第2話 強奪と陰謀と



 今はあの緊迫の親族会議がひと段落して、各々が割り当てられた部屋へと解散している所。時刻は既に夕方過ぎで、食堂では食事の用意が進んでいる筈だ。

 もっとも、ここでの存在をうとまれている朔也さくやに、招待が届くとも思えないけど。かと言って、非常食の類いも持って来ておらず、さてどうしたモノか。


 取り敢えず、離れとは言え個室を宛てがわれただけ良かったと思いつつ。やたらと広い館内を、何とか迷子にならないようにと進んで行く。

 離れは別館と言うか、一応は渡り廊下では繋がっているみたい。専属の執事の用意してくれた簡易マップは、この館と庭を含めた敷地を全て網羅した見事な出来映えのモノだった。


 それにしても、敷地内に小さな森まで入っているとは恐れ入る。何とも広大な敷地内、別館もそれなりに立派で見晴らしも良さそうである。

 庭にしても、洋風のお洒落なのが整備されていると思ったら、ある場所では和風のびテイストが見事に表現されていたりして。


 この敷地内専属の庭師も、きっとどこかにいるのだろう。何しろ執事やメイドの数も、朔也が目にしただけで軽く10人以上は確認が出来ていたのだ。

 しかも畝傍ヶ原うねびがはら家の親族は、それが当然と言う態度だったり。叔母に当たる長女の華恋かれんだったか、彼女はどうやら家から専属のメイドを連れて来ている様子。

 呆れた金満振りだが、畝傍ヶ原うねびがはら家なら当然か。


 何しろ朔也でも知ってる有名探索者の1つに、畝傍ヶ原うねびがはら家は名を連ねているのだ。有名どころでは、他にも探索者協会を立ち上げて現在の理事になった者もいるし、魔石エネルギー会社を立ち上げて財を築いた者もいる。

 魔石はダンジョンを徘徊するモンスターが落とす石で、異界のエネルギーを多く含んでいる物質として有名だ。他にもダンジョンは、様々な資源を供給してくれる異界との通路である。


 まぁ、通路だと長年推測されているが、本来の用途は未だ不明とも言われている。この突如として出現した迷惑空間は、人類に多大な被害を与えたモノの。

 前述したとおり資源の宝庫でもあり、それを回収する探索者は今では憧れの職業の1つとなっている。ただし、命を落とす確率も高いので、どの時代も常に人員は不足気味との話である。


 それでも間引きが必要なのは、このダンジョンの魔素が高まり過ぎると“オーバフロー現象”を起こすからだ。入り口からモンスターを大量に吐き出すこの現象、下手をすると何十何百人と人死ひとじにが出てしまう。

 なのでどの自治体も、探索者の囲い込みはある意味必死で行われている。最近は探索者訓練学校なども出来ており、一部では盛り上がっているそうな。

 ただし、それで日本だけで何百とあるダンジョンに、対応出来るかは疑問である。


 その位の知識は持っている朔也だが、自分がその一員になるとは想像もしていなかった。彼の生活する学生寮は、規則が厳しくて休日の外出も一苦労なのだ。

 そんな中で、外界で起きている生の情報を仕入れるのも限界があると言うか。見事に箱入りに育っているのは、寮生みんな一緒なのかも知れない。


 つまりは朔也は、最近の探索者の流行や儲かり具合をほとんど知らなかった。まぁ、普通科に通う彼らには、そんな情報が必要だとも思えないけど。

 とにかく現状の情報不足は、洒落にならない程度には生死に関わって来そう。怖い想像にひたりながら、朔也はようやく渡り廊下へと辿り着いた。


 そして今一度、執事に渡された簡易マップを確認する。そのうつむいた姿勢が、或いはよくなかったのかも……不意に首の後ろに、殴られたような衝撃が。

 それは時代劇でも良くある、相手の意識を一瞬で奪う手法には違いなかった。ただし生憎と朔也は、意識は失わずにそのまま通路へと倒れ込む破目に。


 激痛と視界の歪みは、恐らくその衝撃によるモノだろう。自分の発したうめき声にひるみながら、事態の究明に必死に思考を働かせる朔也。

 そこにつま先でわき腹を激しく蹴られて、再び激痛に悲鳴をあげて引っくり返る。そして判明した事実だが、どうやら自分は後ろから襲撃されたらしい……相手は確か、新当主の長男だ。

