第5話 23:55pc
明日、誰かがこの星に辿り着く。
数日前から星がいつになくざわついている。
過去3人がここに辿り着いた時と似ているが
一つ、これまでと違うことがある。
鏡の泉が強く関心を持って今にも泉の域を超えて星を包んでしまいそうだという点だ。
そんなことが起こってしまったらここに住んでる者たちはみんな体の機能や心、人としての全てを奪われてしまう。
『大人しくしておいで、必ずおまえに会わせに僕が連れてくるから、それまでここでただの泉のフリをしておくれ。』
まるで無数の手を空に向かって伸ばしているかのような泉の関心を、寝ずの番で撫でている。
何がこんなに泉の興味をひいているのかはわからないが、誰も傷付かず、おさまってくれたらそれでいい、
泉とは対照的に
僕はそれほど、
これから起きることに、
辿り着く者に興味はなかった。
翌日
14:45くらいだろうか、一瞬星が震えるのを感じた。おそらくその者がたどり着いたんだろう…。
『お前が会いたがってる者がたどり着いたみたいだね。いいかい、きっとお茶会で他のみんながこの星のことをその者に伝える。
たどり着いたその者が、どんな状態かわからないから、お前にしっかり向き合える時に必ず連れてくるからな。』
『それまでもう少し、良い子でいておくれよ。』
理解はしてくれても、油断のならない泉。
愛しい獣を宥めるように泉の表面を撫で続けた。
夕方、ラテが泉にやってきた。
『ノワ、お疲れ様です。お茶をどうぞ。』
ラテの淹れたブラックティーは毛細血管まで広がり指の先までほっと一息させてくれる力がある。
『ありがとう。わざわざ、運ばせてしまって。』
ラテはいつもふんわり微笑んだ顔をしているが、今日はとりわけ優しい顔をしていた。
たどり着いた者を気に入ったのだろう。
『泉の番、代わりますから、会ってきてあげて下さい。あなたが会ってここへ連れてこないことには、泉は永遠に納得してくれませんからね。』
少しの間なら泉を宥めていられる対話の上手いラテに甘えて僕は屋敷に戻ることにした。
『何かあったら、迷わずに逃げてくれ。』
わかっています、心配しないで。
ラテから受け取った心遣いに感謝しつつ、足早に屋敷に戻るのだった。
屋敷ではクレムと愛犬ココアがいつも通り走り回って遊んでいる。
体力が余っているわけでもないのに、体力が有り余っているココアのために走り回るクレムが僕は好きだ。
モカは几帳面に畳んだタオルや服を運びながらこちらへやってきた。
『あの子、体が冷えてたから猫足バスタブに案内した。お湯の香りはラテが出かける前に調香して行ってくれた。』
いつも何かに耳を傾けて調律の合っていないものを気にかけるモカは、自分の調律は怠りがち。
『ありがとう。
モカ、君は今日泡のお風呂に入った方が良い。』
一日中感覚を研ぎ澄ませ続けているモカが、
いつもより調律を多く行っているようだったら。
柔らかい泡のお風呂で尖った感覚をリセットさせる必要がある。眠ることができなくなってしまうのだ。
あとでクレムと極上の泡を作ったらモカにまず入ってもらおう。
『クレム、ココア、汗をかき過ぎじゃないか?』クレムにアイスミントティー、ココアにたっぷりの水をを入れ、
僕は屋根裏に帰った。
1人になるために作った星で僕は1人ではないけれど、
思い描いていた1人の世界よりも居心地が良いなんて、星を作った頃の僕には信じられないだろうな。
一体どんな人がここへたどり着いたんだろう。
みんなの様子を見るからに、
まだ見ぬその人が毒を持ち込んでいないことは明らか。
泉の番を代わってくれているラテのことが気がかりだが、
体の凍えを癒せる分の時間をしっかりとってほしいなと、ぼんやり考えていた。
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