Sid.48 事後報告が必要らしい

 青い魔石は自分で宛がってくれと言って手渡す。


「どのように宛がえば」

「胸元に」


 暫し魔石を見ていたが、意を決したのか胸元に押し付ける。

 青く光る魔石は宛がわれると同時に、輝きを失い無色透明の球となり砕けてしまった。手の中で割れたことで少し慌てているようだが。

 俺の時も透明になると同時に砕けたからな。


「あ、あの。割れてしまいました」

「それでいい」


 欠片を拾い集めておくが、そう言えばゴミ箱、と思っていたら部屋の片隅にあった。

 中へ放り投げておき、何か変化はと問うも。


「何も」

「何も?」

「はい」


 うーん。

 まあ、何かの際に何かしら発動したり、実際に力を使った際に効果を見て取れる、その可能性の方が高いか。

 俺の時は最初だけだが何かあったような気がする。瞋恚しんいの魔女が使った魔法を理解したのもそうだな。理解はしたものの一度も使ったことは無いが。

 まあ、特定の条件を満たさないと使えないし。

 二回目は、そうだな。何も感じることは無かったかもしれん。


「まあ、治療とかしてみれば効果を実感するかもしれない」

「ではその時まで」


 能力に関しては向き不向きもあろう。セラフィマは戦闘職ではないから、単純な強さでは示されないと思うし。戦闘特化の俺と生産特化のアデラ。

 そしてセラフィマは治療特化であれば、腕がもげても生やすことができたり。

 いや、さすがにそれは無いな。ただ、治療効果が高まっている可能性も。


 何やら俺を見てるが。


「なんだ?」

「あ、いえ」

「そう言えば電撃か雷系の魔法が使えるんだよな」

「意識せずでしたが」


 威力が増してるとか。と思ったが、攻撃系の魔法は物理化学の法則だ。理解していれば威力は増すものだから、魔石は関係無いな。

 新しい魔法、とも思ったが敵は魔法使いではない。となれば新しい魔法でも無いだろう。

 嫉視の剣士の能力を得れば戦闘が有利にはなる。とは言え訓練も無しに戦えるとも思えないし。あ、でも魔法無効だったな。対魔法戦では圧倒的に有利かもしれん。

 貪婪どんらんの道化師ならばあれか、反射だから治療特化の彼女の場合、怪我をしても自力で治しかつ、相手が放つのと同等のダメージを与えられる。

 傷を負うが最悪でも相討ち。なんか意味無いな。


「試すと言ってもあれだよなあ」

「なんでしょうか」

「魔石の主が持つ能力の一部」

「あの、それって」


 各々説明してみるが、結局は実践で試すしかないとなった。

 いずれ機会が訪れるだろう。

 あれの言い分だと目覚めるような、そんな感じだったが、違うじゃないか。


「あの」

「なんだ?」

「お休みしようとしていたのですよね」


 そうだった。

 なんか無駄に疲れたと言うか、精神的な疲労感だな。体は疲れていないのだがな。


「少し横になりたい」

「すみません。私の我がままで」

「いいよ」

「では、お邪魔しました」


 疲れているところ邪魔をして申し訳ないのと、礼を言って部屋を出た。

 セラフィマが部屋をあとにすると、ベッドに横たわりクリッカも隣で転がり、そのまま暫し寝ることにした。


 目覚めると羽毛布団。いや、羽毛は羽毛でもフェザーだからな、今ひとつな感触なんだよ。どうせならダウンの方が心地よいと思う。

 クリッカが黄色い瞳で俺を見つめていて、目覚めたと分かると「ぴぃぴぃ」と鳴きながら顔を擦り寄せてくる。甘えん坊だよなあ。可愛らしいけど。

 起き上がるとクリッカも起きて部屋の中をうろうろ。


「どうした?」

「ぴぃ」


 分からん。

 そうだ。もうソーニャたちはベルマンに着いた頃だろう。顔を出しておくか。

 ガビィに話をしないとならんし。


「クリッカ」

「ぴ」

「ベルマンに行くぞ」

「ぴぃ」


 身支度を整えロビーに行くとマデレイネが居る。俺を見て「あの、モンスターの集団は?」と聞いてくる。

 報告すっかり忘れていた。ああ、こういうところが元の世界で、係長止まりだった理由だろうな。必要な報告を時々忘れていた。報連相の「報」がよく抜け落ちていたからだ。

 ギルドに報告はないが偵察部隊からは、化け物がどこにも居ないと報告があり、それを領主のメイドから伝えられたらしい。警戒すべきか、それとも解除して良いのか。その判断はマデレイネに任されているそうで。

