第157話 基本はここから③

 俺は興奮して中々眠れなかった。3時頃に目が覚めた。部屋の外の廊下(通路)から話し声が聞こえたので出てみると、いつもは薄暗い照明も今夜は煌々と通路を照らしていた。


 そして、深夜にもかかわらず、人が慌ただしく行き来をしていた。


「ギルドで聞いてきたけどどこも人手不足でダメだってー」

「折り紙が足りない」

「無駄使い出来ないからねぇ」

「でもこのままだと飾り付けがショボいのよ」



 あ、トマトのねえさんだ。ペコリと頭を軽く下げた俺に気がついて、ねえさんが猛ダッシュしてきた。



「カオさんカオさん、お花紙無い? お花紙! 持ってたらちょうだーい。後で別な物で返すからお願い」



 えっ?何?おはながみ? 鼻紙か?ティッシュの事か?

 よくわからんかったので、ひらがなでアイテムボックスで検索したら幾つかの色がヒットした。



「あ、何色……を?」


「えっ!あるんだ! さすカミ!」



 えっ?鼻紙じゃなくて、刺す紙??



「あるだけ頂戴。全色!お願いー!」



 刺す紙を?鼻紙を?どっちだ?



「お花紙、全色で」



 にこりと笑うねえさんの迫力に、とりあえずひらがなでヒットした数種類の紙を出した。



「ありがとねー」



 ねえさんは去って行った。通路は忙しそうに通り抜ける人がたくさんいた。

 着替えたマルクが顔をだした。キヨカも隣の個室から出てきた。



「今朝は今から打ち合わせがあるので朝食は別になります。申し訳ありません。10時の病院での開通宣言には参加しますので9:30にはここに戻ります。連絡も入れますね」



 キヨカも忙しそうに去って行った。



「マルクも打ち合わせはあるのか?」


「ううん、僕はもう昨日打ち合わせた。朝ご飯一緒に食べて病院行くまで一緒に居る。ご飯の後に、翔ちゃんちのエントの水やりあるから父さんも一緒に来て?」


「ああ、いいぞ」




 朝食後にカンさんちへテレポートした。

 相変わらず、エントが凄い事になってるなと思いつつ、マルクの水やりを眺めていた。


 倉庫内の細いエント、子供エントだろうか、マルクはそれらにシャワワワーっと柔らかい水をかけてやってた。


 庭に出て母家を取り囲む立派な大木エントには、ジョボボボと太い水を上に向けて放水していた。

 いつの間にかジャバ水までマスターしていたのか。


 母家と離れのエントの水やりを終えると、門の外の道路へと出た。


 あれっ?先日見た時は電信柱くらいの間隔で並んでいたと思ったが、やけにこっちに距離を詰めていないか?

 桜通りとか銀杏通りとか名付けたいな。エント通り……。


 杉田すぎたのじっちゃんちの方へ、エント通りを水やりしながら進む。マルクが水やりをした後ろから俺がライト魔法をかけていく。


 気のせいかな。エント通りが長い……。村中のエントがこの通りに集まって、ないよな?

 ようやくじっちゃんちに到着。


 おっと、もう9時を過ぎてしまった。急いで戻ろう。

 部屋に戻って着替えた。


 実はタウさんから、ウィズの正装で、と念話をもらっていたのだ。正装がどれなのかわからないが、と言うか選べるほど装備は持っていないのでいつものウィズの服になった。勿論マルクもだ。


 マルクはウィズのローブやマントが良く似合う。うんうん。

 実はマルクには内緒で、養老ようろうじいさんにエントでつえが作れないか頼んであるのだ。


 何しろ養老ようろうじいさん達は75だし?エントで弓矢を作れるくらいの腕前だからな。マルクの誕生日までに出来るといいなぁ。

 因みにマルクの誕生日は1月1日、元旦にしている。それは彼方の世界に居た時からだ。


 彼方の世界には『誕生日』と言う概念は無かったし、マルクは孤児で本当の年齢はわからない。

 なので、やまと家では毎年新年に子供達の誕生会を行っていた。


 間に合えば、この年明けにマルクにつえを贈れるだろう。が、良い物をじっくり作ってもらいたいので、間に合わなければそれでもよし。




 そうこうしている間に、トンネル開通式が始まった。

 タウさんの短い挨拶の後、まずは病院側から皆がゾロゾロとトンネルを進んで行く。


 通路は、途中の明かりは勿論の事、休憩ベンチや何かの際の避難室もある。

 結構長いな。そうだな、地上でもそれなりに離れていたからな。


 病院の地下には、このトンネル用のカートが用意されている。独り用、2人乗り、4人乗り、10人乗り。動力は原付程度だそうだ。よくわからんが、そこまでスピードは出ないそうだ。勿論、1〜2人用はそこそこスピードが出る。


 ゾロゾロと10分ほど歩いて地下トンネルを満喫したあたりに、10人乗りのカートが運転手付きで5台、スタンバイしていた。

 それぞれに乗り込みトンネル内を進んで行く。


 徒歩用の道は、カート用よりも高くなっており、ガードレールも付いていた。

 通路が大きく開けた場所に出る。どうやらトンネルは筑波山つくばさんの洞窟に出たようだ。


 第2.5拠点、こちらの洞窟拠点はまだ入居は始まっていない。大まかな個室造りのみだ。

 それらの扉が並ぶ大通り(大通路)をカートが進んで行く。


 途中幾つかの交差点もある。こちらの洞窟もこれから発展していくのだろう。

 それらの風景を見ながらカートは大通路をどんどんと進んでいった。



 行き止まりに到着した。そこで全員が降りた。



 トンネルの最前に居たカンさんが土の大精霊に指示を出すと、精霊が魔法を使い、トンネルが彼方側に繋がった!


