第21話 第二波【10:09】カオ

 ----------(カオ視点)----------


 6、7、8、9と非常階段の開いている扉から中へと入り、フロア内に避難を呼びかけていく。しかし、長居はしない。申し訳ないが全員を説得している余裕はない。声かけだけしてすぐに次のフロアへと急ぐ。


 水位は追いかけるように迫ってくる。10階あたりで前を上がっている人達に追いついた。階段の途中で詰まっていてスムーズに進まないようだ。


 押し合いながら登って行く人が左右に分かれていた階段の中央に座り込んでいる男性を見つけた。階段に俯せるよう屈んでいた男性は容赦なく両脇からぶつかられて、立ち上がる事が出来ないようだ。


 残されたその人へと近寄って声をかける。



「大丈夫ですか? 立てますか? 急がないと下から水が来ます」


「…………、いん、です」


「えっ?」


「……いいんです、置いていってください! 杖を落として、周りの人に蹴られて杖がどこかに落ちて行ってしまって。拾いに行けない。僕にはもう無理なので置いて行ってください!」



 どうやら足が不自由で杖を常用している人らしいが、階段で押されて杖を無くしたらしい。


「俺が背負いますから一緒に逃げましょう。背中に乗って!」



 その男性の横にしゃがみ込み背中を差し出した。



「え、でも……」


「いいから乗って! 俺は背負うの得意ですから! 背負い慣れてますから大丈夫!」



 自分でも何を言ってるのかわからないが、兎に角とにかく時間が無い。背中をグイグイ押しつけて、その人が背中に触れたのを感じるや否や、無理矢理背負い込む。



「うっしょお! ほらね?」



 何がほらねか解らないが、右側の手すりに沿って階段を上がり始める。相変わらず館内のアラートは鳴りっぱなしだ。

 勢いよく駆け上がっているとすぐに前の団体に追いついた。


 非常口から出てきた人で階段は埋め尽くされ、体力のある若い者はどんどんと階段の中央を進んで行く。残されためったに運動をしない者や高齢の社員が両端の手摺に捕まりながら荒い息で何とか登っている。



「どこまで上がればいいんだ?」

「この辺までくれば大丈夫じゃない?」



 少し上の方から幾人かの会話が聞こえた。時計を見たかったが背負っているのでスマホが見れなかった。


 おそらく、10時すぎ……くらいだろうか? いや、全く解らん。どこかに落ちた隕石落下の衝撃波で、水は9階まで来るほどの津波があったのだろう。いや、わからんが。タウさん……、カンさん、誰か教えて。俺どうしたらいいの?


 いや、戻ると決めたのは自分だ。自分で判断して行動をせねば。どうもこの10年、周りの人に頼るくせが付いたな。

 と言うか、山さんにしろ、あっちゃんにしろ、タウさんやカンさんやパラさん達にしろ、頼れる男(あっちゃんは女性だが)が多かったからな。


 異世界に転移する前の自分は49年、ひとりで生きてきたはずだ。いや、49年は違うか……、上京して20年ひとりで、か?



 と、ダラダラと取り止めのない事を考えたのは、前が詰まって進まなくなったからだ。



「おおーい、上がれるだけ、上がってくれ! 水は9階を超えたぞ?」



 上に向かって叫ぶと、幾つか声が反応したように帰ってきた。



「前が詰まってるからこれ以上は登れない」

「水は止まったんじゃないか?10階以上ならもう安全だろう」



「上に伝えてくれ! もっとどんどんと登るように!」



「もっと上がれってさー」

「もっと上に上がってくれー」



 伝言が上に向かっていたその時、2度目の大きな衝撃波がビルに体当たりをしたようだ。



ガガガガガガガッ!ガッシャアアアアアアンガガガガッ!!!



「キャアッ」

「わああああああ」

「キャアアア」



 俺らのすぐ前で階段を登っていた女性が、衝撃で足を滑らせ落ちて来た。

 俺は右手で手すりを左手は後ろで背負った男性の尻を支えていたので、落ちて来た女性を身体で受け止めた。


 女性の上からも数人が階段から落ち、俺たちにぶつかって止まった。危機一髪。心臓がバクバクと早鐘のように打った。


 ビルはさっきより大きくたわんで揺れていた。


 下の階まで迫っていた水が突然、下がり始めた。何故だ?と、その時、東日本の震災の映像が浮かんだ。海岸線の水が一度引き、そしてより大きな津波がやってきた。


 水が引き、もっと大きな津波が…。



「登れぇぇぇ! もっと津波が来るぞっ! 急げえええ! 登れ登れ登れ!」



 俺は落ちて来た女性を立ち上がらせ、右の手すりを握らせる。



「歩けるかっ?」



 女性は腰が抜けたように膝から下に力が入らないようだった。



「捕まれ! 早くしないと水に追いつかれる!」



 そう言って女性の左腕を掴んで階段を引き摺るように登った。



--------------------------



 9:50、隕石が最初に地球に落ちた地は中国であった。

 9:53、衝撃波は日本(都内)から見ると北西からやってきた。日本海側の沿岸は津波に襲われたが、太平洋側に位置する都内を襲った津波は中国からの衝撃波とは無関係であった。


