第48話 幕間 ~地下牢~
時間は少し遡り。
ティアとレオナが、街の大通りを進む馬車の中で、イチャイチャ(?)していた頃。
「貴様、どういうことだ!」
ここは、
月の光が届かない地下牢に、さきほどから男の金切り声が響き渡っていた。
衛兵隊の司令だ。
「いやぁ、面目ありません。相手が、強すぎましたな」
だが、怒声を受ける側は気にした風もなく、へらへらと言葉を返している。
その光景にあまり違和感を感じないのは、やはり男が
「で、あいつらは何者です?」
「ふだんは荷運びをしておる
今にも首を絞めてしまいそうな形相で真っ赤になって怒鳴りつけはしつつも、司令は相手の問いに答える。
いつもであれば、『無礼者』の一言で首を刎ねてしまっているような状況だ。
にもかかわらず、道化師によって会話に
「ああ、なるほど」
全力で喚く衛兵隊の司令と鉄格子を挟んだ牢内――その地面に座り込んでいる
どうやら司令は、闘技場内で道化師たちを捕らえたのが、外を警備させていたグエンの部隊だと思い込んでいるらしい。
(てことは、あいつらの動きは、衛兵隊には知らされてなかった――ということか)
道化師は、ゆっくりと立ち上がる。
(ま、そうだと思ったよ。メイド服着た嬢ちゃんねーちゃんが何かするなんて、正規に認められるわけねーもんな)
それならば――。
「では、ここにいても意味はありませんね。これで失礼しますよ」
「は?」
司令の脳が、その言葉の意味を理解するより早く。
道化師は牢の扉へ近づき――開けた。
「なっ!? か、鍵は……」
「司令殿が来られる前に、開けておきました」
ジャラリ。
ヒョイと振った手に、忽然と現れた鍵束。
それを司令へ見せつけるように、山なりにゆっくり放り投げる。
鍵束を目で追いかけ、無意識にそれを受け取った司令は、そこでようやく事態を理解した。
「と、捕らえろっ!」
だが、司令より状況理解の早かった、背後の護衛でさえ。
「ぐあっ……!」
司令の斜め後ろに立つ護衛が、牢から出た道化師に突き立てようとした槍。
それが、反転して穂先が彼の喉へ突き刺さっている。
その槍を握っているのは、道化師だ。
「な、な……」
司令が剣を抜く。
だが腰は引け――無意識にだろう――二歩、三歩と後退ってしまっていた。
「な、なんだ今のは……ま、魔法なのか……!?」
魔法ではない。
この程度のことに、それを使う必要などない。
純粋に、道化師が鍵束で司令と護衛の注意を引いた隙に槍を奪い、喉を貫いた――それに、司令はまったく気付いていなかった。
「逃げようとしないのは、立派ですがね?」
司令の目の前で、道化師がため息をついた。
だが、このときにはもう、司令は男の顔を認識できてはいない。
抜いた剣は、それを手に持つ司令の喉へと突き刺さっていた。
これも、もちろん魔法ではない。
道化師は剣の柄に軽く手を当て、司令の喉元へと
(見物人の拍手がないと、こういう芸当もやりがいがないもんだ)
司令は、「自分が剣を動かす力で、自分の喉を貫いた」などとは、最後まで理解できなかった――いや、そもそも何が起こったかさえ理解できなかっただろう。
「かっ……はっ……!」
道化師が、表情一つ変えることなく、くるりと背を向ける。
同時に、司令と護衛が揃って崩れ落ちた。
二人とも、意識は残っている――いや、道化師が刃先の軌道をずらし、あえて残したのだ。
床に転がる司令の身体に、道化師は背を向けたまま最後の言葉をかける。
「本当に
槍の名手と評されるあんたの護衛ですら為す術もなくやられてるのに、自分が剣を抜いてどうにかなるとでも思ったのか? ――道化師にしてみれば、そう嗤ってやりたいところだ。
(まあ、ふだんの剣の稽古じゃあ、周りに接待されて勘違いしてたんだろうがね)
ふだんからゴマをする腰巾着に囲まれて、「自分は指南役にも勝てる剣の才能がある」とか悦に入っている司令の太鼓腹――もとい、天狗顔が目に浮かぶようだ。
この一点だけでも、この
(まあ、周りに諫められることもなく、能力以上に自意識を肥大させた者が権力を持ってくれてるおかげで、こっちは動きやすかったわけだがね?)
