アビリティア・チルドレンズ~幕間の譚~

宮島織風

双晶のアダムとイヴ

 この財団に入ってもう8年か、カレンダーを見て感慨に浸る。巨大な怪物に島を襲われたあの日、俺たちは興一に助けられた。

 あの日、助かったのは俺と澪の二人しかいなかった。奈留島住民の生存者は俺たちだけだ。


 「また、多くの人を助けられなかった。ごめんなさい、柚木先輩…大叔父上」


 古くからの友人で、彼にとっては初めて外に出て友達になったのは俺と澪であった。大叔父上は誰なのか分からなかったが、俺たちの親がお世話になった先生…弓張潤三郎の事だった。


 あの日、何をしていたのだろう。島で唯一のお菓子屋を営んでいたけど、過疎化の進む島で商店は貴重で何でも売っている店になっていた。

 そんな島の、唯一の中学生が俺たちだった。小学生は幾人かいるが、それでも老人の方が多い限界集落になっていた。


 うちの島には、昔からハート形の水晶か産出されていた。その最後の産出とされる水晶を、祖父から渡されていた。


 「澪、半分は持っててくれないか?」

 「わかった!でもいいの?」


 あの頃の澪は、活発で少しバカなところがあったかなぁ…。中学3年生の夏、来年からは島を離れるか島で漁師か商いに務めるか。

 澪の家は漁師で、時折うちにも魚を届けてくれた。それで親父が作る胡麻鯖は美味しかったなぁ。


 興一がある日、奇妙な団子を持ってやってきた。ある手紙と一緒に、俺たちのもとを訪ねた。母さんと澪の親父は深くショックを受けていたように見えた。


 「大叔父上が生前、お世話になりました」

 「潤三郎先生が…ですか!?」

 「そんな、競馬事業は好調だったんですよね?」

 「ハリノサディウスの事故、あれで命の選択をさせられた。自分は殺人鬼と同じだと、慟哭していました。気付けに船旅に誘いましたが、僕も途中から何があったか覚えていません。でも、ここにある遺書だけが全てを伝えています。ずっとあなた方生徒を思っていたのでしょう」


 先生といえば、説教くさく俺たちに数学やら何やらをしつこく教えてくる奴らだ。澪は心底嫌っていたが、おれは必要だから受けていた。


 あの日、興一が持ってきた団子は喪中のものではなかった。何やら薄ら緑色で、食べるとほのかに薩摩芋の味がする。


 「かんころもち、です」

 「さつまいもを練り込んでるんだな」

 「おいしー!」


 無邪気にも、澪は食べていた。興一と都姫はふと微笑んでいた。その目には涙の痕が乾かずに残っていた。


 「なぁ」

 「なんですか、先輩?」

 「作り方教えてもらうことって?」


 2年後、俺たちは島にいた。島のインフラとして、うちの店と澪の家の漁業は続けていたいという事だった。

 昼の仕込みが終わり、澪も漁から帰ってきて久々に学校を訪ねた。といっても、後輩が育っているか、や近況報告を兼ねていた。


 昭和の有名な歌手の曲の碑を横目に、校舎へと入ろうとする。踏み入れた瞬間、間違いなく三半規管に異常が出た。敏感な澪が察するに、「急に低気圧がきた」と言っていた。


 そこからは一心不乱、飛来する巨大な槍の爆発に校舎が弾け飛び、その碑に守られた俺たちは山に隠れるべく走った。

 朦朧とする澪を連れ、全力疾走する。


 山中にて、紫色の戦艦と灰色の軍艦が海に浮かぶ黒い怪物を相手に轟音と共に戦っていた。天変地異に些細な事かもしれないが、興一が紫色の何かを飛ばして、その怪物が触れると怪物の肉体が消し飛んでいる。


 澪の慟哭、記憶は暫く途切れていた。爆発のせいで俺たちは気を失っていた。


 気がつけば、奈留島は地獄に変わっていた。興一が操る、藤色の戦艦が俺たちの頭上を守ってくれていた。


 「また、多くの人を助けられなかった。ごめんなさい、柚木先輩…大叔父上」


 興一の告解は、俺の耳にこびり付いている。

 奈留島の住民は、俺と澪を除いて全滅した。海護財団に保護された俺たちだけど、澪は敵に蹂躙された奈留島を見て黙ってしまった。


 そして、更なる悪夢がやってきた。

 レトキシラーデによる侵略で倒壊した瓦礫を撤去し始めた時、海賊が現れた。銃を乱射して作業員を殺し、急行してきた巡視船を魚雷で破壊した。


 「そんな、海保の巡視船が」

 「ぎゃぁぁぁぁ!!」


 澪の絶叫、俺たちはあの山に登った。その方が隠れる場所が多い、そう思ったからだ。だが澪は俵抱えされながらも、叫んでいた。


 「駆逐してやる…海賊共を、1匹残らず!」

 「行くな、俺たちにはあいつらを倒す力なんかない!」

 「だったら何で剣を習ってるの、こういう時に使うためのものじゃないの!?」


 その時、興一が飛び出して行った。自衛隊のミサイル艇が後方に見え、海賊船を駆逐する。


 「叩き斬る」


 ミサイルが海賊船を破壊する様に、興一が海賊船を破壊する。そして略奪を働いた人間を、悉く斬っていた。


 「よくぞご無事で、間も無く海保と自衛隊の水上機動団が来ます」

 「興一…」

 「澪先輩が…」

 「気絶してるだけだ、叫び疲れてな…」


 本当の意味で、俺たちは二人ぼっちになった。澪は、復讐に駆られて海上自衛隊…今は日本国防軍と呼ばれている組織に入り、自衛隊時代最後の幹部候補生の首席として卒業。

 ミサイル艇の艇長を務めるが、復讐に駆られるあまりに弾薬を使い過ぎるなどと問題行動が目立ち海護財団に左遷された。


 「…あいつの感情は、あの日に死んだ。座学もあいつの人格という枷を捨てた結果のもので、あいつが生き返ったといえない」

 「どうにか…どうにかならないでしょうか」

 「俺が聞きたい、あいつを…生き返らせて欲しい」


 興一は、俺たちが気づいた頃には海護財団で武功を挙げていた。そのまま俺は興一に客将として召し上げられる形で登用され、即戦力として最前線に送られた。第6機動艦隊に次ぐ、最強戦力の一角とされてしまった程に。


 「江田島に俺が見送りに行ったけど、それまでに会話がなかった。俺は問いかけたけど、燻ってたのかショックなのか、表情筋の一つも動かさなかった。体は生きていても、あの頃の心はもう…」

 「僕にもあぁなった人間をどうにかするだなんて…」

 「何のためにお前は教育という力を使うんだ、未来を作るためだろう。あいつを、復讐の為の器になったあいつを甦らせれるのは…お前しかいない」


 興一は、その言葉にショックを受けていた。自分が希望と言われるのは嬉しいが、初めて出来た友人がこのザマであると…。

 正直言って燻ってるし、俺ももどかしい。でも心理なんてわからない。


 俺は、あの日に水晶を置いてきたのか。


 「先輩?」


 俺は、あの時に水晶を無くしてしまったのか。しかし、胸元にはしっかりと双晶のペンダントがある。なくしてはいない、でもなくしたのは自分の方かもしれない。


 ふと、ため息をつく。

 彼女の心の在り家がこの双晶にあるとしたら、この気持ちはきっと浮かばれるだろう。

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