第18話 3つ目のダンジョン



「凄いね、かなり大きな敷地とは言え、この館に3つ目のダンジョンの入り口があるなんて……ここの土地って、一体どうなってるんだろう。

 館の管理者は、当然この存在を知っているんだよね?」


 朔也さくやの質問に、妖精のお姫は首を傾げてさあってな表情。こんな場所にゲートが隠されているって事は、隠した誰かがいるって事でもある訳だ。

 それが誰かは知らないけど、恐らく執事やメイドの上の立場の人は知っている筈。それを敢えて黙っているのは、意地悪と言うより探すのを含めて試練だからだろうか。


 そもそも従兄弟たち全員にカードデッキを分配するってのも、何と言うか慈愛が深過ぎる。大甘なスタートからの保護者たちに、厳しい探索者の活動なんて定義は的外れな気が。

 祖父の遺言からみ取れるのは、そんなアンビバレントな感情である。自分の孫たちに立派な探索者になって欲しいと言う思いと、厳しく接せられない甘さと。


 そんな教育方針のせいで、偉大な祖父を持つ子や孫たちの大半が、ダンジョン初心者と言うていたらく振りなのだろう。凄い性能のスキルが宝の持ち腐れで、実際に朔也もつい先日まで自分の能力や称号について全く知らなかった。

 自分の祖父が日本の探索者四大家の1人だとは、物心ついた時には何となく知ってはいたけど。まさか葬式に呼ばれて、しかも遺言の執行人になるなんて思いもしなかった。


 それが良い事か、それとも不幸の始まりなのかはまた別として。何かを得る大きなチャンスなのは確かだし、今の所は嫌がらせも許容範囲内で我慢出来る程度。

 まぁ、直接の暴力と略奪はとても許せたモノでは無いけれど。それについては、いつか必ず仕返ししてやると固く心に誓っての鍛錬である。

 それが嫌なら、さっさとこの親族関係からの離脱も視野に入れつつ。


 それも当然だ……今の今まで、人生に何の接点も無くやって来ていたのだから。良く知らぬ祖父の葬儀だが、欠席するのも失礼かなと思っての参加に過ぎなかったのだ。

 それが、いつの間にかの4日連続の宿泊である。長期の休暇願いを、学校側に出してくれたとは弁護士から聞いているけど。それでも授業は進んで行くので、学業の遅れはちょっと心配である。


 とは言え、祖父の館でまさかの探索者デビューとは人生って分からない。今は3つ目のダンジョン入り口発見に、さてどうしようかと妖精のお姫と共に悩んでいる所。

 この奥がどんな場所か、どの程度の難易度なのかが分からないのが辛い所である。結局は、入って確かめてみるしか無いのだが……朔也は意を決して、探索準備を始める事に。


 それから無理しない範囲で、ダンジョンの難易度を確認しようとお姫と話し合って。準備をすっかり済ませての、いざ3つ目のダンジョンへの出陣を行う。

 お供はF級メインで少々頼りないけど、“訓練ダンジョン”程度の難易度なら問題は無い筈。狩場が増えれば、自然と探索時間も増えて経験値も増す訳だ。

 そんな軽い気持ちで、挑む3つ目のダンジョン探索である。




 中に入って素早く周囲の確認、それから召喚モンスター達の呼び寄せ作業を行う。メインはいつものように、【負傷した戦士】でF級ながら不動の前衛である。

 そしてE級ながらも扱いにくい、【戦闘コック】と【カーゴ蜘蛛】もついでに召喚する。それでも仲間が多いと、安心感が増すのは当然だ。


 周囲は遺跡エリアのようで、左右に広がるのは古い建築物内の整然とした造りの通路だった。通路には灯りも一応ついていて、見通しはそれほど悪くも無い。

 それから入ってすぐに感じたのは、何となくの禍々まがまがしい雰囲気と言うかよどんだ空気だろうか。魔素の濃度が濃いのかも、その辺の知識は探索者でなくても今では常識である。


 一般教養として習うのは、ほぼダンジョンの危険性について。特に魔素を浴び過ぎての“変質”については、体調を崩す者もいるので気をつけるよう子供の頃から言われている。

 それでも最近は、エネルギーと言えば魔石を使っての魔素エネルギーである。この問題は、資源エネルギーの枯渇と高騰によって議論の余地なく更新された。


 今となっては“変質”問題も、ダンジョンから入手出来る『エリクサー』の存在で有耶無耶うやむやに。医療もエネルギーも、ダンジョン産の入手品が幅を利かせるようになったのが、昨今の社会情勢である。

