第21話 朝から不穏な空気の館内



 この館の元の主だった祖父の葬式から5日目、朔也さくやはいつも通りの時間に起床を果たす。それから身支度していると、すっかり顔馴染みのメイドが朝食を届けに来てくれた。

 顔馴染みになったとは言え、長話をするほどには親しくはない間柄である。短い挨拶と朝食のトレイだけ残して、メイドはその場を去って行く。


 出来ればこの館の、現在の情報を誰かから入手したいのが本音の朔也である。それと言うのも、新当主の盛光もりみつから祖父の遺言を遂行しろとの無茶振りを仰せつかっている孫一同である。

 その進捗しんちょく状況とか、ライバルの従兄弟たちの近況は是非とも把握しておきたい所。しかも老執事の毛利もうりは、その新当主がそろそろ焦れていると口にしていたし。


 目的のカードはともかくとして、孫たちのカード入手率の悪さがその根底にあるのだろう。朔也としては知った話では無いが、そもそもほとんどの従兄弟がレベル1からの回収仕事なのだ。

 ダンジョン探索に慣れて、モンスターの倒し方を覚える所から始めるとなると、カード入手の悪さも当然ではある。ただし、偉大な祖父を持つ盛光もりみつの視点からすると、何やってんだとの思いは強いかも。

 それこそ、高望みでしかない気もするのだけれど。



名前:百々貫朔也  ランク:――

レベル:05   HP 28/32  MP 22/27  SP 23/23


筋力:16   体力:15   器用:21(+1)

敏捷:19   魔力:22   精神:23

幸運:09(+3) 魅力:09(+2)  統率:20(+2)

スキル:《カード化》『錬金術(初心者)』

武器スキル:――

称号:『能力の系譜』

サポート:【妖精の加護】




 そんな朔也だが、昨日の午後の探索では残念ながらレベルは上がらず。ただし、ステアップ木の実と言うのを夕方に食べて、魔力や精神力が微増してくれた。

 それから老ノームのアカシアの指導のお陰か、ひょっこりとスキル欄に『錬金術(初心者)』が生えてくれた。嬉しい誤算だが、果たしてそれを知った執事やメイドは何て思うだろう?


 別に隠している訳ではないが、変なバレ方をしてあの“訓練ダンジョン”への出向が禁止されたら悲し過ぎるの。そんな訳で、今の所はだんまりを決め込んで、極力やり過ごす方向で。

 何より、粗暴な従兄弟たちにあの場所を荒されたくないって思いもある。もちろん独占して、あの場所で実力をつけたいとの考えも無い訳ではない。


 それをするなら、別に“無限のラビリンス”に籠ってしまえば済む話である。まぁ、朔也の実力不足で、現状それも難しいけれど。

 とにかくこの館に、なるべく荒波は立って欲しくはない。


 そんな事を思いながら、朝食を済まそうと朔也がテーブルに着席した途端に。懐から不意に妖精のお姫が、いつものように勝手に召喚ゲートを開いて登場して来た。

 それから当然のように、自分の取り分を主張しての一緒の朝食会。この遣り取りにもすっかり慣れてしまって、今更文句を言う気力もない。


 それよりと思い出したのが、妖精クエの進捗具合である。カードを取り出して調べた所、終わっていたのは『ダンジョン3階層に侵入しろ』と言うクエのみだった。

 それを指でタップすると、目の前に巻物が1本出現してくれた。巻物も色々と種類があるので、効果を知る為には鑑定の書を使う必要が出て来るので厄介だ。


 ただし、使用に関してはある程度の知識さえあれば素人でも使えるとの事。売店のメイドにそんな話を聞いた覚えがあるが、確か帰還の巻物を買った時だったか。

 巻物に描かれた魔方陣は、使用者の魔力で発動するよう出来ているそうだ。他にも強化や耐性アップの巻物に関しては、短時間効果の使い捨てと永久効果発動の上物があるらしい。


