【完結】ループ5回目にして、登場人物に第3皇子殿下が増えてしまいました
えくれあ
第1話 第3皇子との出会い
ああ、またこの光景からはじまるのか。
見覚えのありすぎる、目の前の光景、こうして眺めるのはもう5度目だった。
なぜなら、信じられない話かもしれないが、私が同じ人生を何度も繰り返していて、今回がちょうど5度目の人生だから。
伯爵家の長女である、私、シェリル・アトリーには婚約者がいる。
侯爵家の1人息子であり、私と同じ歳でもある、フランツ・エルドレッド様だ。
そして、今、私の目の前では、フランツ様と妹のクレアがお茶を楽しみながら談笑している。
何度時が巻き戻ろうとも、はじまりはいつもこの日だった。
この日は、1つ年下のクレアが、私とフランツ様がすでに通う王立の学園へと入学してきた日だ。
クレアはフランツ様を私の婚約者だから、とお兄様と呼びながら、フランツ様に学園の案内を頼むのだ。
そうして2人はまるで恋人同士のように手をつないて学園を見て回り、一通り回り終えた後は、仲睦まじく中庭でお茶を楽しむ。
私はいつも、その様子をこうして遠くから眺めるだけだった。
1度目の人生では、それでも婚約者は私なのだから、とひたすらフランツ様との将来に役に立つようにとただただ勉学に励んだ。
そうすれば、将来フランツ様のお傍でお役に立てるのだと、そう信じて疑わなかった。
けれど、フランツ様の関心が私に向くことは全くなく、クレアとフランツ様の仲はどんどん深っていき、一方の私とフランツ様の仲はどんどん疎遠になっていってしまった。
そして、私たちが卒業を迎える頃には、フランツ様からクレアと婚約したいから、婚約解消をして欲しいと頼まれてしまった。
結果、両親からも侯爵家との婚約を解消されたことに失望され、貴族令嬢たちからも妹に婚約者を奪われる無能な女だと馬鹿にされ、耐えきれなくなった私は、卒業を迎える日に、自ら命を絶つという選択をした。
2度目の人生では、死ぬことさえ許されなかったことに絶望しながら、この光景を眺めていた。
それでもこれは神様が与えてくれたチャンスなのだと信じ、今度こそフランツ様に振り向いてもらえるようあらゆる努力をしようと心に誓った。
1度目の人生では学業ばかりに力を入れ地味だったこともあり、美容にも力を入れ、最新のファッションにも関心を持ち、苦手だった社交活動も頑張った。
いつしか周囲から完璧な令嬢と言われるようにもなり、きっとフランツ様もクレアよりも私と一緒にいたいと思ってくれているはずだと、信じて疑わなかった。
だから、常に積極的にフランツ様と行動を共にできるよう動いたし、婚約者としてフランツ様にもいろいろと尽くしてきたつもりだった。
しかしながら、フランツ様には全く望まれていなかったようで、卒業を迎える日、クレアとの仲を邪魔するな、とフランツ様に恨まれて殺されてしまった。
3度目の人生は、自身を磨くことよりも、クレアとフランツ様を引き離すことに全力を注いだ。
学業に関しては1度目と2度目の人生のおかげで、あまり苦労することはなかった。
美容はやはり努力を続ける必要があったが、ファッションや社交活動に至っても、前回の人生の知識が非常に役に立ってくれた。
だから、できる限りクレアとフランツ様が接触しないように、2人きりの時間を過ごすことができないように、2人の仲が疎遠になるように、それだけを最優先に考えて行動し続けた。
結果、卒業を迎える日が来ても、フランツ様からクレアと婚約をしたいと言われることはなかった。
私はそのことに非常に安堵したけれど、いずれ家族になる方と仲良くすることさえ許されないのか、と今度はクレアに逆上され、卒業を迎える日に、胸にナイフを突き立てられて死んでしまった。
4度目の人生、もう繰り返すことに疲れた私は、どんな形でもいいからこの負のループを終わらせたい、と思った。
そもそも自分で死を選び、終わらせようとした人生だったのだから、幸せになれなくても終わることができるならそれで十分だと、そう考えるようになったのだ。
そうして私が選んだのは、できる限りクレアとフランツ様には関わらないこと、フランツ様には何も期待をしないこと、だった。
ただ、円満に婚約解消をしようと考えた私は、両親への親孝行と、フランツ様のご両親であるエルドレッド侯爵夫妻と良好な関係を築くことに力を注ぐことにした。
同時に、早くからクレアとフランツ様の関係を両家に示唆することで、婚約の見直しが行われるよう誘導もした。
その結果、クレアが入学して1年が過ぎる頃には、フランツ様の婚約者が私からクレアへと変更となり、あとは穏やかに卒業を待つだけでいいと思っていた。
けれど、現実はとても残酷で、卒業の日、誰かに手紙で呼び出された私は、指定の場所へと向かうと、誰かに突き落とされて死んでしまった。
そして今、5度目の人生を迎えてしまった。
人生を繰り返す、という表現はもしかしたらちょっと大袈裟なのかもしれない。
所詮はクレアが学園に入学してから、私が卒業の日を迎えるまでのほんの2年間を繰り返しているにすぎないのだから。
けれど、この終わることのできない2年間が、私の人生の中で最も辛く苦しく、そして長く感じる2年間だった。
だからこそ終わらせたいと願ってやまないのに、もはや、どうすればこの負のループを終わらせられるのか、私にはわからなかった。
もう、何も考えたくない、と胸の内がただただ絶望で埋めつくされたときだった。
「見ているだけで、よいのですか?彼は、貴方の婚約者では?」
なんと、この国の第3皇子、カミユ・ラインフェルト殿下にお声をかけられた。
おかしい、私が自ら行動を起こして違うことをしない限り、1度目の人生と違うことが起きるなんてことは今まで一度もなかったのに……
「第3皇子殿下……わ、わたくしは……」
「シェリル・アトリー伯爵令嬢、ですよね。同じ学年なのだから、ここでは堅苦しい挨拶はなしにしましょう」
慌ててスカートの裾を持ちお辞儀をした私に、第3皇子殿下は優しい笑顔を浮かべてそうおっしゃった。
確かに同じ学年ではあるものの、クラスが違っており、会話など今まで1度も交わしたことなどなかった。
すれ違う際に会釈をしたことが何度かあるくらいの関わりしか、なかったはずである。
それなのに、名前を覚えられていたというのは、非常に驚いた。
「それで、よろしいのですか?」
フランツ様とクレアの、仲睦まじく楽しそうな様子を見ながら、第3皇子殿下が再度問いかけてきた。
けれど、今の私にはもう、それがよいことなのか、悪いことなのかさえわからない。
私の中にあるのは、どうやっても繰り返すことを止められないことに対する、絶望だけだった。
「私にも、わかりません」
「え?」
「でも、仕方ないんだと思います」
私はそれだけ告げて、再度スカートの裾持ち、第3皇子殿下にお辞儀をした。
これ以上この場に留まっていたくなくて、第3皇子殿下とこの光景を眺めると、より一層自分が惨めに見えるような気がして。
失礼を承知で、駆け足でこの場を立ち去ってしまった。
「昨日は大変失礼なことをしました」
「え……?」
翌日、私は図書館で本を探していた。
とりあえず今回の人生でどう動くか決めかねていた私は、1度目の人生同様にとりあえず放課後は学園内の図書館に来たのだ。
2度目の人生も、3度目の人生も、4度目の人生も、こうして図書館で本を探しながら、今後どうしていくか考えていた。
つまり、この状況もまた、1度目の人生と違うことが起きるなんてことはありえない状況のはずである。
それなのに、またしても私は、第3皇子殿下にお声をかけられてしまった。
「失礼など何も、むしろ私の方が……」
「いえ。婚約者同士の事情など、第三者が簡単に踏み入ってよいものではありませんでした。申し訳ありません」
「どうか、お顔をあげてくださいませ。私は気にしていませんので、お気になさらないでください」
深々と頭を下げられてしまってぎょっとする。
いくらここが学園内であり、生徒はみな平等に学べる場所だとはいえ、相手が皇子様でなくなったわけではない。
伯爵家の令嬢でしかない私は、その光景に恐縮せざるを得ないし、心臓にもあまりよくない。
「よかった」
私の機嫌を損ねたところで、皇子殿下にとっては痛くも痒くもないはずなのに、第3皇子殿下は心底ほっとしたような表情を浮かべた。
「本がお好きなんですか?」
「えっ?そう、ですね……好きな方だと、思います……」
本を一冊、手に持っていた所為だろうか。
唐突な質問に、驚かされる。
私が本が好きかなんて、皇子殿下が聞く必要あっただろうか。
ここで、無理に会話を続けようとなさらずとも、用件が済んだのであれば、立ち去ってもらって大丈夫なのに。
「よく、図書館でお見掛けするな、と思っていたんです。よかったら、おすすめの本を、教えていただけませんか?」
