第5話 希望の妖精



 目を覚ました途端、朔也は部屋の中に何かの気配を感じて思わず身じろぎしてしまった。眠る前の記憶を辿ると、この部屋は祖父の館の別館の一室で間違いは無かった筈である。

 その祖父の簡素な葬儀が終わって、孫たちに無理難題の遺書がお披露目されて。が明けないうちに、揃って探索者デビューさせられる破目に。


 しかも館内にある“夢幻のラビリンス”と言う名の、そこそこ大きなダンジョンである。そこに放たれた(逃げ込んだ?)祖父の形見のカードたちを、回収しろとの無茶振り指令である。

 昨日は何とか無事に探索から戻って来れたけど、ハードワークには違いなかった。こんな生活がこの先も続くと思うと、ちょっと気が滅入ってしまう。


 それと同時に、楽しみな部分も少しだけある……探索者になるなんて全く想像していなかった朔也さくやだが、自分がレアなスキルを持っているとなると話は別だ。

 それを使って成り上がりなんて、かなり魅力的な未来が拓けるかも。ただし、他の従兄弟たちと競争するって意味合いも含むので、その辺は微妙ではある。


 そん事を思いながら、ベッドに身を起こして軽く伸びをする朔也。その拍子に、枕元に何やら妙なモノが置かれているのに気が付いた。

 本だ……しかも、どこかで見た古い絵本である。


「あれっ、これって……」


 その途端に、昨日見た夢の内容を鮮明に思い出して驚き顔を浮かべる破目に。祖父が幼い頃の自分にくれた、ピーターパンの絵本がそこにあった。

 昨日の就寝時には、確かに無かったのは間違いない。ちょっと怖いけど、誰かが忍び込んで置いて行ったって事だろうか。それとも、絵本が自分の力で持ち主の元へと飛んで来た?


 何にしろ、これは祖父が自分にくれた形見の品である。妙な出現の仕方をしたからと言って、決して無碍むげには扱えない。そう考えながら、朔也はそれを手に取って何気なくページをめくってみる。

 そして違和感、最後のページの背表紙が微妙にめくれ上がっている気が。


 何だろうと、起き抜けの姿勢のままでいじっていると、どうやら分厚い背表紙に何かが挟まっていた。わざと隠す細工を施していたのが、長い年月で端がめくれたみたいだ。

 そして発見、どうやら祖父は子供の自分に召喚カードをプレゼントしてくれていたようだ。取り出してみると、それは可愛い感じの羽根付き妖精のイラストだった。

 それはまるで、絵本に出て来るティンカーベルのような。


【希望の妖精】総合C級(攻撃F・忠誠B)


 総合ランクはC級だが、正直強くは無い……忠誠がBと高いのは、朔也が絵本の所持者だったからだろうか。とにかく、これは祖父からの贈り物の召喚カードに間違いはなさそう。

 形見の品と思ったら、何だか感慨深いモノがあるには違いない。そんな風に朔也が眺めていたら、何と召喚カードが勝手に光り始めた。


 これは実体化のエフェクトだが、ダンジョン外なのにこんな事が起きるのだろうか。などと慌てている朔也を無視して、カードを通して妖精は実体化してしまった。

 そして嬉しそうに飛び回る小さな影は、久し振りの自由に酔いしれている様子。この事態に呆気に取られている朔也は、納得の行かない事象に戸惑いを隠せない。

 この妖精は、果たして本当に召喚モンスターだろうか?


 まず勝手に実体化するなんて、召喚カードに起こり得るのかが不明。しかもダンジョン外なのに、この元気さと来たら! もっと言えば、カードは未だに朔也の手元にあると言う。

