暁風の紡ぎ詩
藤郷
プロローグ
気が遠くなるほど永い、戦の話である。
遥か昔。この大陸が、エルタニオンの名すら戴いていなかった時代。
『王の中の王』を決める戦があった。
数多の部族が武器を掲げ、各地で戦禍の炎が吹き上がる時代に、大陸全土を統べる王を決める戦いであった。
誰も彼もが、我こそはと王を名乗る。
だが、一人、また一人と、刃を伝う露と消えた。
苛烈を極めた戦の中で、無数の
人々を率いた王、武勇を誇った将、そして疑うことなく明日を信じた民草。無頼の徒に、神の言葉を待った者。
国を問わず、身分を問わず。戦火は地を這い、等しく命を舐め取った。
荒野の戦場に築かれた剣山、冷たい山の洞穴、はたまた炭と化し風雨にさらされた街。無銘の墓は、そこら中に。
命ついえた者たちは、下へ、下へと――冥界・『地下の国』へと集った。
海の底より暗く、吹雪く山よりも冷たいその場所で、骸たちは沈黙を守った。
地上で起きたすべてを見聞きしながら、その時を、待った。
――胎動する。
――鼓動が聞こえる。
かつての戦場に芽吹き茂る草花よ、産声をあげた者よ、地上に広がるすべての命よ。
聞け、営みがついに終焉を迎える。
太古の昔に成しえなかった願いを、今こそ。
『王の中の王』を、ここに――と。
***
双翼が闇夜を割く。
夜の帳を映した艶やかな翼の上を、柘榴の実のように転がるのは溢れたばかりの鮮血。
獅子のような太い脚は傷でただれ、三日月のように鋭いくちばしには
夜を駆る獣は、たいそうな痛手を負っていた。
辛くも逃げ出したというのに、空はどこにいても自分の姿を顕わに晒す。
痛みを堪え、低く唸りながら獣は一心に空を駆る。
たとえこの身が朽ちようと、辿りつかねばならない――ただその一心。抉られた傷の痛みを飛ばすように、大きく胴震いをする。
その時、背筋が震えた。
獣は瞳孔を大きく丸く開き、それから糸のように細く引き絞った。己を逃さんと執拗に迫る、冷たい追手の息吹。
怨念のような禍々しい気配が、ぬめりと神経を逆なでる。
やむを得ない、と獣は固く目を瞑った。
空から急降下し、眼下へ広がる森へと向かう。
枝が折れる。葉が散る。不格好に着陸をする。
森に住まう獣も精霊も、驚いて飛びのいていった。
息の詰まるような静寂が、夜の森に訪れる。
疲労から目を閉じた時、ふと、遠くから懐かしい気配を感じた。
最初はそれがなにかわからずにいた獣だが、徐々に霧が晴れるように、その気配の正体を思い出す。
(そうか、ここは、私は)
精も根も尽き果てた獣だったが、身を起こし、今一度翼をはためかせた。
すぐさま、遥か頭上でざわめく気配を感じる。追手が気づいたらしい。
ならば急がねば。そして伝えねば。
覇王の子孫に、災いが起ると。
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