第46話 大トンボのエリアへ



 次の瞬間、狼の群れのど真ん中で小爆発が起こった。どうやら妖精のお姫が魔玉を使用したらしく、半分の先行した狼達が軽くない被害を受けた模様。

 パペットのコックさんと箱入り娘も、自動で防御にと動いてくれている。パペットとは言え、オート防御や範囲内の明らかな敵に対しての攻撃位はしてくれるのだ。


 エンと人魂も同じく、迎撃はむしろ彼らの独壇場ですらある。エンは瞬く間に1匹目の狼を切り伏せ、次の敵へと狙いを定めている。

 滅陰めついんの人魂も炎で攻撃、彼はヘイトを取っても通常攻撃では傷付かないのがとっても良い。ただし聖属性にはとっても弱く、一発で昇天してしまう特性が。


 ついでに盾役にも向かないし、通せんぼ行為とか不可能というデメリットもある。とは言え、10秒に1度とは言え、一方的に攻撃出来るユニットは魅力的には違いない。

 そんな人魂の炎で、2匹目も退治して狼軍団の気勢は一気にダウンへ。何しろ残った連中は、魔玉の攻撃で軒並み手傷を負ってヘロヘロ状態なのだ。


 ところがこちらも、早速の被害が……新入り召喚ユニットのコボルト槍兵が、全く良い所を見せられずダウンの憂き目に。どうやら前に出過ぎて、弓矢とさっきの風魔法の犠牲になったらしい。

 朔也にとっては、とんだMPの無駄遣いとなってしまった。まぁ、少しの時間だけでも、敵の気をいてくれて良しと言う見方もある。

 実際、その時間で朔也は何とか正気を取り戻せた。


 パニックって本当に恐ろしい……それを振り払ってくれたのは、お姫の声にならない激励だった。目の前で飛翔して、敵に立ち向かわないと死んでしまうぞと大騒ぎしている。

 それから胸のあたりを叩いて、君にはカードがあるじゃないかと次なる行動を示唆しさしてくれた。我に返った朔也は、そうだったと胸元のカードを数枚ほど手に取る。


 幸い、1時間以上の探索でMPは幾らか自然回復してくれている。それでも心配な朔也は、【密林モス】を3体ほど召喚して慌てながらMP回復ポーションを飲む。

 大蛾の群れは、暗闇での行動も平気な様子で敵の群れへと飛んで行く。その間にも数を減らした狼達は、何かの合図で敵の本隊へと下がって行ってしまっていた。


 どうやら狼を操るテイマー的な職のコボルトが混じっているようだ。それに加えて魔術師職の奴もいるとなると、全くあなどれないコボルト集団である。

 それでも大蛾3匹の群れは、鱗粉の撒き散らしで時間稼ぎにはなってくれそう。敵の弓兵のヘイトも、何とかこちらではなく連中の上を取るモスへと向かった様子。


 ただし、こちらへとダッシュで向かって来る兵士団も存在していた。狼を連れているテイマーと、槍持ち兵士と棍棒持ちの集団である。

 その頃には、朔也はキッパリと連中と戦う事を諦めていた。これ以上の犠牲を出さずに撤退する、それを素直に行うための召喚を始める。


 そして選んだのは【カーゴ蜘蛛】で、これなら何とか朔也程度なら籠に入り込んで運んで貰える。実際、実は何度か遊びで運んで貰った事もあったりして。

 決して乗り心地も良くないし、スピードも速くないので移動には適さないのは判明済み。それでもこの窮地に、慌てて逃げて転んでしまう事態は避けたいのも事実。


 それから犠牲は少なくすべく、エンとコックさんと箱入り娘は送還する事に。戦闘中の送還なんて初めてだったけど、何とか上手く行ってくれて自陣はかなりスッキリした。

 それを見た滅陰の人魂は、更に陰鬱いんうつな表情に。そんな彼について来てと口にして、目前に迫ったコボルト集団には【雑種スライム(大)】をお見舞いする。

 対モンスター戦には初使用だが、何とか上手く行ってくれてホッと一息の朔也。


「逃げるよっ、お姫にカー君っ……! 遅れずについて来てっ!!」


 そこからは、カーゴ蜘蛛に乗っての逃走劇の始まりである。朔也を乗せてのカーゴ蜘蛛の速度は、大人の小走り程度で決して速くはない。

 それでもでこぼこの洞窟を安定したスピードで進むクモ脚は、なかなかにあなどれない逃走用の武器である。スライムプールの必殺技も、上手く機能して抜け出すコボルト兵も今の所は皆無だ。


