夢幻のラビリンス ~富豪の遺産カードを賭けて争奪戦が繰り広げられるようです~
マルルン
第1話 親族が集合した日
その屋敷は外観からして馬鹿みたいに大きくて、当然のように敷地内も広かった。
これが個人の所有と言うのだから、日本も意外とスケールは大きかったようだ。少なくとも朔也の常識には当て
その人物は、実はつい昨日亡くなっていて、しかもそれが彼の祖父に当たる人だったと言うのだから驚きだ。もっとも、朔也はその人物に会った事など1度も無い。
それどころか、彼は自分の父親に該当する人物と顔を合わせたのも久し振りだった。朔也はいわゆる
それも学業を差し置いての、急な呼び出しである……朔也は学校の寮生活なので、そもそも遠出も久し振りだった。朔也の生活する宿舎は、お固い決まりが多くて外出も届け出を出したり一苦労なのだ。
それでもさすがに、親族の葬儀には文句も言わずに送り出してくれた。慌しくも準備をこなして、迎えの高級車に乗ったのがつい3時間前の事。
そして現在、朔也は屋敷内の階段の踊り場に
ベタに赤いカーペットが敷かれたその階段の踊り場には、これもベタな事に館の主の肖像画が。恐らくだけど、右が昨日亡くなった祖父なのだろう。
そして左は、20年前に50代で亡くなった祖母だろうか。美しい女性だと思うけど、肖像画だけに多少の盛りもあるのかも知れない。
一方の祖父の肖像画は、厳しい性格が絵画から読み取れるほど。ひいき目に見ても、良く描かれているなってのがその前に立つ朔也の感想だった。
その踊り場だが、目立つ装飾品がもう一つだけ置かれてあった。大きなのっぽの古時計で、その大きさは人が振り子にぶら下がれるほど。
歌の歌詞では、お爺さんが亡くなった時には、古時計も既に動かなくなっていた筈である。ところが、目の前の巨大な振り子時計は今も元気に動いている様子。
別にそれは悪くないし、朔也もどうして感慨深く感じたのかは不明である。それでも思わず目を奪われて、踊り場で立ち止まってしまったのも事実。
この肖像画の主である館の所有者は、日本でも有名な大富豪だった。いわゆる一代で巨万の富を築き上げた、成功した探索者としての名声も同じく。
そんな人物が祖父だったなんて、確かに感慨深く思う所も本当はあるのだろう。とは言え、その
とても簡素な進行で行われ、何とも肩透かしの現状である。
朔也としては、金持ち独特の超派手な葬式を想像していたのだが。親族と言っても、妾の子の自分の立ち位置も微妙な身の上としては。
肩身の狭い思いで、何時間も過ごすのを覚悟していたのに本当に肩透かしである。朔也の母親も既に亡くなっているので、この場には本当に知り合いと呼べる人物は皆無なのだ。
正直、葬儀がこんな簡素に執り行われて、内心ではホッとした思いの朔也ではある。それより、何だか親族の動きが慌しくて、この後にもっと大事な行事が待ち構えているような?
それが何かは分からないけど、自分には関係無いだろうなと朔也は冷めた思いでしかない。さっさと帰らせてくれないかなと、そんな事を考えてのこんな場所での道草である。
ところが事態は思わぬ方向へ……孫たちに全員集合の号令が掛かって、嫌な予感はますます高まってしまう。その密会は、館の大広間の机に着席させられて厳かな雰囲気で行われた。
そこで初めて、朔也は自分の
「まずは
遺産の大半については、この館とその敷地を含めて、長男である私が引き継ぐ事が決まっている。父の会社や遺産についても、我々兄弟で分け合うようにと遺書に書かれてあった。
問題は、父が探索者時代に所持していた『カード』なのだが……これらはたった1枚ですら、A~S級探索者に匹敵する程の力を有している。これらが20枚以上、父の死と共に館内のダンジョンに放たれてしまった。
これらは自ら回収した孫たちに贈与すると、父の遺言に書かれてあってな。お前たちも知っていると思うが、父のスキル《カード化》は単身でダンジョン深層まで踏破出来る強力な能力を有しておる。
そしてその能力は、父の『能力の系譜』によって血族に引き継がれている筈だ」
朔也はもちろん知らなかったし、探索者の祖父が《カード化》なる能力を持っていた事も初耳だった。要約すると、その祖父の所有していた愛用カードが、祖父の死によって館内のダンジョンに放たれたらしい。
それは当然、
だから大急ぎで、孫たちに回収をさせたいと言うのが新当主である長男の
内訳は二十歳を過ぎた長男を始め、男子が3人に女子が1人。朔也の従兄弟に当たる筈だが、当然ながら会うのは初めての顔ばかり。
新当主の
探索者は、ダンジョンがそこら中に生えている今の時代、確かに稼げる職業って認識ではある。ただそれ以上に、危険で命を落とす確率も高いってのが常識なのだ。
そんな訳で、進んでなりたい者など余程の変わり者か、腕に自信のある連中しかいない。もしくは人生に一発逆転を賭ける、博打好きがなる印象しか朔也には無い。