 一部兵士からは、ボロボロの冒険者が町に戻って来ていたと。一部冒険者からも、よれよれな冒険者がひとり居たとも。


「まさかとは思いますが、トール様がひとりで」


 受付に居るカーリンは何か知らんが頷いてるし。

 マデレイネなら領主に余計なことは言わないだろう。


「処理しておいた。報告し忘れて申し訳ない」


 目をしばたかせ驚いた表情を見せるが、現場を見ないと信じられないだろうな。

 信じてもらう必要は無いのだが。うっかりここ以外の誰かに話したりすると、領主の耳にだって入ってしまうだろうし。俺がやった、なんてのは知られる必要はない。どこかの誰かが、こっそり片付けた、で充分だ。

 そうでないと面倒極まりない事態になる。

 あ、門衛は知ってる可能性が高い。それでもひとりで、なんて思ってないと思いたい。


「真偽の判断は任せる」


 ほっとしたのか、肩の力が抜けた感じのマデレイネだ。


「信じます。トール様ですから」

「いや、意味が分からん」

「カーリンからも聞いてますしアデラさんからも」


 人を超越した神の如し存在だと。

 やめて、それ。中身はうだつの上がらないアラフォーオヤジだよ。ただ、体のスペックが尋常では無いってだけで。そのお陰で生き残れているに過ぎないのだから。


「領主様から避難指示を出すかどうか、でしたけど」


 出さずに済むと安堵している。


「それでですね」


 領主への報告が必要だが、化け物が集まっていた場所には何も無く、地面が溶けたかのような痕跡と、凍っていたことで何があったか。

 その報告も必要らしい。

 その場で化け物を排除できたのか、それとも逃げ出したのか。


「排除だと誰がやった、となるだろ」

「そうですね」

「じゃあ逃げ出した、でいいと思うぞ」

「理由を問われます」


 そんなの突然地面から溶岩が噴出した、とでもしておけばいい。大地の怒りに触れたのだろうでもいいだろうし。宗教が絶対の国であれば、神の御業でも通じるだろうけどな。もしくは神の慈悲によるものとしておけばいい。


「はあ……」

「粘性の高い溶岩だと盛り上がるが、粘性の低い溶岩なら広がるだけだ」


 水のように流れるから、その説明で辻褄は合うはず、と言うと納得したのか、してないのか。

 さすがに溶岩流の上を移動する化け物は居ないだろ。温度だって千度はあるのだから。フランマで燃える程度の化け物が、千度の溶岩流の上を歩けるわけがない。

 俺だって歩けないぞ。


「凍った理由は何と説明すれば」

「早朝の気温低下による放射冷却、とでもしておけばいい」

「え、あの、放射?」


 分からんのか。


「朝の冷え込みで凍った。そう言い張れ」

「え、あの」

「どうせ誰も立証できない」


 アデラは別だけどな。この世界の科学なんて、無いに等しいから誰も分からんだろ。


「あの、あとですね」


 昼間の如き明るさになった、とする目撃談が多数あると言う。


「地中のガスが噴出し引火した、とでも言っておけばいい」


 閃光と爆発音を同時に説明できる。威力が尋常ではなかったけどな。


「ガス?」

「燃焼する空気、とでも言っておくといい」

「分かりません」

「じゃあ、燃える水が噴き出して火が付いた、と推測します、と言えばいい」


 科学知識が無いのだから、何をどう説明しても領主如きに分かるまい。

 面倒な。どうせだから神様を信じてろ。そうすれば神の御意向だ、で済むだろうに。なんでこんな時だけ信仰心が無くなるんだよ。


「報告書を書くので、説明をもう一度お願いします」


 まじか。

 ギルドで報告書を書くから一緒にと言われた。

 ベルマンに行く予定だったが予定が狂ってしまう。今回はイレギュラーが多いなあ。何も進まん。

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