 名前は思い出せないが、目立つ存在だったので間違いは無い筈。


「やれやれ、めかけの子にまで貴重なカードを渡す事も無いのにな……親父の博愛主義にも困ったもんだ、そんな事しても相手がつけ上がるだけだろうに。

 坊や、このカードは俺の親父が苦労してダンジョンで集めたモノなんだ。お前がタダで持って行くには、余りに過ぎた品だと思わないか?

 そんな訳で、これは俺が没収させて貰うが悪しからずってな!」

「うっ、がっ……!」


 何とも身勝手な台詞を聞かされながら、追加の蹴りで悶絶する朔也。そして言葉通りに、朔也が受け取ったカード袋は呆気なく襲撃者の手に渡ってしまった。

 この渡り廊下は、照明も薄暗くて人を襲うにはまさに持って来いの場所である。相手は恐らくだが、それを踏まえて待ち構えていたと思われる。


 それにしても、まさか従兄弟に襲撃されて大事な物を強奪されるとは思ってもいなかった。だがしかし、これを大人の誰かに抗議しても、果てしなく無駄な気も。

 相手も言っていたが、朔也は妾の子という限りなく煙たがれる立場である。館に呼んで貰えただけでも、有り難く思うべきだと考えている親族がほとんどだろう。


 そんな中で、新当主の長男の強奪を告発しても、まともに取り扱って貰えない可能性が高い。向こうもそう思っての襲撃だろうし、泣き寝入りするしかないとは情けない限り。

 しばらくして、何とかまともに息を継げる様になった朔也だが、相手は既にこの場を去って行っていた。当然の如く、カード袋も持ち去られて手元には無い有り様。


 まぁこれで、ダンジョンに探索に向かう大義名分も喪失したって事にはならないだろうか。当主も言っていたが、欲深い者だけが祖父の遺言に従えば良いのだ。

 朔也が相続の権利をきっぱり放棄すれば、この問題は全て解決するって言うだけの話だ。正直、少しだけ探索者だとか、自分が持っている可能性のある特殊スキルには興味があったけど。

 何と言うか、命を懸けてまで確かめる気などさらさら無い。


「はあっ、酷い目にあった……」


 何とか動けるようになって、朔也は自分の宛てがわれた個室へと再び移動を始める。離れの別館の廊下はとっても静かで、襲撃後の身にはとっても不気味。

 幸いにも、2度目の無体むたいを働くやからは廊下の影に潜んでいなかったようで何よりだった。そして部屋にしっかり鍵をかけて、朔也は夕食の時間まで体を休める事に。


 痛みはまだわき腹を中心に存在するが、それ以上に腹立たしさが大きくし掛かって来ていた。自分でもその感情に驚きながら、朔也は体を休ませる。

 そのままの姿勢でいると、やがて睡魔が襲って来た――




 どのくらい時間が経っただろうか、ノックの音にビクッと体を起こす朔也。そしてわき腹の痛みに顔をしかめて、ベットの上で暫し呻き声をこらえる作業。

 その間にも、ノックの音は執拗に彼に扉を開けろと急かして来ていた。痛みをこらえて、何とか朔也はベッドを降りて扉へと辿り着く。


 そして念の為の、扉の向こうの人物の身元確認を行ってみたり。またもや不審者だったら嫌なので、その配慮は当然ではある。答えは意外にも、朔也の腹違いの姉からの使いのメイドだった。

 意味が分からず、しばらく呆然とその意味を考える朔也である。取り敢えず扉を開けて、その使者とやらと対面を果たす。目の前の女性は、確かこの館のお付きのメイドだった筈。