なので、道化師としては感謝こそすれど、文句を言う気は毛頭ない。
「さて」
道化師は、司令が落とした鍵束を拾い上げると、別の牢へと向かった。
■■■
「待たせたな」
目的の二つの牢の前へ来た道化師は、持っている鍵束で、順に開けていく。
開いた檻の扉から、男がひとりずつ姿を現した。
闘技場でレオナたちが捕らえた、二人のローブ姿の男たちだった。
「街で太守を狙った者たちは、全員失敗した」
「全員、だと?」
「信じられん。あれだけの数だぞ」
道化師の言葉に、男たちが信じられないとばかりに首を振る。
「この時間に、衛兵隊の司令がのんびり地下牢へ遊びに来た。それの意味するところは、ひとつしかない――だろ?」
道化師の前に立つ男たちの表情が険しくなった。
計画の全容を知らされている立場の男たちは、道化師の言葉の意味が理解できている。
計画通りなら、司令は今ごろ、騒ぎに乗じて忙しく立ち回っていなければならないはずなのだ。
「たしかに……」
「外の状況は判らないが、あんたがいうのなら……そうなんだろう」
「ああ、間違いない」
道化師が、胸の前でヒュッと軽く手を振る。
と、その指の間に、ゴツゴツした赤い小石が二つ現れた。
「太守の前で、誰一人この魔石を起動させることができなかった、ということだ」
それは、サイカたちが街で暗殺者たちから取り上げていたのと同じ
「これは、たんに魔法を込めるだけのモノとは違って、追加でそう簡単に用意できるものじゃあ、ない」
そこで言葉を切った道化師が、男二人を静かに見渡す。
「つまり、これが最後――為すべきことは、理解しているな?」
道化師が、無造作に手を振る。
ポイっと放たれた二つの魔石は、無駄のない軌道を描き、男たちの手の中へ正確に収まった。
「起動した本人は、魔人の
道化師の言葉にも、男たちの視線は揺らがない。
「問題ない」
「すべては、あのお方のために」
迷いも、動揺も、そこにはない。
道化師は、心の中で肩をすくめる。
(そこにいるだけで、人の心をここまで酔わせるんだから、怖いったらないね)
「杖はこちらで回収しておく――あとは任せる」
道化師は無言で踵を返し、その場を離れた。
途中、足元に転がるのは、まだ息のある司令とその護衛。
微かに痙攣する指先だけが、かろうじて生の証を留めていた。
それも、もう間もなく尽きるだろう。
だが、それを許す逡巡など、二人の男には微塵たりともあり得ない。
(これで最後の手段は発動する)
すべては『あのお方』のため――これが
だが、それでも。
道化師は、楽観していなかった。
(しっかし
道化師の意識は、闘技場で邂逅したメイド服の少女たち――その記憶へと向けられていた。
(今日みたいな心臓に悪い即興の綱渡りは、金輪際ご容赦願いたいもんだ)
司令たちを道端のゴミのようにまたいで避ける。
そして道化師は振り返ることなく、そのまま地下を出ていった。
ガシャン。
背後に残された者たちの耳に、鉄扉の閉まる音だけが冷たく響く。
静寂の中。
ローブ姿の男たちが、倒れ伏している人影に感情の抜けた目を向けた。
「「……すべては、あのお方のために」」
男たちが手に握る、赤い魔石。
それが――
小さく、キラリと光った。
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