ダンジョン探索とは、つまりそれほどに危険なのだ。
「でもそれは危険過ぎるだろう、
幾らカードに、高い資産価値があるからって……」
「親父の遺言なんだろう、ならそれは順守すべきじゃないかい、
嫌ってんなら、権利を放棄すればいいだけの話さ」
次男の
そんな感じで話の流れを追うのだが、次男の
どの程度の強さまでは分からなかったが、親の立場から心配する次男の利光は真っ当な気もする。対して三男の
この男が、朔也の父親なのは間違いが無いらしい。既に亡くなった母親と、学校に入る手続きをしてくれた弁護士からの間接的な情報が正しければだが。
今ここに、朔也が招かれている事態からして恐らくは本当なのだろう。そんな三男の実子は4人で、隠し子は朔也を含めて何と2人もいるそうだ。
隣に座る、やはり肩身の狭そうな年上の男性も、朔也と同じ境遇みたい。特にこの2席だけ、周囲の視線が痛いと言うか冷たい事からもそれは分かろうと言うモノ。
三男の
さすが、隠し子が2人もいてもちっともおかしくない感じ。偏見かも知れないが、奥さんもさぞ苦労して来ただろう。実はその母親と、子供達の視線が一番痛いのだがそれは仕方のない事か。
逆に父親の筈の三男は、こちらと視線を合わせようともしない。
そもそも朔也とその隣の若者が、三男の
赤ん坊だった朔也は知る
今日の送迎も吉井さんが担ってくれて、朔也にしては唯一の顔見知りで安心していたのだけれど。今は従兄弟やその両親に囲まれて、物凄く居心地の悪い思い。
しかも説明を聞くに、今からこの館内のダンジョンに潜らされるそうな。探索者でも無い者のダンジョン突入は、確か法律的に不味かった気が。
それとも運転免許証と同じで、敷地内なら資格の有無は関係無いのだろうか。次男の
年頃は高校生か、もう少し上だろうか……3人とも女性で、何不自由なく育った顔付きをしている。偏見かも知れないが、確かに荒事には向いて無さそう。
「その事については、親父の遺書にもしっかり書かれている……当然、カード回収に孫たちを参加させない権利を、俺たち兄弟は有している訳だ。
ただし、その場合は遺産相続の権利も放棄したとみなされるそうだよ、
「それこそ横暴じゃ無いのよ、酷過ぎるわっ!」
「まあまあ、死んだ親父に文句を言っても始まらないだろう……俺らはそれぞれ、前もって会社を持たされて今後食って行く金には困らない。
ここで相続を放棄したって、野垂れ死ぬ訳でも無しってな?」
そんな感じの言い争いがしばらく続き、長女の
それからようやく、長男の
命が惜しい物は、今すぐこの場から立ち去れって感じで物凄い迫力だ。聞けばこの長男も、祖父と同じく探索者の腕前は相当であるらしい。
そんな人物に、祖父の愛用のカードの相続権が無いのも皮肉な話ではある。もっとも、それ以上の会社や土地などの資産を、しっかり受け取っているそうだ。
幾ら探索に便利なカードとは言え、そこまで強欲に欲する事も無いのだろう。それどころか、長男の
遺書に従って、お前たちには公平な初期装備を与えてやるとどこか楽しそうな物言い。具体的には、自身で苦労して収集した20枚セットのスタートデッキらしい。
公平性を保つために、それは袋に仕舞われて今から配られるとの事。それから館内のダンジョン突入前には、探索者セットを執事から受け取るようにと付け加えて来た。
さすがベテランの探索者である長男の言葉は、重みがあるし迫力も桁違いだ。ダンジョン資産で財を成した成功者の意見は、揃って座る孫たちも
そんな訳で、デッキ袋は従兄弟たちに配られて順調に減って行く。
そして朔也の前に来た時には、配膳用のワゴンの上の袋はたった1つで選択の余地も無い有り様。それは仕方が無い、貰えただけで良しとしなければ。
少なくとも、周囲の従兄弟からの視線はそんな感じの冷たいモノなのは確か。それを敢えて無視しながら、朔也が考えるのはたった1つの事である。
つまりは、果たして妾の子の立場の自分にも、噂の《カード化》の特殊スキルは受け継がれているのか。降って湧いた話なので、本人には全く自覚が無いのだ。
そんな混乱の中、カードを持ってダンジョンに潜れと言われても困ってしまう。果たしてこれは、突然湧いたチャンスなのか、それとも破滅へのカウントダウンなのか。
それが分からないまま、流されるままに探索者デビューして平気なのだろうか。周りを見渡しても、従兄弟たちの表情は似たり寄ったりで緊張した雰囲気ばかりだ。
探索者の家柄と言っても、代が変わればこんなモノなのだろうか。不安な空気を
ただし、探索者デビューしている従兄弟たちは、これを好機と捉えているよう。
――ともあれ、朔也に関しては戸惑いしか生まれない事案だったり。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます