第10話 crème5:00羽




俺は

鳥が飛べない世界がいやだ。

赤ん坊が泣けない世界がいやだ。


あたりまえにしていいことを

させない世界が嫌なんだ。


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『なるほど、自分では選べないけれど

色んな次元の色んな世界を

巡り続けているんですね…』


ある日のお茶会、

みんなで過ごすのんびりとした時間、

この日はショコラの旅の話をしていた。


『自分の体のいる世界に帰る時は

どうやって帰ってるんだ?』

旅が好きだったクレムは

ショコラの話に興味津々。


『鼓膜の向こうのほうから

鐘の音が聞こえてくるんです。

鐘の音がどんどん大きくなって、

一番大きな鐘の音の時に瞼が閉じて、

次に目を開けると

体のある世界に戻っています。』


ショコラは言葉にするのが難しい経験を

一生懸命に説明しました。


『そして、戻った世界で3分48秒目覚めて、

また、吸い込まれるように眠って目を覚ますと別の世界なのか…』


なんて不思議な現象なんだろう…

他の世界から来たモカとラテも初めて聞く話のようです。


『ノワはこう言う話、

聞いたことありましたか?』

ラテに話を振られたノワも、

『いや、初めてだ。ショコラの世界ではこれを“病気”として認識しているのが

信じられない。』


そう、ショコラは自分の体のある世界では眠りから醒めない病だと診断されてさまざまな分野の医師が病を解明しようと眠っているショコラを研究したが、何もわからないまま、

『今は、museumという場所の展示室の中で眠っています。』


『展示室…??』

クレムは眉をひそめて、

あからさまにムッとしている。

『生きているおまえのこと、

展示してんのか?』


『生きているけど、他の人みたいにうまく歳を取れなくて、

もう私が知っている人たちもいなくなって。

えっと、時代…??というのが

移り変わってしまったんだと思います。

私は今の世界からすると

遠い昔から歳を取らずに

眠り続ける存在だから…』


『珍しいからって、

見せ物にして飾ってんのはおかしい話だ!

ショコラ、もっと怒って良いんだぞ。』


クレムの怒りはどんどん、積もっていきます。


『あまり、体の世界にいられないから、

体のある世界で何かを感じたり、主張することができないんです。

でも別に展示されていることに

怒りはありません。

痛めつけられたり、

苦しかったりしないので。』


あまりにも現実離れしたショコラの感覚に

モカは不安な気持ちになります。

(ショコラは痛いや苦しいを

たくさん経験しているのかな…)


ラテはみんなの気持ちが落ち着くように

お部屋の香りを変えようと席を立ち、

自分のせいで空気が重くなってしまったと思っているショコラの肩に手を乗せ

『ちがうよ、ショコラ。

みんな、君を心配しているんですよ。』

と、声をかけます。


ショコラは自分のことなんか話さなければよかったと思っているに違いありません。

けれど、星の住人達はそうは思っていません。


『ショコラ、僕にできることを探したいんだ。

いつだったか、

君は僕に“ここにずっといられたらいいのに”と言ってくれた。

僕はそれが嬉しかったよ。』

モカは自分より不安気なショコラにそう言いました。


『他に、別の世界と体の世界を繋いでる

こう、何か、

わかることはあるのか?』

クレムは解決の糸口が一向に見えない不思議な話に挑むように訊きます。


『他に…』

うーんと目を閉じて考えてから

ショコラは声を上げました。

『あっ…!!怪我をしたり、なにか体に変化があると、寝てる方の体にもそれが残ってます。

でも、別の世界で死んじゃっても、

寝てる方の体は生きています。』


それを聞いてみんなは、

息を飲みました。

“ショコラは他の世界で

命を落としたことがあるんだ”と。


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鳥が飛べない世界がいやだ。

赤ん坊が泣けない世界がいやだ。

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突然、クレムはたまらなくなって

泣きじゃくり始めました。

『クレム、よしよし』

一番離れて座っていたノワが

いつの間にか

クレムの横で背中をさすっていました。


『いやだ、ショコラが苦しいのはいやだ。

俺、こういうの、いやだ。

いやだよ、

ショコラをこの星から帰したくないよ。』


いつも恰幅よく笑ってる、

いつもココアと走り回って

汗まみれになってる、

そんなクレムがわんわんと泣いている。


さらに向かいでは

たまらなくなったモカが

堪えられなくて溢れた涙を

懸命に隠そうとしています。

泣いたらショコラを不安にさせちゃう、

だから、泣いてない。

そんなふうに何度も何度も

涙を拭いているのです。


ラテはモカの背中を

トントンと優しくたたきながら、

『ショコラ、ごめんね。

君のせいで泣いてるんじゃないんだよ。』

なんていいながらラテ自身も目が真っ赤。


ショコラはいよいよ、

あわあわとパニックになりそうでした。

どうして、急に

みんなが泣き出したのかわからなかったのです。


クレムのものに駆けつけてペロペロと涙を舐めるココアに、クレムをまかせて、


ノワは

どうしよう、と

今にも泣き出しそうなショコラを

ヒョイと抱き上げて、

そのままぎゅっと抱きしめた。


『みんな、君が好きなんだ。

みんな、君が大切なんだ。

それだけだよ。

それだけで泣いてるんだ。

大丈夫。怖がらないで。』


少し、散歩に行ってくる。

そう言ってノワはショコラを抱いたまま庭に出て行くのでした。

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