一年 八月

颯太

「颯太」十七

 夏といえば夏祭り。青森一の祭り男、つまり僕は盛り上がっていた。とは言っても、この15年と少しの間、祭りではしゃいだ経験は一度か二度程度で、祭り男の名が半べそをかいている。

 青森、というか八戸には「三社大祭」という一大イベントがあって、僕は柄でもなくその祭りを当事者として楽しんでいる。

 言ってしまうと、僕は校則で禁止されているバイトをしているのだ。父親が出す屋台で働かせてもらっている。

 バレたらまずいじゃないかと思われるかもしれない。しかし、この日のために変装は完璧にしてきた。

 ずっとかけてきたメガネを外し、マスクをした。言ってしまえば、ほぼ別人だ。

「いらっしゃいませ」

 小さい声ながらも、お客さんが来たらそう声をかける。接客のエキスパートと言っても過言ではないくらいに成長していた。

「あー、じゃあ、3番のチュリトスください」

「はい、350円になります」

 お金を受け取る。僕は内心冷や冷やしていた。

「え、颯太じゃん」

 不安は叶えられた。欲するものには与えられない。世の鉄則だ。

「ちっ、ばれたか」

 お客さん、もといクラスメイトのむらこうは「現行犯逮捕だ」と言いながら自分の手首に手錠をかける仕草をする。

「ただの怖い人だ」


「颯太」十八

 バイト終わり、僕はもやしのようになった足に鞭を打って、祭を練り歩いていた。

 騒々しさと孤独のギャップをひしひしと感じる。心の中で、エモいなあと月並みな言葉でそれを綴った。

 どうやらイベント会場には有名なHIPHOPのアーティストが来ていたみたいで、僕も名前を聞いたことがあった。何曲か聞いたこともある。

 なんでこんな辺鄙な場所に、と考えたが、それこそが彼のヒップホッパーたる所以だろう。

 僕は心地の良い熱を発する群衆に氷のごとく溶け込み、湯気が出るほどに熱狂した。

 わけではなかった。実際には、さすがの人気なだけあって、あまりの人混みに少し見えるか見えないかくらいのところに立つことしかできなかった。

 ただ、とても楽しかったし、かっこよかった。ついでに、人生で初めて食べたりんご飴がとても美味しかった。


「颯太」十九

 つい先ほど知ったが、この祭りには音街や圭介先生も来ていたらしい。世界は狭い。とは言うが、個人の世界なんて個人の範疇でしかないから、そういえば当然のことだなと思った。

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