Sid.134 情炎の幻術師だそうだ

 振り返ると宙を舞いながら傍に来て「あれにも慈悲はあるのです」と言う。


「慈悲?」

「そもそも情炎の幻術師に人を殺める力はありません」


 幻影を見せ色欲の虜にするだけの能力しか持たない。代わりに死ぬまで搾り取るらしいが。術に嵌まれば抜け出せず延々性交を繰り返すだけ。とは言え、人がその状態になれば食事も睡眠も取れない。結果死ぬ。


「あなたが見ていた幻影同様、彼女たちもまた幻影を見ています」

「じゃあ」

「問題ありません」


 多少幻影の後遺症らしきものは暫し残るらしいが、それも数日程度で元に戻るとも。

 徐々に気持ちが落ち着いてきた。

 さっきまでの怒りはすでに無い。冷静になれたようだな。心底肝が冷えたのと、抑えきれない激情に駆られてしまったが。


「これで終わりか?」

「そうです」

「で、変革とやらは」

「時が進みます」


 良く分からんが。


「停滞していたものが動き出します」


 専制国家が打倒され産業革命が起こり、社会が大きく変容して行くと。

 ゆっくり、しかし確実に。

 そうか。やっと動き出すのだな。貴族による横暴な統治体制が終わり、民衆が自らの手で立ち上がるわけだ。


「多くの貴族が持つ七つの罪源を打破しました」


 これによって貴族による力は弱まり民衆が気付くのだそうだ。

 多くの貴族は「ira」「invidia」「superbia」「avaritia」「acedia」「gula」「luxuria」を体現する存在だった。

 傲慢で欲が深く怠惰で色欲に塗れ、些細なことに怒り嫉妬し無駄に飯を食らう。

 人の持つ醜い部分を凝集したものが貴族、とも言えるようだ。


 ひとつひとつ潰すことで、それら罪源が消失し力が弱まる。

 結果、民衆が自らの足で歩かざるを得なくなる。


「この世界には魔法があるのは理解していますね」

「今もよく分からんが」

「貴族は無意識に力を行使していました」

「無意識?」


 それは冒険者や兵士が使う魔法では無く、人を支配するためだけに振るわれる、貴族のみが持つ権能とも言えるそうで。

 なぜ貴族にそんな力があるのか、と言えば知恵の無い民衆を統治するため。

 人は単独では生きられない。ましてや化け物が闊歩する世界であれば、人は互いに協力し合い敵対する存在と対峙する必要がある。

 だが、この世界の民衆にそこまでの知恵は無かった。個々では纏まっても国家まで集約できない。


「だから貴族が無意識下で魔法を行使していたのです」


 やりたい放題ではあったが、独善的なリーダーが居た方が社会は纏めやすい。

 強いリーダーシップを発揮し町を作り国を作り、そして発展させていったのは紛れもなく貴族。

 だが、同時にそれによる弊害も発生してきていた。


「停滞です」


 何をするにも貴族の許可が必要。許可を得るのも容易ではない。

 聞く耳すら持たない貴族も多くなり、庶民の声は国王や皇帝には届かなくなった。


「行き過ぎた専横により時が止まってしまったのです」


 そこで大地を統べる意思により、罪源を形にして英傑に立ち向かわせた。

 大地を統べる意思?


