第4話 初めての迷宮探索



 迫って来るのは、どうやら人型タイプのモンスターのようだ。ただし顔は犬で、肌は毛むくじゃらなので恐らくコボルトって奴ではなかろうか。

 体格は標準中学生の朔也さくやと、そう変わらないので大きくは無い。とは言え、2体揃って近付いて来ているので、相当な脅威には間違いなさそう。


 懐中電灯を持っている朔也だが、周囲はそこまで真っ暗と言う訳では無かった。光コケが洞窟の壁に繁殖しているらしく、周りを見渡すのに充分な光源はある。

 つまり朔也の懐中電灯は、念の為って側面が強い訳である。しかし、それで迫り来る推定コボルトの顔面を照らしてやると、目潰し効果で照らした側のコボルトは怯んでくれた。


 ラッキーと思っていると、背後から隻腕の戦士が前へと躍り出ての剣の一薙ひとなぎ。さすが戦士と言われるだけあって、その斬撃はなかなか鋭かった様子。

 相方が怯んだおかげで単騎で前に出ていたコボルトが、まずその一撃で倒されてしまった。それからようやく復帰しかけた2匹目も、戦士に詰め寄られて見せ場も無くお陀仏だぶつき目に。


 たった2撃で敵を撃沈した【負傷した戦士】は、カード情報では総合F級の筈だったのだが。なかなか強いなと、このイレギュラーに朔也は飛び上がって喜びそうに。

 だがまだ、完全に安心は出来ない……何しろ、こちらの手持ちのカードはたった2枚なのだから。しかも敵は、1層なのに群れて出現して来るらしい。


 いや、そこまで強い敵では無いのは、さっきの戦闘で何となく理解出来た。あの程度なら、朔也だって手にした剣で切り伏せる事が可能かも。

 やりたくは無いけど、敵がまた複数で迫って来たらそんなシーンが巡って来るかも知れない。本心では、そんな破目には全く陥りたくなど無いけれど。

 朔也としては、サポート役をこなせればそれで充分である。


「おっと、これが噂のダンジョンのドロップ品かぁ。魔石……でいいのかな、ちゃんと2つ落ちてるや」


 敵の推定コボルトが倒された地点には、しっかりと2つドロップ品が。小指の爪の先ほどのカラフルな石が、地面に転がっているのが確認出来た。

 これが魔石と言われている、次世代のエネルギー源に間違いは無さそう。友達との他愛ない雑談の知識でしか無いけど、ダンジョンのモンスターは魔石とか素材を落とすそうだ。


 それ以上に喜ばれるのが、ダンジョンにまれに配置されている宝箱である。そこからは、様々な有用なアイテムが回収出来てしまえるのだとか。

 当たりはスキル書とか巻物とか、換金性の高いコイン貨幣やインゴットらしい。他にも薬品系やら書物系(鑑定の書を含む)、それからステアップ果実なんかもあるそうだ。


 魔法の付与されたアイテムになると、それこそ百万以上の値がつくとの事で大当たりの部類だ。代表されるのが、空間収納の付与された鞄などだろうか。

 他にも強力な武器や防具となると、探索者が大金をはたいても欲しがるそうな。ちなみにカードは宝箱には入っていない、アレはモンスターや魔法アイテムとの一種の契約らしく。