 それから改めて、別室で美都子みつこ様がお待ちですとの言葉に。思わずその丁寧なうながしの言葉に、頷いて従ってしまう朔也だったり。

 メイドの言う別室は、同じ離れの3階でそれほど距離は離れていなかった。案内されたその室内には、確かに腹違いの姉と兄が待ち構えていた。


 姉の美都子みつこは、確か二十歳は超えていた筈だ。美しい容姿だが、どこかきつい印象も垣間見える。その隣には、記憶では高校3年の兄の太陽たいようが座っていた。

 こちらは酷薄な笑みをたたえていて、印象的にはさっき襲撃して来た当主の長男にそっくりだ。従弟だから顔も似て来るのか、朔也は思い出して胃がムカムカして来た。

 だからと言って、腹いせに殴り掛かる訳にもいかず。


「酷い目に遭ったわね、まぁお掛けなさい……当主の長男の光洋みつひろに、カードを全て奪われたんですって? 親戚筋ながら、本当に醜い所業だわね。

 とは言え、それを大人の誰かに訴えても無駄でしょうね。言い方は悪いけど、あなたと光洋みつひろじゃ立場が全く違うから……だからと言って、許せない気持ちは分かるわ。

 まずはこれを受け取りなさい、私と弟の太陽からのプレゼントよ」

「は、はぁ……」


 向こうが襲撃について知っていた事も驚きだが、助けの手を差し伸べようとしてくれるのも驚愕の事実である。言い方は悪いが、この2人も同じ穴のむじなの印象しか持っていない朔也である。

 それでも執拗しつように促され、仕方なくテーブルに置かれたカードを手に取ってみる。それは独特の感触をしており、噂の召喚カードだと言う事が見なくても分かってしまった。


 それは2枚あって、引っ繰り返すと表には綺麗なイラストが描かれていた。1枚は傷付いた兵士の絵で、もう1枚は幅広の剣のイラストみたいだ。

 お世辞にも、ランクは高そうではない……配布の際に新当主がしていた説明では、このデッキはF級からC級の20枚で組まれているとの話だった。


 ただし、館内のダンジョンに放たれた祖父の遺産カードは、全てS級かA級なのだそうで。回収するにも、相当な運と実力がないと無理だと釘を刺されてしまっていた。

 つまり探索初心者は、決して無茶をするなって事なのだろう。そんな難題を提示した祖父は、一体何を考えていたのかは永遠の謎のままである。


 それは天国で再会した際に訊くとして、今はこのほどこしを受けるか否かである。朔也はチラッとカードの確認、丁寧にカートの表にはその能力が簡易的に記されていた。

 そして納得、この2枚は俗に言うゴミカードだ。


【負傷した戦士】総合F級(攻撃F・忠誠F)

【錆びた剣】総合F級(攻撃F・耐久F)



 これで施しをした気になるとは、何ともお安く見られたモノだ。朔也が内心で呆れていると、美都子みつこは脇の鞄から更に何かを取り出して来た。

 それはバタフライナイフで、決して良家のお嬢様が鞄に忍ばせておくモノでは無かった。朔也がギョッとしていると、美都子みつこは不敵な笑みでそれも一緒に差し出して来た。


 そして護身用に取っておきなさいと、まるで次の襲撃もあるかのような口振り。その瞳の奥には、何なら逆にヤッてしまいなさいとの思惑が透けて見える。

 従兄弟いとこ同士の相続問題が、まるで殺るかヤラれるかにまで発展する勢いを垣間見て。そんな争いに、巻き込まれたくなどないと思わず朔也は総毛だつ思い。


 果たして腹違いの姉の本心は、どこまで朔也の推測通りなのかは置いといて。取り敢えずは礼を言いつつ、カードとナイフを手にその場を後にする朔也であった。

 去り際に兄の太陽が、貰ったからには仕事しろよと小声での呟きを投げ掛けて来た。浅ましい奴だなと、昨夜は思わずその考えを悟られないように顔を伏せてしまった。


 しかしまぁ、クズカードたった2枚で邪魔者の抹殺を頼んで来るとは。腹違いの姉と兄は、どこまで愚か者なのだろうか。

 いや、それを受け取る自分もその仲間なのかも知れない。





 ――その自己嫌悪は、わき腹の痛みと共にしばらく身の内に残りそう。







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