「過去幾度か対峙しましたが、いずれも瞋恚の魔女すら倒せませんでした」


 いや、あれは普通に考えて無理だろ。俺の場合、運よく倒せたようなもので。

 だが俺の手により、それら罪源を排除したことで貴族の力も弱まったと。

 あ、そうだ。不明なものが。


「大地を統べる意思って?」

「この惑星が持つ意思です」

「星が意思を?」

「そうです。あなたの世界にあったガイア理論。それと似たようなものです」


 惑星自体があたかもひとつの有機体の如く振る舞い、環境や生命を維持するってことか。


「放置していれば人は滅びます」

「戦争で?」

「いえ。衰退です」


 民衆の活力が削がれて行けば、いずれ国家すら立ち行かなくなる。

 貴族だけで生きて行けるわけも無い。民衆が居てこそ国家も成り立つ。しかし、現状では貴族は民衆に目を向けることはない。結果、衰退ってことか。

 化け物も闊歩する世界だ。活力の無くなった人間なんぞ、無抵抗の草と同じで化け物に蹂躙される。そうなると貴族を守る存在も居ない。

 人類は消滅するってことだな。


「さて、話が長くなりました」

「今後はどうなるんだ?」

「あなたが生きている間は、そこかしこに専制国家は残りますが」


 いずれ消えると。

 残っても貴族制度の廃止で統治は民衆が行うと。

 まあ、元の世界でも専制国家はあったし、完全に消えることは無いのだろう。だが、多くは民衆による統治体制に移行し、自由と平等を掲げ発展する社会になる、のか?


「それもいずれ」

「俺は見ることが無い?」

「はい。その前にお迎えが来ますよ」


 だよな。俺だっていずれ年老いて死ぬ。どうなるかは見届けられない。

 のちの世代が住みやすい世界であればいいな。


「では、また」

「え」

「いずれ」

「い、いや。またって」


 微笑んだように見えたが、光が弱まり消え去ってしまった。

 またって何だよ? 終わったんじゃないのか?

 またも疑問を残して消えるし。毎回毎回、なんだこの消化不良感は。


 消えてしまったものは仕方ない。

 倒れている仲間を起こし危険の無い状態にしておかないと。あれは居なくなったが化け物は闊歩しているからな。

 幾らか後遺症の様なものは残る、と言っていたが何が残るのかは、起こせば分かることだろう。


 まず倒れているメイを起こすのだが、声を掛けても体を揺すっても起きない。ただ眠っているのとは異なり、夢を見せられているのか、眼球が細かく動いているのは分かった。

 仕方ない。

 叩き起こすってことで、微弱な電気ショックだ。


「エレクトリスク・ステー」


 ビクッと体が震えると状況が飲み込めないのか、暫し混乱状態だったが俺を見て「あ、あれ?」なんて言ってる。


「何を見ていた?」

「え」

「日本か、それとも」


 リアル過ぎる夢を見ていたと言うメイだが、日本で外国人に声を掛けられ抱かれる寸前、叩き起こされたようだ。

 勢いやってしまいそうで、しかし頭の中では拒絶の意思もあって、抗い難く体を許してしまう直前だったとか。

 今も体の芯が熱く気持ちが高揚しているとか。


「あのね」

「なんだ?」

「あの、抱いてみる?」


 要らん。なんてはっきり言うと傷付くから、今は混乱しているだけだから、冷静になってからの話だとしておく。

 とりあえず周囲に居る化け物のコントロールを頼んでおいた。倒れている仲間が即応態勢を取れる程度に回復しないと危険だからな。


 続いてソーニャを起こしクリスタを起こし、テレーサとミリヤムも起こすが、全員揃いも揃って発情中だった。まあ、彼女らはいつも通りと言えばそうなのだが。


「トールぅ、抱いてぇ」

「トール。少しだけ」

「あの、トールさん、疼くのです」

「捻じ込んで欲しい」


 宿に戻ったら、としておいた。

 ガビィを起こすと抱き着いて来て「トール様。慰めてください」じゃないっての。

 色欲の化け物だったからか、揃って性欲剥き出し状態だ。

 セラフィマを起こすと「溢れてしまうので、あなたに塞いで欲しいです」とか言ってるし。これもあとで、と言っておく。


 さて、クリッカとルドミラだが。

 クリッカもたぶん、だよなあ。ルドミラも推して知るべし。元より性欲旺盛だし。


「ぴぃ」


 クリッカは勝手に目覚めた。そのまま擦り寄ってきて股間を押し付ける有様だ。絶賛発情中ってことだが、ここで相手をするわけにも行かず宥める。効果は薄いが。

 最後にルドミラ。

 放置するかとも思ったが、それもどうかと思い起こすのだが、抱き着いて「トールさまぁ、我慢できません」とか抜かす始末だ。


 小一時間程度で全員夢から覚めたのだろう、冷静さを取り戻し何があったか聞かれる。

 ざっと説明すると「だからエッチな夢だったんだ」と納得していた。


「これで最後なんだよね?」

「分からん」

「まだあるのですか?」

「分からん」


 あれは「また」と言っていたからな。

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