「えっ!?わ、私の読む本など、殿下がご興味を持たれるようなものでは……」
「いえ、是非あなたのおすすめの本を、読んでみたいです」
いったい、何が起きているのだろう。
第3皇子殿下と、好きな本の話までするようなこと、今までの人生では想像もできなかったことである。
「えっと、それでは……」
ここで、頑なに拒否をするのも失礼にあたるだろう。
私はそう思って、1冊おすすめして終わろう、とそう思った。
そこで、私はあることに、はじめて気づいてしまった。
私は1度目の人生からずっと、何度も見たあの光景以降、大好きだったはずの小説を読んでいなかった。
クレアが入学するその日までの私は、小説を読むことが大好きで、まだ読んだことのない小説を探すために、いつもこの図書館に立ち寄っていた。
友達は本だけなのではないかというほどに本の世界に没頭し、だからこそ、社交活動が苦手で、他のことにも興味がなく、地味な女の子でしかなかった。
けれど、あの光景を見て以降、私がこの図書館で手に取った本は、学業のため、社交活動のため、そして将来のためにと、必要な知識を得るためのものばかりだった。
もう随分長く、本を読んで楽しいと感じる瞬間を、私は過ごせていなかったような気がした。
「こちらの本はいかがでしょう?」
さすがに皇子殿下に、私が知識を得るために読んだ本をおすすめするわけにはいかない。
貴族令嬢と皇子殿下が必要とする知識は、きっと大きく異なるだろうから。
そう考えた私は、久々に小説がたくさん並ぶ本棚の方へ足を伸ばし、この学園に入学して最初に手に取った小説を選んだ。
それはミステリー小説なのだけれど、ただ謎解きがされるだけではなく、壮大なバトルもあり、冒険もあり、最後には恋愛まであって、めまぐるしく変わる展開にどきどきわくわくしながら、何度も読み返した作品だった。
「もう、読んだことありますでしょうか?」
「いえ、はじめて見る本です。さっそく借りて、読んでみることにします」
第3皇子殿下はとても嬉しそうに、私から本を受け取った。
もしかしたら、殿下も本がお好きなのかもしれない。
「どうも、ありがとう」
そう言って第3皇子殿下が立ち去る後ろ姿を眺め、私はほっと息をついた。
さすがにもう関わることはないだろう、その時はそう思っていた。
「この前おすすめしてくれた本、とってもおもしろかったよ!」
またですか、と言ってしまいそうになったのを、なんとか耐えた。
第3皇子殿下に小説を薦めてから数日後、私は未だに、今回の人生をどうするべきか決めかねて頭を悩ませていた。
そんな時にまたしても図書館で、第3皇子殿下に声をかけられたのだ。
「お気に召していただけたのなら、何よりです」
「さすがはシェリル嬢のおすすめだね!ページをめくるたびにわくわくしながら、あっという間に読んでしまったよ!」
多少興奮気味だからだろうか。
先日までの丁寧な口調はどこへやら、その上気づけばファーストネームを呼ばれてしまっている。
第3皇子殿下とは決して親しくはなかったから詳しいわけではないけれど、基本的に女子生徒のことはファミリーネームで呼んでいたはずだ。
もちろん、そんな風に呼ばれたからといって、口調が多少砕けたからといって、相手は皇子殿下なので私がどうこう言える相手ではないのだけれど。
「あっ、ごめん!確認する前に、ファーストネームで呼んでしまったね。よければシェリルと呼びたいなと思っていたんだけど、ダメかな?」
気づいたのは名前の方だけのようだ。
やはり、まだ、興奮が治まってはいらっしゃらないのかもしれない。
私もかつては今の殿下のように、目を輝かせて小説を読んでいたのだろう。
そう思うと、それを忘れて何度も繰り返した2年間が、非常に虚しく感じられた。
「どうぞ、殿下のお好きなようにお呼びください」
私に拒否する権利も資格も、あるはずなんてない。
そう思っての返答だったのだが、どうも第3皇子殿下はお気に召さなかったようである。
「それじゃ、ダメなんだ」
「えっ?」
そのまま離れようと思っていたのに、殿下に強く腕を捕まれた。
そこには、先ほどまで嬉しそうに本の話をしていた殿下はいなくて、とても真剣な表情でこちらを見つめている。
私は真っ直ぐなその眼差しに耐えかねて、思わず目を逸らしてしまった。
「ちゃんと君の許可がほしい。嫌なら、呼ばないし、呼びたくもない」
