第1章 召喚

「汝、闇の帝王よ。我の前に姿を現せ」


 線一本たりとも間違いが許されない。正確無比な魔法陣の中心に置いた蝋燭に灯りをつけ、何度も何度も同じ呪文を唱える。


「汝、闇のて」


 突然、炎が青く光った。青い炎のあまりの眩しさの青年――ローバートは一瞬だけ目を背ける。

 次に視線を戻した時、青い炎が消えた闇の中に何かの気配を感じる。

 ローバートは傍においていたランプに火を灯し、正面に掲げた。


「!」


 魔法陣の中央に人が立っている。否、正確に言えば人の形をした悪魔だ。

 顔から足まで黒い布で覆った不気味な悪魔は言う。


「私を呼んだのは貴様か?」


 纏う雰囲気は禍々しいが、声は悪魔とは思えない透き通ったものだった。

 ここまで来たからにはひくわけにはいかない。

 ローバートは合わない歯の根を噛みしめ、声を振り絞る。


「どうか……」


 ローバートの両頬に涙が伝う。


「どうか! 妹を助けてください!」


 ローバートが住んでいる村は鬼に支配されている。

 言い伝えによると、鬼は山頂に住み、気を悪くすれば村に災いをもたらした。

 だが、鬼のために女を一人生贄にすることで、鬼は村を襲わなかった。

 生贄になる女は鬼が選び、選ばれた女の腕には花の文様が浮かぶ。

 今回、鬼の生贄に選ばれたのがローバートの妹――カレンだった。

 村の誰もが、カレンが生贄になる運命に逆らえないと思った。しかし、カレンはだけは違った。


「妹は一人で鬼を殺すつもりだ」


 鬼に村が守られていることもあり、誰も鬼を殺すことはしなかった。むしら鬼を殺せば村に何をされるか分からないから、誰もが鬼を殺すことに反対した。だが、カレンは己の運命に抗おうとした。


 どうせ死ぬなら運命を受け入れて死ぬより、精一杯抗って死にたい! 

 自分の運命を誰かに握られたまま死ぬのは嫌だ


 カレンはそう言うと鬼と戦うために過酷な訓練した。長い髪は邪魔だと、年頃の12歳のカレンは美しかった黒髪をばっさり切って短くした。すぐに脈が狂って倒れても、カレンは一人で戦うために訓練を続けた。生贄になる3日後までに、カレンは鬼を殺す準備を着々と進めていた。


「僕はカレンには死んでほしくない」


 だからローバートは決意したのだ。カレンの代わりにローバートが鬼を殺す、そのためには鬼のいる山頂に行く。だが、ローバートが単身で行けば鬼を殺す前に殺されてしまうだろう。

 そう、鬼の配下、〈むし〉によって。

〈蟲〉は山中に棲む凶悪な怪物だ。昔から存在しており、言い伝えによると〈蟲〉はとても醜悪な姿で人を喰うそうだ。

 鬼を殺すためには〈蟲〉の攻撃を避けなければいけない。だが、万が一〈蟲〉に遭遇した場合を考えて、ローバートはより強い何かに同行を頼む必要があった。最も恐ろしいとされる悪魔ならきっと〈蟲〉に対抗できる、と。

 ローバートは心臓に手を置く。

 

「僕の魂でも何でも支払う! だからどうか!」


 カレンを助けるためにどうか、とローバートは頭を下げた。


「頭を上げよ。何か勘違いされているようだ」


 悪魔の予想外の言葉に、ローバートは頭を上げて首を傾げる。


「私をそこらの低頭な悪魔と一緒にするな。私はもっと高等で高尚だ」

「?」


 悪魔は足音もなくローバートに近づくと、胸につけていた赤い薔薇の造花を手に取る。


「貴様の魂などいらぬ。もし、何か支払いたいのならこれを頂こう」

「それでは……」


 その時、風が吹き、悪魔を覆っていた布が飛んでいく。布がとれて現れた顔にローバートは目を見開いた。

 悪魔の顔となる部分にたくさんの彼岸花がびっしりと植えられていた。 


「私はヒガンバナ。貴様の望みに応えよう」


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