 残念ながら、手元にあるのは全て使い捨ての巻物ばかりのよう。取り敢えず、後で売店のメイトさんに見て貰うか、鑑定の書で効果を確定させる必要がある。

 これらも上手く使えば、探索に有効な品たちには違いなく。妖精のクエは、探索のサポートに役立ってくれてとてもありがたい限りである。


 そんな感じで、朝食後を過ごしていたらあっという間に9時前となっていた。“夢幻のラビリンス”探索の時間である、朔也は張り切って部屋を出ていつもの本館の3階へ。

 そこで待っていた老執事の毛利や、若い使用人に朝の挨拶を交わして。それからメイドから聞き出せなかった、この一連のカード収集競争の進捗状況を聞きに掛かる。

 そして判明、やっぱり夕食後に何かイベント企画があるそうな?


「そうですね……カードの遺産相続に参加しているお孫様の全員参加で、対人戦特訓を行おうかと言うのが盛光もりみつ様のお考えの様で」

「えっ、従兄弟同士で直接戦うんですか……それはまた、思い切ったふるい落とし方法ですね」

「お孫様は全部で16名いらっしゃいますから、合計8試合行う感じなのでしょうか。お互いにカードを賭けて、戦うスタイルにすると仰ってましたかな?

 勝てばカードを増やす好機ですが、負けると今後の探索にも影響が出そうですな」


 そうらしい、つまりはふるい落としと言うよりは強化訓練の度合いの方が強いのかも。いやでも、負ければカードを失うので、老執事の言う通り探索に支障が出る可能性が。

 朔也としては、自分の現在のデッキはF級が主体で無茶振りに近い気がする。カードの数も少ないし、負ければ物凄く悲惨な事になりそう。


 オマケに朔也は最年少で、従兄弟たちからモロに狙われそうな気配がプンプン。どんなバトルが予定されているか分からないけど、気を引き締めて掛からないと。

 総合的な戦闘能力にしても、お世辞にも高くは無いのは自分でも分かっている。問題は、同じ時期に探索活動を始めた従兄弟たちと、どちらが強くなっているかだろうか。


 その辺は考えてもらちが明かないので、とにかくレベルを上げて強くなるしかない。または主力のカードを増やして、戦力を高めて行くのも1つの手だろう。

 しかし全員参加で突然のバトロワとは、新領主も思い切った事を企画する。戦いに際して、安全は確保出来るのかなど心配事は尽きないけれど。

 今はこの午前の探索で、無事に成果を収める事に尽力するのみ。




 そんな意気込みで突入した、5度目の“夢幻のラビリンス”探索である。出た先を確認すると、今回は懐かしの遺跡エリアみたい。

 どうでも良いけど、このランダム排出はどういう理屈なのか良く分からない朔也である。まぁ、そのお陰で従兄弟たちと出くわす確率も低くなるなら、良い事なのだろうか。


 妖精のお姫は、例の如く『魔法の巻き糸』を準備してくれている。今日は頑張って3層まで行こうと思ってる朔也だが、1層で戻らざるを得ない事態が来るかも知れない。

 そんな急な事態におちいって慌ててしまうのも嫌なので、この対策は確かに必要だ。色んな事前準備は、毛利から貰った教本にも書いてあった気がする。


 もちろん、戦力増加のカード召喚も同じく重要だ。すっかり主戦力となった【負傷した戦士】エンや、【戦闘コック】や【カーゴ蜘蛛】も運搬役に召喚して。

 それから恰好は悪いけど、【鍋フタ盾】も自衛用に召喚する。この遺跡エリアは、幸いな事に壁沿いに松明が掲げられていて灯りは充分だ。


 最期に今回のメイン武器だが、麻痺のショートソードを選択する事に。このエリアに出没するのは、メインが確かゴブリンどもだった筈。

 何度か倒した記憶はあるけど、ゴブリンのカード化はまだ1度も成功していない。今日の目標は、このエリアの3層到達だけどカードの強化ももちろんしたい。

