていたら、呑気なお姫がカードをチェックしろと言って来た。どうやら午前中の功績で、妖精のクエストボードで幾つかクリア済みが出たらしい。


 廊下で立ち止まってそれを確認すると、確かに幾つかクリア済みで光っている項目があった。A級カードゲットがトリガーとなったみたい、これは報酬が楽しみだ。

 とは言え、今はこの窮地を何とかするのが先。


「とは言え困ったね、お姫さん……誰が味方になってくれるか分からないし、こんなカードにみんなしてムキになるなんて。

 まぁ、確かにA級だし強そうではあるけどね」


 そう振られた妖精のお姫は、特に何も考えてないような呑気な表情。このひりつく空気を無視出来るとは、ある意味大物なのかも知れない。

 朔也は考えた結果、何とか自分の力で追っ手を処理する事に。そもそも親のいない環境で育った身なので、大人に頼る事を知らない朔也である。


 そこからは、割と1本道……1階の窓から庭へ飛び出して、目指すのは例の離れの森である。そこの小屋に逃げ込めば、ダンジョン内で待ち構える事も出来る。

 そうすれば、朔也も召喚ユニットを護衛に呼び出せるし、追っ手の迎撃も可能になる筈。ただし、“高ランクダンジョン”には強い敵もいるので、その辺の注意は必要だ。


 探索着を脱ぐ暇が無くて本当に良かった、そもそも初心者用の奴はそんなにゴツくなくて着心地は悪くない。新当主も、この格好でよく食事の同伴を許してくれたものだ。

 案外と盛光もりみつも、探索者としての活動が長いのかも知れない。その辺は分からないが、対面した時には確かに迫力のようなモノを感じた。


 祖父の鷹山ようざんがあまりにも偉大だったので、その影に隠れて実力が評価されなかったクチなのかも。そう思うと気の毒だが、それも朔也の勝手な推測でしかない。

 などと考えていたら、背後からのプレッシャーは次第に人の形を成して来た。追跡者は2人いるらしく、その動きは探索者としても上のレベルっぽい。

 少なくとも、朔也よりは数段実力が上なのは確か。


「おいおい、逃げてばかりじゃなく少し遊ぼうや……こっちの狙いは分かってるんだろ、例のA級カードを盗って来いって上からのお達しでね。

 そのついでに、持ち主を痛めつけてくれって話さ」

「全部喋ったらつまらないだろ、ってか声をかけたら顔を隠した意味もねえじゃん。まぁいいか、コイツはしょせんめかけの子だって話だからな。

 上の支えが無いって辛いなぁ、オイッ!」


 くだらない挑発が飛んで来る程度なら良いけど、森に入る前に飛び道具まで飛んで来た。それを肩口に受けて、朔也は痛みに怯みそうになる。

 怒ったお姫が、魔玉で反撃しようと飛んで行ってくれた。傷口を押さえて、森の木立ちの間を必死に駆けて行く朔也。背後から爆発音と、口汚くののしる男たちの声。


 聞き覚えは無いけど、どうやら対人戦特訓で顔を見た覚えはありそうだ。多分だが、金髪と赤髪の2人連れではなかろうか……ガラの悪さからそんな気がする。

 奴らの雇い主は誰だったか、ちょっと記憶には無いのが残念だ。まぁ、判明したからと言って、彼らの言うように朔也には後ろ支えが無いので仕方がない。


 それにしても、白昼堂々と館の敷地内で襲われるとは……名門だとか金持ちだとか言ってるけど、やってる事は野盗の組織と変わりがない。

 そんな連中と半分でも血が繋がっているのが、何と言うか情けなくて仕方がない。口惜しさと無力さと、走り過ぎて息が切れて苦しいのだが、その甲斐あって目的の小屋が見えて来た。

 背後を窺うが、肝心の追っ手の姿はまだ見当たらない。


「えっと、どうしよう……この中に入る姿だけは、見せた方がいいのかな?」


 思わず呟いて思考停止していると、空中をかっ飛んでお姫が戻って来てくれた。思わず笑顔になって、小さな相棒の活躍をねぎらう朔也である。

 ただし、その後に続く悪漢連中の姿は未だ窺えず。傷口が痛んで仕方ない朔也は、待つのに飽きて小屋の中へと入って治療する事に決めた。




 そこには相変わらず、おざなりに隠されたダンジョンゲートが静かにたたずんでいた。それは不気味には違いないが、今の朔也にとっては逆転を狙うピースの1つである。

 朔也はその前に陣取って、まずは手持ちのポーションで傷の手当てを始める。お姫が心配そうに、肩口の裂け目を覗き込んで来た。


 ポーションは傷口に振り掛けても良いし、口から摂取しても良いみたいだ。朔也は半分は切り口にかけてから、もう半分を飲んで様子を見る。

 どうやら数分後には痛みは去ってくれて、血も止まってくれて何よりだ。それより追っ手がまだ来ないってのは、ひょっとしてお姫が完全に追い払ってくれた?