 大気圏突入でも燃え尽きなかった細かい隕石が、太平洋側に幾つも落下した。

 燃え尽きない程度の大きさはある隕石が、太平洋に幾つか落下した。

 それらが起こした津波がぶつかり合うたびに巨大化して日本へと到着した。


 10:09、中国へ落下した物と同程度の大きさの隕石がメキシコ近辺に落下。その衝撃波は、遮る物のない海上を滑り日本の太平洋側へと到着した。それを追うように巨大な津波も。


 高さ30m以上の波は土地の低さによっては街ごと沈めてしまった。

カオの働いていたビルも12階あたりまで水が上がってきた。


 小さい津波は何度も押し寄せてきた。

 日が暮れた頃には10階あたりまで水が引いたがそれ以上は引かなかった。非常階段には沢山の社員が座り込んでいた。





-------------(カオ視点)-------------


 2度目の大きな衝撃のあと、非常階段を15階まで登った。

 一旦引いたと見せかけた水は、12階と13階の間の踊り場まで来て止まった。


 だがいつまた揺れや津波が来るかわからない。出来るだけ上へ上がるように言った。

 B2の警備室の古池さんが上から降りて来た。



鹿野かのさん、無事だったか」


「ああ。古池さん、上はどうなってる?」


「階段は38階まで、上がれる者は上がってもらった」


「このビル、40階だろ?屋上へは出られないのか?屋上からヘリで救出になるんか?」


「それが、屋上はちょっと特殊で鍵を持ってる者がいないんだ。ここ以外の非常階段の方に居てくれれば良いが」


「脱出しやすいように階段にいる人たちを39、40階に上がってもらってはどうだ?」


「それが、39、40階も入れん。役員専用フロアでそこも特殊なパスワードやキーが必要だ」


「中から開けて貰えばいいだろう?」


「それが……、いないんだ」


「ん?誰が?」


「役員が。全員、ひとり残らず、誰もいない」


「えっ? はぁぁあ? いや、だって、今日は偉い人の説明があるからって社員全員が出勤になったんだよな?」


「そうなのか? 俺ら警備は通常通りなので知らなかった……が、確かに、最近の社員の出勤が減っていたのに、今日は久しぶりにいつもの混雑だって話したな」


「で、社員には全員出勤させて、偉い人は休みぃ?」


「うむ、知らんがそうなのか?」


「で、入れないと。あ、秘書の人とかはいるんじゃないか?偉い人に秘書は付き物だろう」


「ああ、なるほど。重役室勤務秘書か、捜してみる」



「あ、待って待って、古池さん。重役室は兎も角、上の方の他のフロアに避難させて貰えばいいんじゃないか?35〜38階くらい」


「……それがだな」



 古池さんが眉を寄せて渋い顔になった。



「フロアへの扉を開けてくれんのだ」



 へっ?どゆことだ?非常階段からフロアへ入る扉を開けない?階段側からは扉のパスを知らんと入れないようになっている。侵入者を防ぐためだ。

 だが、今は非常時で、しかも同じ会社で働く社員だぞ?何故開けない?



「各フロアに防災用の水や食糧やらがあるだろう? それは、そのフロアで働く人数かける7日分が用意されているんだ。もしもフロアの人数が増えたら……なっ?」



 つまり、7日分の自分達の食糧を他の者に分けたくないって事か?

 いや、うん、まぁ、気持ちは解るが、いや、うぅむ。



「16〜38階まで全部のフロアがか?」


「全部ではない。いくつかのフロアは開けてくれている。主に下の方だな。16、17、18階はフロアへの扉を開けてくれた。しかし、東西南北どこの事務室もガラス破片と、その、亡くなった人やかなり重症の人だらけて、中央の廊下はいっぱいなんだ」


「ああ、そうか。場所の問題もあるのか。13、14、15階はロックされてないフロアだから入れるは入れるが……、今は12階まで水が来ている。止まってはいるが、また揺れや津波が来たら13〜15も危ないかも知れないな」


「13…食堂に、14階のカフェと休憩室、15階の健康管理センターか。水さえ来なければそこが残ってくれてラッキーなんだが。特に健康管理センターだ。ちょっとそこに行ってくる」



