第2章 出発
今夜は月が半分欠けた夜だった。村の皆が寝静まった時、ローバートとヒガンバナは旅立った。
鬼は山頂にいる。だからローバートとヒガンバナは山頂を目指して山を登っていた。
険しい坂が続く山をヒガンバナは一定の速さで歩くが、ローバートは大分進んだところで足が鈍くなった。
「疲れたか?」
「平気」
「私は疲れないが貴様は」
「平気だと言っているだろう!」
そう叫んだ瞬間、ローバートはその場にしゃがみこんでしまった。
つい強がってしまった。本当は限界値を下回っているのに。
早く鬼のもとへ辿り着きたい。焦る気持ちとは裏腹に体が追い付かない。
悔しい。
そんなローバートを見たヒガンバナが言う。
「そこの洞窟で休むとしよう」
ヒガンバナは洞窟の入り口付近に座っている。
ローバートは洞窟の奥で横になっていた。横になった途端、急に眠気が襲ってきた。だが、ローバートは目をこすって眠気に耐える。
「眠りなさい。その間、私がここを見張る」
「でも」
「眠りなさい」
不思議なことに、ヒガンバナの声を聞いた瞬間、ローバートは強い睡魔に襲われた。一度閉じた目は全く開かず、そのまま眠りについた。
*
ローバートが眠りについた途端、風がざわついた。
ヒガンバナは彼の寝息が深いものになったことを確認した後、立ち上がる。
すでに複数に囲まれている。
月明りが照らしたこれらをヒガンバナはじっくり観察する。
ヒガンバナの背より遥かに高く大きい。顔には鼻が3つ、口が2つ、目が8つ。蜘蛛のような体、その背中には睡蓮が咲いており、足には鋭い棘がびっしり生えていた。ヒガンバナはとっさにこれらが〈蟲〉だと理解した。
「手を出させるわけにはいかぬ」
ヒガンバナは軽く地面を蹴ると、〈蟲〉の群れを飛び越えた。〈蟲〉はヒガンバナを追いかける。ヒガンバナは洞くつから距離を取った場所に〈蟲〉をおびき寄せると振り返る。
〈蟲〉は棘が生えた足をヒガンバナに突き刺そうと振り上げる。ヒガンバナは軽く飛んで〈蟲〉の背に乗る。ヒガンバナは睡蓮が咲いていない〈蟲〉の背中に手を置いた。
「悪い」
次の瞬間、ヒガンバナの手が変形し、〈蟲〉を貫いた。
背から頭を貫かれた〈蟲〉はその場に倒れる。
ヒガンバナは実体を持たない、生き物が持つすぐれた力を畏怖する気持ちが具現化したものだ。それゆえに、ヒガンバナは生き物が持つすぐれた力――異能力に干渉することができる。だから生き物から異能力を吸い取り、ヒガンバナに移して自分のものにすることも、誰かに異能力を授けることも可能だった。
ヒガンバナは夜通しで〈蟲〉を退治し続けた。そして、全ての〈蟲〉を退治し終わった時にはもう朝日が昇っていた。
「……目覚めていたのか?」
後ろを振り向くとそこにはローバートが立っている。ローバートはヒガンバナの姿を見てハッと目を見開いた。
「ヒガンバナ……怪我している……」
正確には布が破け、ざっくりと表面が裂けているだけだった。
ヒガンバナは裂けた部分に手を当てる。すると、布を含めて元通りとなった。
「問題ない。先に進むとしよう」
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