 彼方で待っていた人達から歓声が上がり、こちらもそれを追うように拍手と歓声があがった。



「カンさん、お疲れ様! タウさんお疲れ様!」

「カンさんお疲れ様です」

「タウさん、大変でしたね」



 カートから降りた者達、彼方側から来た者達に、カンさんとタウさんはもみくちゃにされた。

 勿論、俺たちもその中に居てカンさんらに感謝を告げた。


 そこからは洞窟を歩いて移動だ。病院側に居た者達には初めての洞窟拠点だ。

 観光客の団体さんのように、先頭で旗を持った女性が洞窟内の施設を案内していた。勿論今日限りではあるが洞窟大通りで洞窟祭が開かれている事も説明があった。


 俺たちは第1拠点の洞窟で、祝賀会に突入した。既にクラブやサークルの発表会や展示会は始まっている。

 そこからはもう自由に皆が楽しんだ。


 実は今回、反対派も少ないながらに洞窟内に存在した。


「助かった自分達だけが楽しむのはおかしい」

「このご時世に不謹慎だ」

「そう言う事は他の者を助けてからすればいい」

「自己中じゃないか」

「はしゃいでいい世の中ではない」



 気持ちはわかっている。みんな理解しているよ。タウさんもカンさんもミレさんもアネさんもゆうごも。

 その家族らも、この村で、茨城で一緒に頑張って来た者も、みんな解ってるよ。


 その声をあげている人の苦しさを、みんな解ってる。


 だけど、ひとりが死んだら全員が死ぬまでお通夜でいなければならない、その意見には反対だ。

 死んだ人を思い静かに耽りたい人にまで、無理に騒ごうとは言っていない。静かに悲しみたい人の自由があるように、前向きに楽しむ権利もあるのだ。


 このお祭りは1日だけ。また明日から『頑張る日々』が始まるのだ。その為にも必要だと思う。

 でも反対派を責めるつもりもない。悲しみをどうにもしてやれない。


 ただ、自分の悲しみを見ず知らずの他人、しかも子供に八つ当たりをしている現場に出会した。

 屋台でたこ焼きを買っていた子供に怒鳴りつけてたオヤジがいた。



「スリープ」



 うん。お休みいただいた。ぐっすり寝て明日から頑張ってな。警備係に声をかけて休憩室に突っ込んでもらった。

 半泣きだった子供達は、その後マルクと一緒に屋台を回って色々とご馳走した。


 この子達は、親御さんと生き別れた避難民の子供達だ。あの災害で親が生きているのかもわからない。なのに一生懸命洞窟の生活に馴染もうと頑張っている。


 警備員の話では、さっきのオヤジも災害で家族と死に別れたらしい。だからって、無関係の者に、しかも年端のいかない子供に当たって良いわけはない。


 警備員に相談して、あのオヤジには場所を移動してもらうよう計らってもらった。

 だが、場所の移動は一時凌ぎだ。なんらかのルールが今後は必要なのかも知れない。



 予定されていたマルクのクラブの発表会も見た。キヨカのクラブでもご馳走様になった。

 それ以外も気になったクラブを3人で回った。

 翔太しょうたは久しぶりにカンさんにくっ付いて回っているそうだ。


 そう、ファンタジックBONSAI……、アレは凄い。小さな宇宙から、巨大な惑星まで、盆栽って奥が深いなぁ。

 しかも、しかもだ。どうやっているのか盆栽が動いているのもあった。メカBONSAI?



 何か凄く楽しい1日だった。



「父さん、凄かったね。楽しいね。またあればいいのに……」


「定期的に開催して欲しいと嘆願書をギルドに出してみましょうか」



 マルクもキヨカも楽しめて良かった。



「そうだ、父さん、洸太こうた君も生活魔法クラブに入ったんだ」


「えっ? 洸太こうたは病院拠点に住んでるだろ?クラブには通えないんじゃないか? いくらトンネルで繋がっても遠いだろう」


「あ、カオさん。ゆうごさんと大地だいちさんが、家族と一緒にこっちの第1拠点へ引っ越して来たんですよ。ゆうごさんはお婆さんと、大地だいちさんはご家族、親戚共々です。それで洸太こうたくんがクラブに入ったんですよね」


「うん、そうなの。ほら、うちから直ぐ先の交差点を右に曲がったとこ、あそこに居た5軒分くらいが引っ越したんだって。それでそこに来たって。すぐ近くだね」



 驚いた。ゆうごがそんな近くに来たのか。婆ちゃんの具合も良くなったのか?



「交差点の先に居た人達、病院拠点に知り合いが居るのがわかって、彼方あちらに越したいってギルドに出していたんですって」


「へぇ、そうか。良かった」



 いや、良かったか?洸太こうたが毎晩「セーレー見せてー」って訪ねてこないよな?



「大丈夫ですよ」



 俺、口に出してないのだが、キヨカにニッコリと笑われた。

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