 そんな夢のあるアイテムも、ある程度ダンジョンの深層へと潜らないと入手は不可能だけど。或いは中ボスと言われる、区切りの層に配置されたモンスターを撃破するとか。


 つまりは実力が無いと無理なのは確かで、成金への道はそんなに甘くはない。有り体に言えば命懸けで、そんな訳で探索者の数はダンジョン創生から30年経っても一向に増えないのだ。

 祖父の鷹山ようざんなどは、探索者学校の創立を手伝ったりと、そっちの問題解決に尽力していたそうだ。この館の近くにも、その学校はあると執事たちが言っていた気が。


 そんな事を考えていたら、壁の向こうに敵の気配が。隻腕の戦士も妖精のお姫も反応していて、どうやらかなり緊張しているように見える。

 それを見て、朔也はちょっと嫌な予感……このダンジョンは、ひょっとしてランクの高い敵が出て来るのかも? 情報の無い場所だけに、警戒は充分にしておくに越した事は無い。

 つまりは、恥も外見も無く逃げる準備はしておかないと。


 何しろ伝わって来る足音からして、その見えざる敵は重量級の模様。朔也が及び腰になるのも無理はない、こちらの戦力は微々たるモノなのだから。

 例えば、3メートル半を超す目の血走ったミノタウロスを、正面切って相手取るのはまず無理だ。朔也は咄嗟に撤退を味方に指示して、自身も反転して一目散にゲートへと逃げ出す。


 それから思い立って、【人喰いツタ】を召喚して奴の足元へ放り投げてやる。ついでに走るのが苦手な隻腕の戦士をカードに戻して、再び命懸けの転進ダッシュ。

 戦闘コックも走るのは苦手そうだが、これ以上護衛がいなくなるのはこっちも怖い。幸いにも朔也の策は見事にまって、ミノタウロスは見事に後方でスッ転んでくれていた。


 これで少し余裕が出来た、それでも不安が無い訳では無いけど。ゲートを潜って追い掛けて来られたらどうしようとか、相手に遠隔攻撃の手段があったらとか。

 そんな不安は、しかし実らずに済んで何よりだった。朔也は何とか無事にゲートに辿り着くと、慌てて味方を次々にカードへと戻して行く。


 それからダンジョンを脱出、何とか現世界へと戻って来れてホッと一息。側にあった道具で、入り口を塞いでみるけど恐らくは何の意味も無いだろう。

 手札カードを確認してみると、【人喰いツタ】は見事に討伐されて召喚不可のモードになっていた。恐らくは1日かそこら待たないと、復活はしてくれない筈。

 それでも、メインのカードを倒されずに済んで本当に良かった。


「いやしかし、さっきの敵はC級か下手したらB級ランクじゃなかった? 今の僕の戦力じゃ、到底敵わないよお姫さん。

 せっかく見付けた3つ目のダンジョンだけど、ここは封印だな」


 朔也のその言葉に、ちょっと残念そうな妖精のお姫である。せっかく見付けてあげたのにと、その行動はご主人を思っての事に間違いはなさそう。

 とは言え、こっちのレベルも考えて欲しいよねと、内心では冷や汗が止まらない朔也である。とにかくしばらく様子を見て、モンスターが出て来ないのを確認してここを離れたい。


 その後は予定通り、すっかり日課となってしまった“訓練ダンジョン”へと足を向ける事に。誰にも見られていない事を確認して、素早くガレージへの道を移動する。

 それから梯子はしごを上って2階へ侵入、室内は蒸していて居心地は決して良くはない。まぁ、ダンジョンにさえ入ってしまえば、一定の室温で快適と言うこの矛盾。


 それから老ノームのアカシアに挨拶して、さきほど売店で入手した洋酒をプレゼントする。これを贈ったのは、まぁ半分以上はご機嫌取りではある。

 それから彼専用の棚に、幾つも洋酒の空き瓶が並べてあるのを目敏く発見したって理由もある。恐らく館の誰かから、定期的に送られていたのだろうと言う推測の賜物たまものである。