 そう言って古池さんは15階へと向かった。

 15階健康管理センター。健康管理センターと言っても、ただ健康診断をするだけの施設ではない。通常の病院と変わりない設備だそうだ。

 内科、外科、整形外科、眼科、耳鼻咽喉科、歯科、心療内科などが揃っていて、仕事中に具合の悪い者はそこで見てもらえる。ただし社員のみなので、派遣は論外だ。派遣は会社の外の病院にかかるように言われていた。



 俺は背負っていた男性を18階のフロアまで運び、非常階段のそばの廊下に下ろして座らせた。物が散乱している事務フロアから椅子を探して持ってきた。脚の悪い人は椅子がラクだと聞いた事があったのだ。そう、ムゥナの街で一緒に暮らしていた教会の孤児の子だったキールだ。10年で足はだいぶくなっていたようだったな。


 こちらに戻ってまだ2時間も経っていないのに、もう懐かしく感じている。マルクの楽しそうに笑う顔が浮かんで、その顔が直ぐに怒った顔になった。

 置いて来た事、後悔するな、俺よ!



 気を取り直して、18階から22階へ向かった。


 どうなっているんだろうか?22階……。

 さっき8:50の時点では普通に机も棚もあった。

 でも9:50には22階はあっちの世界に行くんだよな?行ったんだよな?


 俺個人の防災グッズが大量にしまってある22階の資料庫、あそこどうなっているんだろう?


 そんな事を考えながら階段を登っていたら、あれ?


 21Fの次が、23Fになっていた。

 21階の次が23階に……。これ、考えたらダメなやつだな。



「22階……」



 俺がボソリと呟いた声が、すぐ近くの階段に座っていた女性社員の耳に入ったようだ。



「あ、それねぇ、やまと商事の七不思議のひとつだよね。造られた当時から22階が無いんだってぇ」


「夜中の25時に現れるって聞いたよ?でも22階に迷い込んだらもう戻って来れないんだって」



 おおう……。22階、事務統括本部が、会社の七不思議にされとる。


 俺は23階まで上がり、階段の空いている場所に座った。

 そうだ、タウさんから、戻ったら色々確認をしろと言われていたんだ。

 スマホを取り出してメモ帳を開く。


 え〜、何々、まずはステータス画面が出るか。

 心の中で「ステータス」と唱えた。


 ビイィンと半透明の画面が目の前に出た。


 出るんだ。ってか、現実の日本に戻ったのに『ステータス』があるのか。



名前 鹿野香かの かおる

年齢 39

職業 WIZ ELF DKN HKN

スキル 魔法 精霊魔法 派遣魔法

                   ▶︎


 年齢が39とはこれ如何いかに???

 49歳で異世界に転移して、その時に何故か10歳若返り39歳に。

 そしてあっちで10年過ごして49歳になった。戻るのに10年巻き戻るとか言ってたからそれで39歳に?

 元は49歳なのに???


 これも、考えたら負けなやつだな。うん。


 右下の三角アイコンを視線で押すと、画面が切り替わった。


フレンド

マップ

アイテム

パーティ

クラン


 何となく解ってはいたがボタンを押してみる。

 はい。フレンドもパーティもクランも空欄でした。友達がいないのでは無い!と……、今はいないか。


 マップは、開かなくていいや。方向音痴にとって地図は役に立たない。それにあちらの世界と違い地球には魔物なんていないからな。開いたってどうせ黄色い点だらけだろう。


 そしてアイテムのボタンを見る。どっちだろう……。入っているか空か。フレンド一覧やクラン一覧がクリアされたように、アイテム一覧もクリアされてしまったか。


 それとも……。

 ステータスが見える事自体が奇跡だ。向こうに転移した時の物資は入っているかもしれない。


 ゲームキャラが身につけていた武器防具……。

 それとも、異世界に転移した日に22階の資料庫のマイ防災グッズやらを収納した物も入っているか?

 もしくは、向こうで10年間に貯め込んだアレコレが、入ってくれていたら物凄く嬉しいが。



 ドキドキしながらアイテムのボタンを押す。


 一覧がビロロンと広がった。……これは!今まで貯めた数々の品!


 ヒャッホォイ!

 一気にテンションが上がった。


 一旦深呼吸をして自分を落ち着ける。スマホのメモを見てタウさんの指示の続きを読む。



 ええと、もしもステータスがあった場合……、アイテムの確認と、それから?魔法が使えるか?

 いや、今ここで使うのは不味い。周りに人がいるからな。


 で、次は、ブックマークをしてみる?

 おお、そうか、なるほど。


 『ブックマーク、やまと商事23階非常階段、っと』



 おおお、ブックマークが出来た。って事は?もしかすると、テレポートも出来るのか。くぅぅ、魔法使ってみてえ。

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