 その頃には、足止め役の【密林モス】3匹は敵の後続部隊に倒されてしまったみたい。残念だが、最弱のF級ながら見事に役目を果たしてくれた。

 そして一緒に飛んでついて来たお姫が、小さな手で前方を指差す。どうやら3層へのゲートまで戻って来れたようで、取り敢えず命は助かった模様だ。


 敵の気配は、今や遥か後方である……そして足止め役の大任を果たしてくれた、大スライムも討伐されてしまった模様。情けない主で申し訳ない思いに捕らわれつつ、朔也を乗せたカーゴ蜘蛛はゲートを潜って行く。

 3層に辿り着いたら、ポーションを飲んで傷の手当てをしなければ。そう思って転移後に見た景色に、朔也は思い切り違和感を感じてしまう。

 そこには、何故か茜色の夕暮れ空が拡がっていた――





「あれっ、ここはどこ? えっ、フィールドエリアに転移しちゃったのかな。まさかダンジョンから出た訳じゃ無いよね、お姫さん?」


 急な転移先に驚いているのは、どうやら相棒の妖精も同じらしい。周囲をキョロキョロ見回して、ここはどこだと飛び回っている。

 お姫の慌て振りを見て、逆に冷静になる朔也は取り敢えずポーションを飲んで自身の回復。それから余ったMPを確認しながら、再度の仲間達の召喚作業など。


 それが出来てしまったって事は、まだダンジョン内なのだろう。広いフィールド型エリアだが、何となく異様さを感じて身震いしてしまう朔也である。

 パッと見た目は日本の田舎の風景って感じ、遠くには田んぼや山並みやわらぶき屋根の建物が幾つか窺える。一番近いのは、お城みたいな立派な建物だろうか。

 門構えも立派なのだが、そこは現在大きく開け放たれて出入りは自由らしい。と言うより、是非ぜひ入ってくれと朔也たちをいざっているようにも見える。


 快盗カラスのカー君が、朔也の肩に停まって警告を発して来た。どうやらゲートの事を言ってるらしい、彼らが入って来たゲートは跡形もなく消え去っていたのだ。

 つまりは、新たな脱出用のゲートを探し出すしか方法は無い訳だ。いや、一応は帰還の巻物を持っているので、その辺の心配は無いと思いたい。


 どうしようかと迷っていたら、お姫が好奇心をそそられたのか城門を潜って進む素振り。仕方なく朔也も続くと、チーム員たちもそれに従って進み始めてくれた。

 何となく心強くはあるけど、ついさっき大敗をきっしたばかりの身の上である。慎重に進んで、いざと言う時はすぐに退去出来るようにしておかないと。


 そんな後ろ向きな姿勢で進む、風変わりな日本のお城探索は坂道エリアから始まった。お城と一言で言っても、天守だとか城壁だとかお堀だとか色々とある。

 朔也も詳しくないけど、敵に攻め入れられにくく設計されている位は知っている。坂道やジグザク設計が多いのも、恐らくはその内の1つなのだろう。


「わっ、ビックリしたっ……モンスターが出たよっ、みんなよろしくっ!」


 ここは何だろうと考え込んでいたら、不意に上空から横幅が2メートル級の大トンボに襲撃された。胴体が青色なので、恐らくシオカラトンボではなかろうか。

 集中していた朔也は、咄嗟にコックさんに遠隔攻撃を命じる。自分も手にしたクロスボウを発射するが、これは敢え無く外れて何も無い空中へ。


 コックさんの魔法の矢は、見事に大トンボの片羽根を傷付けたようだ。お返しの風のカッターが飛んで来るが、体勢を崩したせいか見当違いの方向へ飛んで行ってくれた。

 そこに箱入り娘の魔法のハンマーが、飛んで見事に大トンボの胴体に命中した。敵の態勢は完全に崩れて、地上に墜落して来る2メートルの大トンボ。

 そこからは全員でボコ殴り、再び空中に逃がしたら厄介な事になる事請け合いである。その願いは何とか通じて、そのままの勢いで倒す事に成功した。


【大トンボ(青)】総合E級(攻撃E・忠誠E)


