各駅停車が止まらない駅
祐里
1. The next stop is
俺は自分に腹を立てていた。仕事にやりがいを感じていたはずなのに、忙しさで自分を見失っていたのだろうか、ここ二週間ほどミスが多く同僚や上司に迷惑をかけては謝るという日々が続いていた。それだけならまだいい。とうとう昨日、自分のミスが原因で、取引先に損害を出させてしまったのだ。今日それが発覚し、先方に連絡したうえで上司とともに出向いて「申し訳ございません」と頭を下げた。
「ええと、契約どおり損害の補填はしていただきますが……」
「はい……、もちろん補填させていただきます。申し訳ございませんでした」
黙っている俺の代わりに、上司が俺の隣で返答する。すると、先方の担当者は声のトーンを少し上げて言った。
「まあ、損害も大きなものじゃなかったので。御社からの連絡が迅速だったのが幸いしました」
「恐れ入ります……」
上司が再び頭を下げる。俺も同じタイミングで、頭を下げた。
「この件で今後の取引を停止することはないと思います。御社とは付き合いも長いですしね」
「……この度は、誠に申し訳ございませんでした……」
上司からの無言の圧を感じ、丁寧な謝罪の言葉を口にする。俺だってビジネス上の謝罪くらいできる。もう七年も勤めているのだから。服装は完璧だし、手土産の菓子折りも渡してある。お辞儀の角度も問題なく、礼を失したこともないはずだ。なのに先方の担当者は「はぁ……」と大きくため息をつき、無機質な声で言った。
「……今後とも、よろしくお願いします。詳細はまた後ほど。お気を付けてお帰りください」
会社へ戻るタクシーの車内で「申し訳ありませんでした」と謝った俺をちらりと見て、上司も深くため息をついた。直後に空気が冷たくなったことを、俺はタクシーの冷房のせいにした。風邪を引いてしまったら会社を休む羽目になるかもしれない、まだまだするべき仕事は残っているのにと、少々の苛立ちを覚えた。
◇◇
取引先に謝罪に行ったため通常業務が滞り、残業せざるを得なくなってしまった。もう深夜ともいえる時刻に会社を出て、最寄り駅に到着するとプラットフォームに立つ。猫背気味の俺の視界を、枕木に横たわる冷たい鉄でできた線路が席巻している。
無能だ、と思った。俺はこの枕木と線路より無能だ。多くの人々を運ぶ電車を支える線路、それを支える枕木。休みの日などなく働くものたちが俺を責めている気がして、申し訳なささえ感じる。取引先や上司にも悪いことをしてしまった。同僚にも、俺のミスのとばっちりを受けたやつがいる。明日出勤したら謝らないといけないと思うと、頭がどんどん働かなくなっていく。
ぼんやりと線路に視線を這わせていた俺の前に、最終電車が滑り込んできた。開いたドアから入ればまあまあの混雑具合だ。金曜日の夜で飲んで帰る人が多いせいか、酒の匂いが漂う。疲れていた俺は、一駅目でたまたま空いた目の前の席に座ると気絶するように眠りに落ちた。四駅目の自宅最寄り駅で降りないといけなかったのに。
「あっ、ちくしょっ、乗り過ごしたか」
目を覚ますと知らない風景が車窓を流れていた。電光掲示板には『The next stop is~』と終着駅の名前が表示されている。ということは、一時間以上も寝ていたことになる。隣に座っていた人の体温がなくなったせいか、寝起きのせいか、急に寒さを感じ、俺はスーツに包む身をぶるりと震わせた。次に止まる終着駅は海に近いと聞いたことがある。そばに大きなマンションや住宅地もあるはずだが、さすがに最終電車ともなると、残っている人数はこの車両内に十人程度だ。
「えっ……?」
――確かに、俺が乗ったのは各駅停車だった。快速でも急行でも、もちろん新幹線なんかでもない、駅ごとに停車するはずの。なのに、電車はスピードを下げず、駅を通り過ぎようとしている。やがてプラットフォーム上の『にろてらえき』という、見たことも聞いたこともない文字列が書かれているやけに明るい案内板が目に飛び込んできたが、すぐに過ぎ去っていった。
「……何だ、あれ……」
見回してみても、俺の他に反応を示している乗客はいない。俺一人がきょろきょろと不審人物のように辺りを
終着駅にはあと二分程度で到着するだろう。何かがおかしい、何かが……と、俺は考えを巡らせる。だが、いくら考えたところで今の状況を説明するに足りる情報も知識もない。
そんな時、ふと目の端に動くものを見つけて視線をそちらにやると、首だけのニワトリがいた。大きさは人間の頭くらい。鳴くこともなく、無表情で、どういう原理かはわからないが、移動している。
「ニワトリが……何で、こんなところに……」
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