 詳しくは知らないが、スキルの無い者には使用不能との事。


 とにかく初のドロップ品を回収して、テンションの上がっている朔也である。続けて周囲を確認すると、やっぱりあちこちから敵らしき気配が漂って来ていた。

 どうもダンジョンに棲息するモンスター達は、同族で群れはしても別種同士で連携して攻撃するって概念は無いのかも。現に次に朔也が照らした敵は、意外とすぐ近くにいた。

 ワーム系だろうか、それが1匹近くの岩の影から出現。


 朔也がその巨大なミミズにおののいていると、隻腕の戦士がその存在に気付いた。それからすかさず、サクッと体重を掛けた突きであっさりと退治に至ってくれた。

 今度も楽勝だったが、それを素直に喜ぶべきか悩む朔也である。落ちていた魔石を拾いながら、油断なく周囲をうかがって次の敵の気配を確認する。


 そして思わず何かの気配を感じて、空へ向かって懐中電灯の光を照射してみると。空を飛んで接近中の大コウモリを、図らずも発見して大慌てで地に伏せる朔也である。

 結果的には、その回避行動のお陰で傷を負わずに済んだと思いたい。羽音が小さくて良く分からないが、空飛ぶ敵は2匹ほどいるみたいだ。


 続けざまの敵との遭遇に、1層目でこの密度なのかと理不尽に腹を立てる朔也である。ただしその文句は、誰に届けて良いのか全く不明ではある。

 などと馬鹿な事を考えていると、すぐ目の前に翼を断ち切られた大コウモリが落ちて来た。驚いて悲鳴を上げそうになるが、何とかこらえて周囲を確認すると。

 たった今、飛来する2匹目を隻腕の戦士が撃破してくれていた。


 今度のドロップ品には、どうやら素材系も紛れていたようだ。コウモリの牙らしきアイテムが、魔石と一緒に敵の落下した地面に出現する。価値があるかは不明だが、一応はそれらも回収する事に。

 鞄に入っていた小袋にそれを詰め込み、これで回収作業は終了。それよりまだ入り口ゲートから、20メートルも進んでいないのにこの有り様である。


 第1層なのにこの敵の密度とすると、この“夢幻のラビリンス”の殺意は相当高いのかも。それともただの偶然で、ハズレの入り口を引いただけの可能性も。

 取り敢えず、F級のゴミカードと馬鹿にしていた、義理の姉に貰った隻腕の戦士が強くて助かった。カードのランクって、案外と当てにならないのかも知れない。




 それからの道のりは、敵との遭遇も程々で20分程度は進む事が出来ただろうか。ドロップ品もそこそこ回収出来たのだが、残念ながら宝箱は1つも発見出来ず。

 そして肝心のカードだが、依頼されたカードとは巡り合えず……まぁ当然の結果だろう、1層から出て来るとは朔也も思っていなかった。


 ところが朔也の所有スキルの《カード化》だが、意外な場面で働いてくれた。何匹目かのコボルトの群れを、隻腕の戦士と朔也とで手分けして片付け終わって。

 やはり数が多いと、隻腕の戦士も囲まれて大変な事になってしまう。それを回避するために、錆びた剣と懐中電灯(必殺技)で遊撃として動いていたのだが。


 うっかり朔也の放った一撃が、敵の喉元に決まってクリティカルヒット。幾ら切れ味が悪いと言っても、急所に棒状のもので打突を加えれば敵もひとたまりも無かったようで。

 結果、戦闘での初のキルを上げる事に成功した朔也であった。その時に幽体離脱のような、不思議な吸い込まれる眩暈めまいを覚えたと思ったら。


 倒したコボルトが、何とカードに化けていてビックリ仰天と言う。ある意味奇跡を見た瞬間だったが、スキルが真面目に仕事をしただけとも。

 とにかく初のカード成功に、舞い上がってその場で踊り出す朔也であった。


【コボルト雑兵】総合F級(攻撃F・忠誠F)

【洞窟ウルフ】総合F級(攻撃F・忠誠F)