私の意思ってそんなに重要だろうか。
皇子なのだから、好きにすればよいものを、そんな風に思ったけれど、とてもそんな風に言える空気ではなかった。
「シェリルとお呼びください。殿下にそう呼んでいただけるなら、とても光栄です」
今度の返答は、大丈夫だったようである。
皇子殿下がこんなにわかりやすくて大丈夫なのかと心配になるくらい、喜んでいるとわかる表情だった。
「じゃあ、僕のこともどうかカミユと」
「そ、それはさすがに……」
皇子殿下をファーストネームで呼ぶなんて、家族か婚約者か、もしくはよほど親しい友人くらいしか許されないだろう。
しかしながら、第3皇子殿下は、今度は目に見えてわかるほど落ち込んでしまった。
その所為か、なんだかものすごく悪いことをしてしまったような気がして、いたたまれない。
「あ、あの、では、その……カミユ殿下、とお呼びしても……?」
たった、それだけのことで、殿下はまたとても嬉しそうな表情へと変わる。
本当に本当に、これで大丈夫なのかと心配になるほどわかりやすい。
皇子殿下ともなれば、失礼ながら、いつも何考えているかわからないのだろうと、勝手に想像していたのに。
「うん、うん、今はとりあえず、それで十分だ!ありがとう!」
今は、という言葉に少しひっかかりを覚えたけれど、きっと特に意味なんてないだろう。
「で、今日は僕がシェリルに本をおすすめしてもいいかな?」
「えっ!?は、はい、とても光栄です」
拒否するのはやはり失礼にあたるだろうという気持ちも、確かにあった。
けれど、それ以上に、この時の私は他の人がおすすめしてくれる本に、興味を惹かれていた。
「それと、またシェリルのおすすめも聞きたい!これ、本当に面白かったから、他にも君のおすすめがあれば、是非読んでみたいんだ!」
「は、はい、喜んで」
こうして、私とカミユ殿下による、奇妙な本の薦め合いの日々がはじまった。
「待たせちゃった?」
「いいえ、私も今来たところです」
「そう、よかった」
カミユ殿下は安堵の笑みを浮かべ、私の横に、すとんと腰をおろした。
私たちはあれから何度も放課後、図書館で会っては互いのおすすめの本を紹介した。
そして、それだけで終わることはなく、各々読んだ本の感想を伝えあい、自然と本の話で盛り上がるようになった。
カミユ殿下は初対面の頃の丁寧な口調がいつの間にか完全に消え去り、今となっては砕けた今の口調が当たり前となってしまった。
それでも、1人でただ小説を読んでいた時とは違った刺激があって、それはとても楽しく心地よい時間だった。
そんな日々がしばらく続いていたのだが、今日ははじめて、お互い図書館にある本ではなく、自宅から1冊おすすめの本を持ってくることになった。
そのため、今日はいつものように放課後ではなく、昼食後の休憩時間に、図書館ではなく中庭で会うことになったのだ。
「で、持ってきた?」
「はい、私はこちらを」
家から持ってきた本を、カミユ殿下に差し出す。
受け取った殿下は、興味深そうにまじまじと本を眺めていらっしゃる。
「幼い時に読んだ本なので、少し子どもっぽく、また男性向きの本ではないかもしれないのですが、私が何度も読み返している本なのです」
恋愛がメインとなるお話なので、男性はあまり好みではないかもしれない。
それでも、家にある一番おすすめの本、と考えた時に、真っ先にこの本が浮かんで、持ってきてしまった。
「シェリルが何度も読むほど好きな本なんて、すごく気になるよ!読むの楽しみだなぁ」
本当に楽しみにしてくださっているようで、ほっとした。
もっと男性でも楽しめるようなものを薦めてほしい、と言われないか少し不安だったのだ。
「僕はこれ。僕のは逆に女性向けじゃないかもしれないんだけど、兄上に薦められたのがきっかけで読んで、すごく気に入っている冒険ものの話なんだ」
兄上、とは第1皇子殿下か第2皇子殿下かはわからないけれど、この国の皇子が少なくとも2人は読んだだろうおすすめの冒険もの、私の興味を惹くには、十分すぎた。
それに、カミユ殿下のおすすめに、今のところハズレもないのだ。
「冒険もののお話も大好きです。私も読むの、とっても楽しみです」
カミユ殿下から本を受け取る。
その本を見れば見るほど、早く帰って読みたい、とそう思わされた。
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