 ダンジョン内で召喚した隻腕の戦士や錆びた剣だが、召喚後はカードは消失していた。召喚を解除すればカードに戻るので、その点は何も間違ってはいない。


 ところがこのヤンチャな妖精は、まるでカードをゲート代わりに飛び出して来たって感じで。そのカードだが、今は真っ黒でイラストの部分は消失している。

 まぁ、探索者2日目のキャリアの朔也に、論じれる現象なのかはさて置いて。これは素直に、手持ちのカードが増えたと喜んで良いモノだろうか。


 その辺を考えながらベッドを降りて、時間を確認しながらパジャマを着替える朔也。敢えて飛び回る妖精の存在は無視しているけど、完全に思考の邪魔である。

 時間は朝の7時過ぎと、完全にいつもの学校のある平日の癖で起きてしまった。そう言えば、祖父の葬式で長期休暇を取ってこの屋敷に連れて来られたのだった。

 この5月の休み、果たしていつまで続くのだろう。


 他の従兄弟たちも、学校や何やらある筈なのだがどうするのだろうか。聞いた感じでは、14歳の朔也が一番最年少だった筈なのだが。

 ちなみに最年長は、新当主の長男で、二十歳は過ぎているとの話である。昨日の夜、恥知らずにも朔也を襲ってカードを奪い取って行った奴だ。


 思い出して腹を立てていたら、部屋の扉にノックがあった。飛び回っている妖精をとっ捕まえて後ろ手に隠しつつ、朔也はドアを開けてみる。

 するとこの別館つきのメイドが、ワゴンに朝食を乗せて佇んでいた。それから新当主の伝言だが、今日も必ず1度は“夢幻のラビリンス”に潜るようにとの事。

 どうやら喪が明ける49日まで、このルールは絶対らしい。


「朝の9時から夜の9時まで、ゲート入り口には探索経験のある執事が必ず1人は待機しております。今日から隣の売店もオープンするそうなので、そちらのご利用も是非との伝言もたまわっております。

 朝食はこの量で足りますでしょうか、朔也様? 昼食に関しては、本館の食堂の料理長にお弁当を作って貰えるよう手配しております。

 夕食に関しては、昨日と同じ時間で宜しいでしょうか?」

「あぁ、はい……もちろんです、ありがとうございます」


 曖昧な返事を返す朔也と、若いメイドの微妙な遣り取りはすぐに終了した。メイドは朝食の乗ったワゴンを残して、すぐに部屋を去って行く。

 そして、ワゴンの上の食事に興味を示すチビっ子妖精。召喚モンスターもご飯を食べるのかなと、朔也は混乱しつつ試しに語り掛けてみる。


 するとどうやら食べるようで、食パンと目玉焼きは仲良く半分こする事に。ただし妖精は、コーヒーは嫌いらしい……その代わり、オレンジジュースはコップ全部取られてしまった。

 食パンに関しては、さすが一級品で物凄いサクッと触感。学生寮で出される食事と較べるのはアレだが、この贅沢に身体が慣れるとヤバい気がする。

 とにかく、1日の始まりとしてはまずまずの滑り出し。




 朝食が終わって考えるのは、今日のこれからのスケジュールについてである。1日1度の探索を命じられている身としては、朝9時から夜9時の間にダンジョンに向かうべき。

 問題はその時間で、なるべく他の従兄弟たちとはかぶりたくないと言う思いが。となると、朝早い時間か食事時みたいな半端な時間狙いが良いのかも。


 そんな事を考える程度には、朔也は他の従兄弟たちを信用していなかった。冷たい視線程度ならともかく、露骨な妨害や嫌がらせをして来る者がまだいるかも。

 そんな訳で、用心するに越した事は無い……幸い、ゲートに陣取る執事たちは、中立の立場で朔也にも親切である。味方はいるに越した事は無い、こんなアウェーの地では尚更に。


 そんな訳で、まだ朝早い時間にも関わらず、朔也は昨日支給された探索着に着替えて出発の準備。それから、ようやく大人しくなってくれた妖精をボッケに入れて、朝一でのダンジョン攻略に向かう事に。

 特にヤル気を見せたいって訳でも無く、他の連中が行動していない時間を見計らっての活動ってだけの話である。ところが、既に職場に居合わせた初老の執事の毛利は、いたく感動した様子でまぁ良かった。

 彼は朔也を熱烈歓迎して、そのヤル気を褒めそやしてくれた。


「こんな朝早くから探索に出向くとは、ダンジョンの魅力に取りつかれましたかな? 昨日の探索もカード2枚をゲットしたそうで、なかなか見込みがありますな!

