第15話 証言から分かったこと
内間さんを見送ったあと、僕はソファに座り直し、頭の中をスッキリさせたくてコーヒーを一口飲んだ。それから、同じようにカップを傾けている万屋さんに意見を求めた。
「引っ越しても同じ怪奇現象が起こるって、どういうことなんでしょうか」
「簡単な事だよ。内間さんにその怪異が取り憑いているのさ」
驚きのあまり僕はコーヒーカップを取り落とすところだった。
「嘘だと思うなら、そこのカップの中を覗いてみたまえ」
余っていたはずの、四つ目のカップの中は空だった。そういえば、万屋さんが内間さんを励ましていた時、カップが揺れたような気がした。
「だから四人分のコーヒーを頼んだんですか……。ということは、この部屋にいたんですね。話に出てきた、着物を着た背の高い女性の怪異が!」
「そうだ。詳細化すれば、幽霊だがね。あと、彼女が着ていたのは浴衣だった」
怪異というのは、人が時に妖怪として恐れ、時に神様として敬う存在の総称で、あやかしと呼ぶこともあるそうだ。万屋さんが言うには、幽霊も怪異の仲間らしい。
「内間さんと話している時、急に明後日の方向を向いたと思ったら、内間さんに取り憑いた幽霊を見ていたんですか」
「ああ、彼女は人間の女性の霊だった。巨大な女性の怪異といえば、
しかし、名前が無いのも呼びにくい。七尋幽霊と呼ばせてもらおう」
「霊は大きくなったり、小さくなったりできるものなんですか?」
「人の体を持つ君はわからないかもしれないが、霊は自由で、それでいて寂しいものなんだよ。まず気付いてもらえないからな。だから霊障を起こして気を引こうとする」
「もしかして、七尋幽霊が大きくなったのは、内間さんに気付いてもらいたいという気持ちの表れ?」
「私もそう思う。よほど内間さんに伝えたいことがあるらしい」
「万屋さんでも、七尋幽霊とは話せないんですか? もし話せるなら話を聞いて、代わりに伝えてあげたらいいのに」
「霊というのは、もれなく特殊な事情を抱えているものさ。場合によっては、その事情が邪魔をして話ができないことがある。今もそうだった——七尋幽霊は口を固く閉ざしたまま、私に何かを訴えようとしていた」
万屋さんはコーヒーを飲み干すと、杖を持って立ち上がった。
「その理由をこれから探す」
「探偵局を訪れたからには、七尋幽霊も万屋さんの依頼人ってことですね」
僕も慌ててコーヒーを飲み干して立ち上がった。
「でも、幽霊になってまで伝えたいけど、伝えられない理由って何でしょう?」
「おそらく、その理由は内間さんが最初に住んでいた部屋にある。怪異が現れたのはその部屋が初めてのようだからな。寺に納められた箱については、使い魔に任せる」
彼の言葉を合図にしたように、書斎に飾られていた木製の猫の置物が、命を吹き込まれたように立ち上がり、伸びをすると窓から外へ飛び出していった。
「お寺に使い魔を放って大丈夫ですか?」
「私の名前を出せば、おおよその事情は察してもらえるさ。何せ私は
「仏教徒の友達に聞きましたけど、覚者って仏様のことですよ。逆に喧嘩売ってると思われませんか」
万屋さんは、心外だとでも言いたげな表情で僕を見た。
「仏道を妨げるのは悪魔のすることだ。君には私がそのような外道に見えているのか?」
「そ、そこまで言ってませんよ。妖怪と僧侶が仲良くしているイメージが湧かなかっただけです。万屋さんが
「おや。さとりを知っているのかね?」
「仕事を始める前に、参考書のつもりで買った妖怪辞典に、心を読む妖怪さとりの伝承が載っていたんです。すみません、詮索するつもりはなかったんですが……」
「そうか」
万屋さんの返事は肯定でも否定でもなく、そっけないものだった。
あやかし混ざりは、怪異が混ざってしまった人間や動物のことを指す言葉らしい。大体は怪異の血を引く半妖らしいけど、何かのきっかけで怪異と混ざってしまった人達もいるんだと、バスの中で万屋さんが教えてくれた。
万屋さんは自分のことを、あやかし混ざりだと言っていたけど、彼は自分に何があって、何の怪異と混ざってしまったのかは言わなかった。
話したくないことなら、秘密のままでいいと思っている。だけど僕の好奇心は勝手に、彼の名前と妖怪【さとり】を結び付けた。
しかし——村に行った時、僕が「万屋さんは心を読む魔法使いなのか」と聞いたら、万屋さんは何かを警戒していた。たぶん混ざった怪異の正体を言い当てられるのを恐れたんだ。
そして今も、彼はこの話題を意図的に避けている。
これほど自分の正体を隠したい人が、わざわざ
「セージ」
呼びかけられて我に返った。彼に悪いと思いながら、つい考え込んでしまった。
「万屋覚は、師匠に貰った名前だ。覚と名乗れば、この国の人間は、私が悪意ある怪異だとは思わないはずだと、師匠は言っていた。
でも、あれから何百年も経っているから、今の価値観には合わないのかもしれないな。何か妙案はないだろうか」
万屋さんはバツが悪そうに笑った。当たり前のように何百年って言ったけど、この人今何歳なんだろう。
「名前だけで敵じゃないって分かってもらうのは、難しいかもしれません。でも、万屋さんは怪異探偵として実績を残しているはずですし、話せばわかってもらえるはずです」
「なるほど。管理人の実績を表示する魔法付の名刺を、使い魔に渡しておいてよかった」
「実践済じゃないですか! というか、管理人の方なんですか?」
「あわい横丁と管理人の話はあちらでも有名なのでね」
「怪異探偵は知名度低いんですね……」
「残る問題は依頼人が使っていた部屋の天井だ。箱があった天井裏の状況を知りたい」
万屋さんは無理やり話を戻した。
「誰か天井裏の専門家はいないだろうか。なあ——サガリ?」
万屋さんが杖を振り下ろした途端——ずるっと、書斎の天井から人の上半身が落ちてきた。
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