第7話 公爵夫人の役目だから

 アルベルクのエスコートを受け、食卓の間に向かった。

 目の前に広がる豪勢で美味な食事。すぐ傍にいるアルベルク。サナはひとり呆然としていた。

 結婚してから六ヶ月間、アルベルクとは必要最低限しか顔を合わせなかった。そのため、彼と一緒に夕食を食べているというこの状況が新鮮に感じるのだ。

 フォークとナイフを手に持ったまま固まるサナ。それを不審に思ったアルベルクが声をかける。


「食事が口に合わなかったか?」

「い、いいえ。とても美味しいです」

「そうか」


 アルベルクは頷いたあと、食事を再開させる。フォークとナイフを使い、肉を綺麗に切る。そしてそれを口元へ運んでいく。ほんの少しだけ、咀嚼そしゃくする音が聞こえた。食事を食べる姿も美しく芸術的だ。やはり、分からない。アルベルクがサナを娶った理由が。家柄も、美貌も、才能も素晴らしい彼には、もっとふさわしい女性が数多くいたはず。

 サナは、目をカッ開いてアルベルクを凝視する。


「…………何か言いたいことがあるのか?」

「はっ……! いいえ! 何もありません!」

「そうか……。食事が冷めてしまうぞ」


 アルベルクに指摘を受ける。サナは急いで食事を再開させた。さすがはエルヴァンクロー公爵家の料理人たち。食材選びも味付けも料理方法も何もかもが格別だ。絶品であるひと品ひと品を味わいながら食していく。


「変わったな」

「……何がでしょうか?」

「頭部をぶつけて意識を失ってから、少し性格が変わっただろう」

「へっ!?!?!?」


 大声を出してしまう。食事中に声を荒らげてしまったことに羞恥心を感じ、サナは咳払いして誤魔化した。

 性格が変わった、と言われれば確かに変わった。しかしサナはサナだ。魂の過去、前世を思い出そうとも、彼女がサナ・ド・エルヴァンクローであることに変わりはない。物語の随一ずいいちの悪役であったことを理解し、アルベルクという超絶タイプのイケメンと結婚したことをかんがみれば、性格が変わったと言われても否定できない。前世の人格がちょくちょく、どころか、かなり出てきてしまっている気もするが、サナ・ド・エルヴァンクローの本質ももとは似たようなものだろう。初めて会ったアルベルクに心を奪われ、彼との初夜を期待してムラムラしてしまうくらいなのだから。物語の中の悪役という役目、その意識さえなければ、サナも悪女と呼ばれることはなかったのかもしれない。


「打ちどころが悪かったか? もう一度医者に見てもらったほうが、」

「大丈夫ですよ。少し、悟りを開いただけですから」

「悟り……」

「はい。つまりは、エルヴァンクロー公爵家の夫人として、アルベルク様の、その……つ、妻として……自覚が芽生えたということです」


 頬を染めながらそう言うと、アルベルクはぱちくりとまばたきをした。数秒後、サナの言葉を理解したのか、僅かに狼狽える。いつもは冷静沈着れいせいちんちゃくな彼が動揺する姿は、随分と可愛らしい。


「これから公爵夫人としての職務もしっかりこなしますから……」


 少しでも、アルベルクの役に立ちたい。彼に認めてもらいたい。初夜のように拒絶されるのは怖いが、ハルクも言っていた通り、歩み寄る努力は必要だろうから。


「助かるが、嫌なことをやる必要はない。お前はただ、この城で、この街で好きなことをして過ごしてくれたらいい」

「………………」

「仕事をしないからと言って責められるわけではないからな。この城に、お前を責める権利のある者はいない」


 アルベルクはフォークとナイフを置き、口元をぬぐった。淡々たんたんと述べた彼に、サナは複雑な心境におちいった。

 近づこうとすればする分、アルベルクが離れていく気がするからだ。仕事が嫌だなんて一言も言っていないのに、彼はサナが仕事を嫌がっているのだと解釈した。全面否定はできないが……なんだか悔しい。

 好きなことをして過ごしてくれたらいいというのも、釈然しゃくぜんとしない。もしかしたら手伝われることが嫌なのか。伯爵家の箱入り令嬢、まともに仕事もしたことないのに、どうせできないだろうとなめられているのだろうか。


「エルヴァンクロー公爵家に嫁いだからには、しっかり仕事はしなければならないと思っています。ですから、私がやりたくてやるのです」

「…………そう、か。口出しして悪かった」

「こちらこそ、少しムキになってしまいましたわ。申し訳ございません」


 素直に謝罪する。グラスを持ち上げ、水で喉をうるおした。


「そろそろ行こうか」

「はい……」


 アルベルクとサナは席を立つ。アルベルクから差し出された手を取り、間をあとにした。

 サナの部屋までの道のりを歩く。無言に包まれた空間は、居心地が悪かった。話さなければならないと口を開こうとするが、何も話題が思い浮かばない。そうこうしているうちに、部屋に到着してしまった。


「今日は……疲れただろう。ゆっくり休んでくれ」

「はい。アルベルク様も……。おやすみなさい」

「あぁ」


 手が放れると同時に、外気にさらされる。やけに冷たく感じる。離れたばかりだというのに、アルベルクの手の温もりが恋しくなった。

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