 まぁ、ゴブリン程度が増えたとて、デッキ強化には程遠いのだけど。


「でも、無いよりはマシかな……取り敢えず、3層の敵のカード化に成功したいなぁ。そんな訳で、今日もよろしくね、みんな」


 そんな朔也の挨拶に、もちろん召喚モンスター達は何の返事も返して来ず。愛嬌たっぷりにリアクションを取ってくれるのは、お姫だけと言う。

 そんなチーム員にもすっかり慣れたし、周囲も段々と騒がしくなって来た。そして遺跡エリアを徘徊はいかいする、大ネズミの一団がまずはお出迎え。


 敵は3匹だが、丸々と太ったそいつ等に噛みつかれると厄介だ。盾を構えてコックさんに迎撃命令を下している間にも、相手の集団は接近を果たして来ていた。

 そして容赦のない隻腕の戦士の斬撃に、たった一撃で倒されて行く。結局は、敵が朔也の盾に突撃した感触は、たったの1度で戦いは終わりを告げてしまっていた。


 朔也はともかく、エンにとっては大ネズミは雑魚なのだろう。コックさんも1体倒してくれており、最初の戦闘結果はまずまずである。落ちていた魔石を拾い、同じくドロップしたネズミの尻尾は無視の方向に。

 そして騒がしい小部屋がすぐ近くにあるようで、安全確保のためにそこの敵も排除する事に。妖精のお姫が偵察してくれて、敵は4体いると教えてくれた。


 朔也がそっと中を覗き込むと、確かに小部屋の中央にゴブリンの群れが。それぞれ粗末な小剣や棍棒を装備しており、体格は貧相ながら醜悪な顔は慣れないと怖気おじけ付きそう。

 幸い弓矢持ちはいないみたいで、その点はラッキーである。取り敢えずはコックさんの遠隔で釣って、近付いた奴から倒して行く作戦が良いだろう。


 そう考えてたら、ふと自分も赤いリュックの中に弓矢セットを持っているのを思い出した。朔也がそれを取り出すと、妖精のお姫も興味深そうな表情に。

 弓矢など扱った事など無いけど、原理は分かるし至極簡単だ。弓に張られたつるの弾力を利用して、矢弾を遠方へと投射してやれば良いのだ。


 このダンジョンで回収した弓矢セットは、割とコンパクトで小柄な朔也の手にも程よい治まり具合。それに勇気付けられて、朔也はお試しに初の弓矢攻撃を敢行する。

 それは一応、勢い良く飛んではくれたけど的のゴブリンの遥か上方を通り過ぎて行った。すかさず隣のコックさんに、遠距離攻撃の指示を出してのフォローは何とか間に合った。


 そこからは、怒り狂って詰めかけて来るゴブリン集団と、それを冷静に対処するエンと朔也と言う構図。4匹いた敵の勢力だが、コックさんのフォローもあって数分後には全て撃破は完了してくれた。

 味方の被害は無くて、最初の弓矢の大失敗も有耶無耶うやむやになってくれたのは良い点だ。しかし何と言うか、もう少し様になると思っていた朔也はガッカリした表情。


 老執事の毛利に訊けば、良い練習場を教えてくれるだろうか。それともノームのアカシアが、何か上達のヒントをくれるかも知れない。

 5日ほど滞在しているこの祖父の館だけど、相談出来る人物は極端に少ないと言うこの現実。ただまぁ、ゼロで無いのは良かったと思っても良いのかも。


 そんな事を思いながら、魔石とドロップ品を拾い集める朔也とお姫である。ゴブリンは武器を落とす事があるけど、今回のそれは粗末な棍棒のみだった。

 まだ1層だしそんなモノだと思いつつ、小部屋を改めて見回すが何も無し。反対側に、新たに伸びる通路の入り口が窺えるのみである。

 それでは気張って、次の層のゲートを見付けなければ。





 ――今度の探索も予定は2時間、目標は3層到達である。






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