 そして案の定、朔也の推測通りにご機嫌が爆上がりの老ノーム。


「おおっ、気が利くじゃ無いか……ふむっ、お礼に合成の1つでも手助けしてやりたいが。もう1度カードと、それから武器やアイテムをそこの机に並べてみるがええ。

 それから魔石じゃな、魔結晶なら尚良いが」

「ええっと、カードだけじゃ無くて武器や装備品もですか。ダンジョン産の回収品も、カーゴ蜘蛛と魔法のリュックのお陰で少しは増えましたよ。

 あっ、今日は墓地エリアに行く予定なんで、約束通りに水鉄砲を貸してくださいね。浄化ポーションをたくさん買って来たんですよ、有効だって聞いたんで。

 それよりさっき、別のダンジョンを発見したんですよ!」


 この洋館では、会話する相手が極端に少ない朔也である。それが原因で、いろんな出来事をのべつ幕無しに話し始めると言うちょっと悲しい事態に。

 老ノームは、勝手におしゃくを始めて彼の言う事は半分以上聞き流す始末。それでも魔法の水鉄砲は貸してくれたし、3つ目のダンジョンについてはもっと強くなれと説教をくれた。


 それから酒が入っても、約束通りに朔也の為に合成はやってくれた。素材となったのは、朔也のメイン武器のゴブリンの小剣と、それから予備武器にしようと思っていた木の棍棒である。

 それに付与するのは、それぞれ『毒の鱗粉』と『光る水晶』らしい。水晶はつい先ほどの午前中に、尾長サルのボス格がドロップした物。


 どうやら光属性の水晶らしく、闇属性の相手にはよく効くとの説明を受け。今から向かう墓地エリアの敵にピッタリじゃんと、テンションの上がる朔也である。

 そして、魔結晶(小)を変換エネルギーに、初の合成シーンを見る事に。


【麻痺のショートソード】E級(攻撃E・耐久E)-敵に時々麻痺を与える

【光の棍棒】E級(攻撃E・耐久E)-闇属性の敵に特効


 性能を視るために鑑定の書を使った結果、新しい名前も判明した。それぞれE級クラスながら、特殊性能が付与されていて今まで使っていたのとは明らかに格上だ。

 朔也は浮かれながらも、老ノームへのお礼にと机の上にばら撒いたアイテムの中から何か無いかと探し始める。向こうも遠慮なく、お弁当の残りを酒のつまみにとさらって行った。


 ついでに行商人との取引用にと、銅貨も欲しいと言われたので譲る事に。これは確か、妖精のクエストのクリア報酬で貰ったお金だった筈。

 それにしても、ダンジョン内にも行商人が来る事があるらしい。面白い話だが、朔也も使う機会が今後あるのかは全くの不明である。


 老ノームの酒盛りは、つまみを得てますます盛況になりそうな気配。朔也は新しい武器の使い心地を試しながら、そろそろ“訓練ダンジョン”に突入準備を始める。

 それから思い返したように、妖精のお姫のカードを懐から取り出してみる。あれから彼女のクエストは、率先してクリアに務めている朔也だがこれがなかなか大変なのだ。


 例えば『ダンジョン内で《カード化》を10回成功させろ』は、既にクリア済みで報酬に魔石(小)を3個貰えた。それから『腹筋、腕立て、背筋20回1セットを3日続けろ』も、クリアしてポーション瓶を1個ゲット。

 『レベルを5に上げろ』ではステータスup木の実を1個報酬に貰えたし、『水1リットルを一気飲みしろ』ではMP回復ポーションを1瓶入手出来た。


 実際、水1リットルの一気飲みは、かなり苦しい思いをしたモノの。何とか1発でクリア出来て、ホッとしている次第の朔也である。

 こんなお茶目なクエストが混じっているかと思えば、『違うダンジョン3か所に侵入しろ』なんて一見難しそうなのも混じっていると言う。ただし、これも先程の本人自身の手助けで、呆気なくクリアに至って銀の短剣を1本ゲット出来てしまった。


 良さそうな品だが、老ノームは合成の素材としては無反応だった。訊いた所、高級素材の使用は、それなりに高ランク同士の品でないと意味が無いそうだ。

 なるほど、ここでの会話は色々と勉強になる。





 ――今後も老ノームと妖精のお姫には、お世話になりそうな予感。






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