 どうやらドサマギで、止めを刺したのは朔也だったらしい。やったねと喜ぶも、コイツは恐らく体力とか耐久力は低いユニットみたい。

 仲間として召喚するにも、使い所が難しいかも知れない。飛翔能力と風の刃を飛ばす攻撃は魅力的だが、その砲台は脆弱ぜいじゃくと来ているのだ。


 ついでに落ちていた魔石(小)を拾って、一行はもう少し先へと進む事に。決めるのは朔也の役目だが、あの程度の相手なら何とかなりそうな雰囲気が。

 それもこれも、大量に出て来なければの話ではある。先ほどのトラウマが蘇るが、実際に次に出て来た大トンボは、3匹でまとまっていて思わずヒヤッとする。


 そいつも、先制の人魂の炎に焼かれてまず1匹が墜落して行った。朔也のボウガンの射撃も今度は当たり、コックさんも続いて魔法の矢を命中させて行く。

 今度の敵は羽根が黒かったので、恐らくハグロトンボな気がする。大きさはさっきの単体の大トンボより、やや小さかったようだがドロップは魔石(小)だった。


 ここはお金を儲けるには絶好なエリアの様だが、長居はやっぱり危険な気がする。一行が進むうちに道はお堀の近くに出て、次に襲って来たのはヤゴの小集団だった。

 子供の頃に見掛けたので間違いはない、ここは恐らくトンボ型の敵しか出ないエリアのようだ。ヤゴの外見だが、羽根無しトンボの胴体を縮めた水棲昆虫の姿だ。


 特に武器になる、鎌みたいな捕食器官は無いけどあごだけは強いみたいである。オマケに水棲のために、水属性がついてるのか水弾がたまに飛んで来る。

 5匹ほどの集団を、何とか苦労して倒したと思ったら。その喧騒けんそうを聞きつけたのか、新たに大トンボが4匹ほど飛来して来た。今度の奴らは、胴体が赤いから赤トンボだろう。


 そいつ等は、さっきの大トンボより更に小柄で、倒して得られたのも魔石(微小)だった。残念ながら大儲けのエリアではなく、本当にトンボのエリアってだけみたい。

 お姫と一緒に、変わったエリアだねと話しながら魔石を手分けして拾い終え。さてどうしようと思った途端に、周囲に差す影とカー君のかすれた鳴き声。


 それが警戒の合図だと理解しつつ、影の正体を見るために振り返った朔也の視界にいたのは。馬鹿みたいに巨大なオニヤンマで、その推定は両翼合わせて20メートル近く!

 そいつと目があった瞬間、朔也は金縛りにあったように動けなくなってしまった。ただし、思考は忙しくこの窮地を脱しようとフル回転をしている。


 こんな巨体相手だと、恐らくはコックさんや箱入り娘の遠隔攻撃など、蚊に刺された程のダメージしかない筈。チームエースのエンですら、良い勝負にも持ち込めそうになさげ。

 巨大オニヤンマはじっと動かず、間近の城壁の瓦の上に降り立ったままこちらを睥睨へいげいしている。その複眼は、様々な色にきらめいて神秘的ですらある。


 不意に朔也は、思い付きで腕をグルグルと回し始めた。トンボ狩りと言えば指を回して、相手の目を回した隙を突くのが常套じょうとう手段である。

 意外な事に、巨大オニヤンマはそんな朔也の腕の振り回しに興味を持ったよう。グルグルと首を回し始めて、こちらを攻撃する素振りは今の所は無し。


 それに活気づいたのか、妖精のお姫がフイッと空へ飛び立った。そして巨大オニヤンマの目の前を、意外と高速でグルグルと回り始める。

 それがどうしても気になる模様の相手は、それを追いかけるようにグルグルと首を回し続ける。妖精のお姫も高速飛翔は辛いだろうに、根競こんくらべと言わんばかり。

 そしてそれに勝ったのは、何とちっちゃな妖精だったと言うオチ。





 ――目を回した階層主は、地面に落下しながらカードと化して行った。







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