 それを確認するために、その辺をうろついていた狼の群れを倒してみた所。何と今度も《カード化》スキルは働いてくれて、これで戦力は2倍マシに。

 とは言え、残りの時間で散々試して、この能力が百パーセントでは無い事は確認出来た。ただし、自分で倒したモンスターの方が、カード化しやすいとの推測には至った。


 それからやっぱり、第1層の敵は雑魚のF級ばかりであることが判明した。試しに実体化させた【コボルト雑兵】だが、残念ながら隻腕の戦士ほど強くは無かった。

 記述通りの弱さと言うか、F級だから仕方が無いよねって感じ。しかも全く言う事を聞かず、カード戦力同士の連携なんてまるでしてくれない。


 自分勝手に動いて、しかも弱いモノだから隻腕の戦士も迷惑そうと言う。MPコストを追加で2も払ったのに、この仕打ちとはちょっと泣けてくる朔也である。

 そしてそれは、交替で出した【洞窟ウルフ】も同じ結果だった。ただまぁ、こうやって実地でデータを取るのはとっても大事には違いなく。


 そうやって試行錯誤を繰り返し、モンスターの討伐数が30を超えた頃。時間にして丁度1時間経ってから、朔也は引き返す決断を下すのだった。

 こうして、初のダンジョン探索は何とか無事に終える事が出来たのだった――




 入って来たゲートからダンジョンを出ると、執事の毛利たちに熱烈に歓迎された。と言うか、無事な帰還を祝われて悪い気はしない朔也である。

 今日は疲れたでしょうから、取り敢えずゆっくりお休み下さいと言われ。大人しくそれに従うけど、今後の探索については彼らも助言はしてくれるそう。


 それは確かに頼もしい、何しろこちらは完全にズブの素人なのだ。今夜の探索に関しても、よく無事に生きて戻れたなって感じである。

 それより、本当に執事たちの言う通りに疲れた……あてがわれた自室に戻って、風呂に入って今夜はゆっくり眠りたい。

 幸いにも、客間らしきその部屋には風呂もトイレも完備されていた。


 まるで高級ホテルのような一室だが、別館の部屋は全て似たような造りのようだ。さすが富豪の館である、別館だと言うのにこのクオリティとは。

 それにしても、今夜の探索では1時間動き回って、何とか2枚のカードをゲット出来た。ただしどちらも役立たずと判明して、先行きは不安のままである。


 この調子で、明日も恐らく強制的にダンジョンに放り込まれるとしたら。スカスカのデッキで、やり繰りする方法を本気で考えないと不味いかも。

 でないと、早々に人生をリタイアしてしまう破目になりそう。



 なんて考えていたら、いつの間にか寝入ってしまったようだ。ただし朔也の脳は、先程まで行っていた探索の刺激で活性化していたようで。

 良く分からないけど、明晰夢のようなシチュエーション。これは夢だなと感付いた状況で、物語は進んで行ってる模様である。時代は朔也がうんと子供の頃で、場所は恐らく家の近所の公園だろうか。


 今は無くなっているので定かでは無いが、小学校に上がる前にはよくそこで遊んでいた記憶がある。つまりは夢と言うより、昔の思い出なのかも知れない。

 小さな自分は、知らない男性に声を掛けられて戸惑っている風だった。その老人は仕立ての良い服を着ているが、鍛えられた肉体が強者の雰囲気をかもし出している。


 それから怪しい者では無いよと、自分は君の父親の知り合いだと自己紹介。父親が不在の朔也少年に、この紹介は逆効果だったようで強まる警戒心。

 ただし、そのシーンを客観的に観ている自分は、この男性の正体に気付いていた。先日亡くなった祖父が、自分の認知されない孫に会いに来ていたのだ。


 祖父は子供をあやすのが苦手なようで、何とか怪しまれずに持っていた絵本を朔也少年に手渡した。そしてその本には秘密があるから、ずっと手元に置いておくようにとこっそりと忠告して来た。

 全く意味の分からない語り掛けに、朔也少年は何のリアクションも返さず。ただし絵本は気に入ったようで、早速本を開いて中に描かれた絵を眺め始めている。

 その絵本のタイトルは、確か『ピーターパン』だった筈。


 それ以降もお気に入りで、確かずっと手元に持っていた筈のその絵本だけど。さすがに成長した今は、どこに仕舞ったかまでは覚えていない。

 恐らく捨ててはおらず、母親が亡くなった時に母親の実家に他の荷物と一緒に送ったのだろう。それ以降は、生きるのに精いっぱいで絵本の存在など思い出しもしなかった。


 今となっては、祖父から貰ったたった1つの思い出の品なのだろうけど。その口から語られた、絵本の秘密とは一体何だったのだろうか?

 祖父が亡くなった今、それは永遠に謎のままとなってしまった。





 ――その事実は、夢の中の朔也を大いに落胆させたのだった。







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