第27話 夕食の場での暴露

 マリアンヌとのお茶会が開催された悲劇の日から三日が経った。


「………………」


 サナは、物陰からアルベルクを眺める。彼の隣には、マリアンヌ、そしてトリンプラ侯爵がいた。真剣な面持ちをしていることから、何やら話し込んでいるらしい。


「早いところ弁明してはいかがですか?」

「ひっ!」


 背後から小声で話しかけられたせいで、驚いた声を出してしまった。口元を押さえ、アルベルクが振り返るよりも前に、なんとか柱の後ろに身を隠す。少しの沈黙のあと、再びアルベルクの話し声が聞こえてきたため、バレずに済んだらしい。危ないところだった。


「きゅ、急に話しかけないでちょうだい……!」

「申し訳ございません。ですが、旦那様を物陰から見つめるようになってから既に三日が経過しております。時間が経過すればするほど、気まずくなってしまいます。早いところ事情をお話ししてはいかがでしょうか?」


 エリルナの助言に、サナはぐうの音も出ず、俯く。


「あ……」


 エリルナが声を漏らす。彼女の視線の先を追うと、アルベルクとマリアンヌがふたりきりで話していた。いつの間にかトリンプラ侯爵がどこかに行ってしまったらしい。


「今晩、お食事の場でお話ししてみてはいかがでしょうか?」

「……そうね」


 サナはエリルナの助言を受け入れることとした。そして意を決して、柱から姿を現し、アルベルクとマリアンヌに近づく。


「サナ、」

「お話し中失礼いたします。アルベルク様、今晩、お食事をご一緒したいのですがよろしいですか? よろしいですよね? では、また後ほど」


 アルベルクとマリアンヌに話す隙を与えぬまま、一方的に会話を終わらせたサナは、頭を下げてエリルナと共に立ち去ったのであった。




(それで、どうしてこうなったわけ?)


 食卓の間。サナは笑顔を張りつけた裏側で、憤怒ふんどまみれた顔をしていた。食卓には、彼女とアルベルクだけでなく、トリンプラ侯爵とマリアンヌもちゃっかり座っているからだ。

 確かにふたりきりで話したいことがあると言わなかったサナにも非はあるが、夫婦水入らずの時間にトリンプラ侯爵とマリアンヌが入ってくるとは思わないだろう。しかし後悔はつのる。やはりしっかり「ふたりきりでお願いします」と言っておくべきだった。


「エルヴァンクロー公爵家のお食事は本当に美味しいですわね。あと少しでこの生活も終わってしまうなんて……。本当に毎日食べたいくらいですわ」


 マリアンヌは頬に手を添えてうっとりとしながら、食事を味わった。彼女の言葉に違和感を覚えたサナは、フォークとナイフを握りしめて彼女を凝視する。

 毎日食事を食べたい。つまり、エルヴァンクロー公爵家に嫁いで、死ぬまでここにいたいということだ。


(あなたの味噌汁みそしるを毎日食べたいというプロポーズと似た手法ね)


 マリアンヌがサナの視線に気がつき、勝ち誇ったように微笑んだ。苛立ったサナは、負けじと口を開く。


「お褒めに預かり光栄です。ありがとうございます。ですが、エルヴァンクロー公爵家の食事を羨ましがるということは、もしかして、トリンプラ侯爵家のシェフは腕が悪いのですか?」


 マリアンヌが手を止める。


「トリンプラ侯爵。侯爵の愛娘であらせられるご令嬢は、侯爵家のお食事に満足されていないようですので、優秀なシェフを新たに雇ってはいかがですか?」


 サナはマリアンヌから視線を外し、トリンプラ侯爵に笑いかける。


「公爵夫人。トリンプラ侯爵家のシェフをはじめ、使用人は皆優秀ですわ」

「あら、そうですか? 令嬢に満足のいくお食事が提供されていないのではと心配になったのですが」


 サナの言葉に、マリアンヌは下を向き、肩を震わせ始める。


「マリアンヌ、どうした……?」

「……お父様っ」


 マリアンヌは顔を上げる。彼女の目からは、涙が溢れていた。透明の涙がポロポロと頬をつたい、ドレスの上へと落ちていく。


「公爵夫人っ。以前のお茶会から、公爵夫人に嫌われているのだと理解しておりましたが……私だけでなく、侯爵家に仕えてくれている使用人たちまでバカにするなんてっ……あんまりですわ……!」


 マリアンヌはレースのハンカチで目元を押さえながら、悲痛に訴える。

 またも彼女のペースに呑まれてしまった。完全にサナが悪いという状況に、サナは深々と溜息をつく。肩にかかったローズブロンドの長髪を払い除ける。


「トリンプラ侯爵令嬢。被害者ぶるのも大概にしていただけるかしら?」


 刺々とげとげしい一言に、マリアンヌが固まる。出かけていた涙がスッと引っ込んだ。


「以前のお茶会でも、私はあなたを打ったこと以外、悪いことはしておりません。それにその平手打ちでさえ、正当なものであったと認識しております」

「なっ! 娘を打ったことが正当なものと仰るのですか!?」


 トリンプラ侯爵が立ち上がり怒りをあらわにするが、アルベルクに睨まれたことにより、どっと冷や汗を流しながら、大人しく腰掛けた。


「トリンプラ侯爵令嬢がアルベルク様とのことであまりにも私にマウントを取り、牽制なさるものだから、時が経てばその行いがいかに愚かか分かるだろうと申し上げたのです。そしたらトリンプラ侯爵令嬢はこう仰いました」


 ルビー色の眼が冷ややかに細められる。


「妻としての役目、後継者を作るための夜の行為もまともにできない公爵夫人が愚かで哀れでは? と」


 サナの暴露ばくろに、アルベルクとトリンプラ侯爵が瞠目した。

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