前編-2-
「おーい、片桐」
「……なんだよ」
業務用の個人パソコンで黙々とプレゼン資料を作っていた俺に話しかけてきた同僚への返事は自然とぶっきらぼうなものになった。
「おぉ、なんか不機嫌だな。どうした?」
「……別に」
「仕事で悩んでのか? って、そんなわけないか。お前、また結果出してたし」
「んで、何の用だ?」
「あぁ、忘年会の出席確認だよ。どうする?」
もうそんな時期か、と俺はディスプレイに表示されている日付を見る。十一月の下旬ではあるが、忘年会の幹事としては出席確認をして、その人数で会場の候補を見つけたいのだろう。俺も過去に幹事を経験したことはあるけど、面倒だった、という思い出しかない。会場への誘導や当日の出席確認、料理の注文や飲み過ぎた奴の介抱。料理のコースが決まっているのに勝手に追加注文する奴もいれば、味や店のチョイスに文句を言う奴もいる。終わったあとには気疲れでぐったり。開放感はあるけど達成感はない。この会社で幹事は中堅社員の持ち回りで行うので、自分が幹事じゃなかったことに安堵し、早くこの選定対象から除外されたい、と十一月上旬にある幹事発表のときに毎年思う。
「出席で」
「おぉ、そうなんだ」
俺は自身の中で当然だと思っている返答をしたのだが、その同僚は意外な反応をみせた。
「何だよ、その反応?」
「いやぁ、もしかしたら欠席かな、と思ってたからさ」
「え? 何で?」
「いや、さぁ……」
同僚は少し周囲を見渡すと俺に顔を近づけて小声で話し出す。
「ほら、お前……最近、有給休暇で結構休んでるじゃん。だから、もしかしたら、転職活動してるんじゃないかって噂してる奴もいるんだよ。だとしたら、年内で辞めて年明けから別の会社、とか可能性もあるだろ? さすがに辞めるのに忘年会に参加って考えにくいし」
「なるほどな。けど、そんな予定はないよ。有給休暇も消化率が悪いって総務部から文句を言われたから、仕方なく使ってるだけだよ」
俺は同僚に笑いながら話す。これは嘘ではない。確かに、総務部からそのような指摘を受けた。けど、意味もなく休んだわけじゃない。基本的にはその休みは創作に時間を費やした。
「そっか。まぁ、俺は、片桐は順風満帆だし転職しないって思ってたけどな」
「とか言いながら、転職の噂を流したのってお前じゃないのか?」
「違う、違う。やめてくれよぉ」
そんな会話を交わしながら、俺達は笑う。
そうだ、順風満帆だ。仕事は順調。楽しい、とも思う。給料も良いし、転職も考えてはいない。結果も出しているから出世もしていくだろう。好きではない仕事だけど、このまま勤めるのも悪くないのかもしれない。
本当に成し遂げたい――小説家、という夢を諦めるにはそろそろ良い頃合いなのかもしれない。
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