 その事実を問いかけるも、当の小さな淑女は首をかしげてハテナ顔。まぁ、あれだけ派手な炸裂音がすれば、館の警護の者たちが駆けつけても不思議ではない。

 それを嫌って逃げて行ったのか、それとも再び朔也が森から姿を現すのを待ち伏せしている可能性も。そんな茶番に付き合っていられない朔也は、思い切り方針転換する事に。


「仕方ない、ここのダンジョンで夕方まで時間を潰す事にしようか、お姫さん?」


 朔也のレベルも8に上がって、力も付いたし1層をうろつく事くらいは出来るかも。そう思って相棒に問いかけた所、お姫も賛成してくれた。

 ただし、1層から大型のミノタウロスが出て来るようなダンジョンである。間違っても気は抜けないし、慎重に事を運ばなければ。


 そう思いながら突入した第1層だが、幸いな事に入り口近くのゲート付近には敵の姿は窺えず。前は興奮していてはっきり覚えていなかったけど、どうやら遺跡エリアが広がっているようだ。

 朔也は周囲を窺いながら、素早くいつもの仲間達を召喚して行く。エンやコックさん、カー君辺りはもはや定番で、頼り甲斐があって泣きそうになる程。


 それから箱入り娘と、ゴブ弓兵も再召喚が可能になってくれていた。それから人魂もついでに召喚して、やっと一息ついて仲間と一緒に辺りを窺う。

 入り口ゲートから少し離れた場所で、そこを見張れる場所を見繕みつくろってカー君に見張り役を頼む。そしてやっと落ち付いて、お姫にせっつかれていたクエストボードの確認作業に取り掛かれた。


 それは凄いの一言で、当然ながらクリア報酬も割と大量でなかなかの品揃えだった。具体的にクリアしたクエストは、『レベルを8に上げろ』と『ダンジョン内でC級ランクの《カード化》を成功させろ』や『祖父の遺産カードを1枚ゲットしろ』などなど。

 ただし2つ目のクエストは、A級とB級以上の《カード化》も一緒にクリアしたみたい。お陰で大量の報酬に結びついて、朔也がクリアの文字を触る度に報酬が目の前に出現する。


 具体的には、まずは魔石(中)が3個に初級エリクサー瓶が3本。魔結晶(中)は何と10個も貰えて、金貨も3枚に銀貨も50枚と大量である。

 それからステアップ木の実が2個に強化の巻物も2本ほど。しかもゴーグルで鑑定した感じだと、永続効果の最良品だったみたい。


 他にも初見の赤い水晶が3つと橙色の水晶が1つ、同じく鑑定した結果『赤照水晶』と『橙蜀水晶』と言う名前らしい。その用途だが、何と召喚カードのランクアップに使えるみたい。

 『赤照水晶』の方はF級をE級ランクに引き上げる事が可能との事。同じく『橙蜀水晶』はE級をD級ランクに昇格させる能力があるっぽい。

 それが本当だとしたら、ユニットの大幅戦力アップになりそうだ。


 それより何より、最後の1つのクリア報酬が凄かった。祖父の遺産カードゲットの報酬なのだが、何とMP総量アップが付いていたのだ。

 これで単純に、一度に呼べるユニットが増えてくれて戦力アップである。


『妖精のイヤリング』(幸運+2、魅力+2、MP+15)


 ついでにステータスアップの木の実も、速攻で食べてしまう事に。敏捷と魔力だった様で、これでまた少しだけ強くなる事が出来た。

 さて、後考えるべき事はユニットの強化である。とは言えランクアップ水晶は、使い方が分からないので取り敢えずは保留しておくしかない。窮地を脱したら、ノーム爺さんにでも尋ねる事に。


 それ以外となると、やはり追加でユニット召喚士しか無い訳だ。朔也は昨日の対人戦特訓でせしめたD級カードの中から、【装甲クモ】を選択する事に。

 名前からして堅そうだし、良い前衛になってくれそうな気がする。恐らく持ち主は、蜘蛛が嫌いだったとかそんな理由で手放したのではなかろうか。


 攻撃D&忠誠Dは、バランスも取れていて使い勝手が良さそう。実際に召喚してみた所、意外に大柄で頼もしいフォルムである。お馴染みのカーゴ蜘蛛より1回り大きいし、朔也がまたがって乗っても平気なサイズ感だ。

 そこで念の為にMP回復ポーションを飲んで、ついでに午前中にゲットした【大トンボ(青)】も召喚する。コイツはE級なのでMPコスト5で済むし、遠隔攻撃持ちである。


 青トンボは召喚されるとしばらくその辺を飛び回っていたが、最終的にはコックさんの頭の上に落ち付いた。コックさんも2メートル級なので、止まり木のサイズ的には丁度良さげ。

 とにかくこれで、まかりなりにもダンジョンを進む準備は整った。後は追っ手が来ないのを確認して、予定通り夕方まで探索すべし。


 ところが、朔也が出発しようとした途端に、カー君がゲートの方向を向いて警戒の鳴き声を発した。思わず身構える一行の目の前に出現したのは、何と館のメイドの1人だった。

 そのメイドは、いつも対人戦特訓に呼びに来る女性で、確か名前を芙納繁ふなしげと言っただろうか。彼女は当然のように朔也に近付いて来て、不埒ふらち者は追い払いましたと報告して来た。


「残念ながら、捕らえる事は出来ませんでしたが、仮面男達に手傷を負わせる事は出来ました。連中は尻尾を巻いて逃げて行ったので、外はもう安全ですよ、朔也様。

 しかし、召喚モンスターをはべらせて、返り討ちにする気満々だったのに申し訳ありませんでした。せっかくなので、このダンジョンを探索でもしましょうか?





 ――この薫子かおるこでよろしければ、2時間程度お付き合いしましょう」






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