 そうそう、鷹山ようざん様の遺言で2日目から隣の部屋でショップを開く事になっております。こちらで探索に必要なアイテムを、ぜひ購入して活用なさって下さい。

 ダンジョン回収品を売りけば、資金も潤いますぞ」

「えっ、と言う事は……手持ちの魔石とか買って貰えるんですか?」


 その通りらしい、朔也にとってそれは朗報ではある。つまりはショップを活用したいのなら、探索で魔石やドロップ品を稼げって事らしい。

 それも祖父の遺言の内容だとしたら、本当に彼は孫たちを探索者へと仕立て上げたいみたいだ。生きている間は孫に厳しく出来なかったのは、何となく人間味を感じてしまうかも。


 そんな事を考えながら、毛利に案内されて隣のショップとやらを覗きに行く。朔也の目論見通り、どちらの部屋にも従兄弟たちの姿は皆無でその点は何より。

 そしてショップの品揃えだが、なかなかに素晴らしかった。持っていれば探索が楽になるだろうなって品揃えで、驚いた事に召喚カードまである。


 他にもダンジョン産の魔法アイテムや、武器や防具なども置かれてあった。1度探索を経験した身としては、自己防御の大切さは骨身に染みている朔也である。

 ただし、鋼製の剣や盾は5~10万円と意外とお高い。ブーツや兜もあったけど、それらも数万円してちょっと手が届きそうにない。


 何しろ朔也が昨日回収した魔石だけど、魔石(微小)が17個のみ。1個千円で引き取ってくれるそうで、後はモンスターの素材を含めて2万5千円程度と言う。

 特に朔也が気になったのは、カードを胸ポケットに仕舞える革のチョッキだった。それが5万円するそうだが、カード召喚者としては是非とも購入したいかも。


 後は、ポーションをすぐに取り出せる、ホルダー付きのベルトも欲しい。そちらは3万だそうで、微妙に金額が足りずに購入は断念。

 後は鑑定の書が1枚千円で購入出来て、ポーション類も各種豊富に揃っていた。召喚が命の戦法の朔也としては、1本2千円のMP回復ポーションは数本は買い揃えておきたい所だ。

 そんな訳で、ケチらずそれを2本購入する事に。


「毎度ありがとうございます……帰還の巻物はまだ平気ですか、必ず1枚は持つようにして下さいね、朔也様。他にも周囲を照らす用に、照明石はいかがです?

 1個2千円で、攻撃用の魔玉も持っていれば便利ですよ?」

「攻撃用ですか、殺傷力はどの程度です……?」


 魔玉は投げると爆発を起こす属性石で、残念ながら殺傷力はそんなに高くないそうだ。ただし、モンスターの苦手属性を上手く攻めれば戦いは有利になるとの事。

 これらは、ダンジョン内の宝箱からの回収率は結構高いらしい。そんな訳で安く購入出来るけど、1度きりの使い捨てなので少々勿体無もったいないかも。


 ここは無駄遣いせずに、残りは貯めて置こうかなと朔也が考えていると。何に反応したのか、ポケットから妖精が脱走して、テーブルに置かれたアイテムを物色し始めた。

 それを目にして、驚いた表情の毛利と売り子役をしていた初見の若いメイドさんである。今まで発言は無かったが、一生懸命に値段表を作成していたのだ。


 ついでに朔也の昨日の回収品も査定してくれていて、残りの軍資金は2万円ちょっと。それを把握しているのかいないのか、妖精は勝手に購入アイテムを選択し始めていた。

 主に魔玉を中心に5個くらい、それから3千円する『魔法の巻き糸』もチョイス。それを選択し終えた妖精は、満足そうにさあ払えと朔也を見上げている。


 初老の執事の毛利は、その妖精と祖父の繋がりに覚えがある様子。良い従者を得ましたねと、どうやら高評価を頂いたようで、朔也としては一安心ではある。

 それから渋々ながらも精算を済ませ、サービスにと追加で携帯食と飲み物を補充して貰った。ついでに貰った鑑定の書は、ダンジョンに入ったらすぐ使う予定。

 何しろ、昨日の探索でレベルが上がってるかも知れないのだ。





 ――強くなるって、年頃の男子にはとっても嬉しいモノだ。






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