第17話 関節キスはしないと言ったのに
「あの二人って仲良かったっけ?」
「俺の知る限りでは初対面なはずだけど」
「だよね」
まだ半分以上残っている弁当をつつきながら、俺達は1人分の間隔を開けて食事を続ける。
自分たちのことを思う存分暴露されたことで頬は熱くなり、藍沢の顔がまだ赤くなっているのを見るに、きっと俺も赤いのだろう。
「ねぇ」
「はい」
数秒の沈黙が続いた後、弁当でなにか話題を見つけたのか、突然口を開く藍沢はこちらを見ることなく続ける。
「お弁当って幼馴染に作ってもらってた?」
「……なぜ聞く?まだ俺の心を抉ろうとしてるのか……?」
「単純な質問です!すぐ疑うのやめたほうが良いと藍沢さんは思います!」
「さっき散々抉ってきたやつが何を言う……」
「で、作ってもらってたの?」
俺の訝しげな眼差しに、先生に質問する小学生かのように手を上げて物申してくる藍沢はその手を下ろすことなく話を続けてくる。
正直言って藍沢が何を考えての発言なのかがよく分からず、やっぱり訝しげな眼差しを止めることができない。
「たまに作ってもらってたけど……」
「美味しかった?」
「美味しくないわけがないだろ。バカにしてんのか?」
「幼馴染のことになった途端思想強くなるのなに?」
「藍沢のことだからバカにするのかと」
「私のこと何だと思ってるのよ……」
夏休み前。それこそ1年の頃はよく作られていたし、2年の4月ぐらいまでは作ってくれていた。一ヶ月に1回程度だったが、それでも嬉しかった。
美緒の料理はお世辞抜きにも美味しく、将来は料理人になっても名を爆ぜるのではないか?と思えるほどに美味かった。
遠い目をしている俺が気になったのだろう。
膝の上にある弁当箱をジッと見つめる俺の視界に、藍沢の顔が不意に現れる。
「幼馴染の味を思い出してた?」
「思い出してた」
「そんなに美味しいんだ」
「そんなに美味しかった」
「ふーん」
自分から覗かせ、自分から問いかけてきた言葉なのにも関わらず、藍沢の顔は見るからに渋くなる。
そして俺の視野から藍沢が消え、自分のお箸を持ち直した藍沢は唐揚げを摘む。
「その幼馴染と私の料理、どっちが美味しいか今決めて?」
「はぁ……?」
藍沢の提案に、自然と呆けたため息が口から溢れる。
もしかしてだが、さっきの渋い顔は対抗心の現れだったのか?
「食べて?私の料理。そして感想を聞かせて?」
「え、全然嫌だけど……」
「なんでよ。自分で言うのもなんだけど、それなりに料理には自信あるよ?」
「それでも嫌だけど」
「だからなんでよ。私だってそんな顔されたい」
「そんな顔ってどんな顔だよ」
「『美味しかったなぁ……』って思い出させる顔をされたい!」
「はぁ……」
藍沢の考えを聞いてもなお、自然と呆れのため息が口から溢れる。
お弁当箱を左手で持ち上げ、右手のお箸に挟んでいる唐揚げが地面に落ちないようにセットし、ゆっくりと口元へと近づけてくる。
それにつれて俺も背中をそらすが、もちろん限度というものがある。
「ね?食べて?絶対美味しいから」
「……こうやって幼馴染にも強引に食べさせていたのか?」
「三鶴は自分から食べてくれてた。てかなんで三鶴の話がここで出るの?」
「こんな強引な食べさせ方してたら、そりゃ振られるなぁと思って」
「してません!」
「それはどうか――」
「隙あり!」
どことなく勢いに任せるように藍沢は言葉を口にし、お箸で挟む唐揚げを強引に俺の口の中にねじ込んでくる。
母音が”あ”と言うのを狙ったのだろうかは知らないが、そのおかげもあってかすっぽりと唐揚げは口の中に収まった。
「どう?美味しいでしょ?」
強引に突っ込んできたやつの言うセリフか?なんてことを思って睨みを飛ばしながらも、ちゃんと唐揚げは味合う。
作りたてではないからサクッとしていないものの、しっとりとした衣を活かすような味付けが施されており、肉にも下味がちゃんと付いていて正直美味しい。
約20回ほどよく噛み、味わいを得て喉を通した俺は、期待の眼差しを向けてくる藍沢から視線をふいっとそらして口を切る。
「――フン」
「フン……?なにそれ」
「ノーコメントということで」
「つまり、美味しかたってこと?」
「……フン」
「ねぇ何その反応。はっきりして?どっちが美味しかったの?」
「だからノーコメントだって」
「絶対美味しかったじゃん」
俺がちゃんと言葉にしないことに不満を持った藍沢は最後の唐揚げを摘んで自分の口の中に入れる。
自分の料理なんて幾度となく味わっているはずなのに、再度確かめるように咀嚼する藍沢は小首をかしげながら胃に入れる。
「美味しいじゃん」
「はいはい」
「素直な気持ちは直接伝えるべきだよ?」
「伝えなくて良いことだってこの世にはあるんだよ」
「私と善田だけの話じゃん。てかなんで顔赤くなってるの」
「……それこそ言わねーよ」
絶対に口を割ることはないだろうが、藍沢の料理は本当に美味しかった。美緒の弁当よりも遥かに。
でも、その事実を明らかにした途端こいつはどうなる?喜び踊り笑いこけるだろうな。
それに、なんか俺まで負けた気分になるし。
「なんでよ。どっちか言ってよ」
相変わらずひと席分空いているところに手をつき、前屈みに問いかけてくる藍沢は目を細める。
折角食べさせてくれた……は違うな。でも美味しいと思えるものを強引に口の中に入れてきたのだし、一つぐらいは返してやっても良いだろう。
傷つくのは俺達二人だし。
「間接キス」
「間接キス……?」
「なんで気が付かないんだよ。俺は藍沢のお箸で唐揚げを食わされたんだぞ?」
「私のお箸……で?――あっ」
やっと気づいたのか、自分のお箸を見下ろした藍沢の顔はジワジワと赤くなっていく。
そんな藍沢から再度視線を背けた俺は、残り僅かになった弁当を食べ進める。
「……変態」
「気がつけなかったお互い様だろ……」
俺だって気がついたのは、藍沢が咀嚼している間だ。俺よりもあとに気付いた藍沢は論外と言ってもいいレベルだと俺は思う。
けどまぁ……。最初の時点で気付けなかった俺も論外だから、お互い様だな……。
また別の意味で顔が熱くなる俺と藍沢はその後は無言で弁当を食べ続け、お昼休みが終わる5分前に弁当箱を片付けた。
「いつもならもっと早いのに……」
「しらねーよ。俺のせいにするな」
「誰もしてないじゃん!」
「してる口ぶりだ――」
先ほどの事件をまるでなかったかのようにするような言い合いは予鈴によってかき消される。
「……その赤くなった顔、戻しとけよ」
「お互い様じゃん……」
なんてことを最後に、弁当を片付けた俺達は、同じ教室を目指して数歩離れた状態で歩き出す。
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