1-02b 学園長の見送り

 わけがわからず動揺しているきりを引きずるように、女性は部屋の向こう側――大きな二枚扉の方へといざなった。重厚な扉の片側は開け放たれ、外から気持ちの良い風が吹き込んでいる。扉のそばには灰色のローブを身に着けた、一人の高齢男性が立っていた。どうやら彼が、「学園長」らしい。

 学園長の頬には傷があり、年齢を重ねた者特有の落ち着きと貫禄かんろくが、その堂々とした体からにじみ出ている。彼はゆったりと微笑むと、重低音の威厳に満ちた声音こわねで言った。


「ようこそ、キリ。あなたで最後です。さあ、この台座にその辞典を乗せて。ああ、ホルダーごとで構いませんよ」


 さあ早く、と後ろで先程の女性が霧を急かす。

 霧はおたおたしながらも、言われるがままに目の前の優美な台座――本を置くための傾斜がついた、台座上部に辞典を置いてみた。その途端、ピカッと台座と辞典が眩しい光を放つ。霧は驚いて、ビクッと体を震わせた。


(え、え、何今の?! なんの仕掛け?! てか、どっかで見たことある、これ……どこだっけ?! それに何でみんな、あたしを知ってる感じなんだ?!)


 挙動不審の霧とは対照的に、学園長は落ち着いた雰囲気を崩さず静かに言った。


「うむ、いいですよ。辞典が認識されました。さあ、辞典を取ってホルダーを肩に掛けて。ケープのホルダー通しに固定しておくといいですよ、今日は風が強い。飛ばされないように」


 霧は素直に指示に従い、辞典をホルダーごと肩にかけると、ケープに付いているホルダー通しに固定した。そうして不安げに学園長を見つめる。指示をもらえなければ、次にどうすればいいのかまったく分からない。その霧の気持ちを見透かしたように、彼はポンと霧の肩に優しく手を置いて言った。


「大丈夫、何も心配いりませんよ。リューエストも先に行きました。下で合流できるでしょう」


(リューエスト?! ……え……ちょ、何なのさっきから、この既視感?!)


 霧が戸惑いながら眉をしかめていると、後ろから先程の女性が困ったように言った。


「あら、やっぱりあの子ったら先に行ってしまったのね。んもう、仕方のない子。妹を置いていくなんて……」


 妹? 誰のことかな?――と、霧が首を傾げていると、学園長は「では旅立ちなさい」と言いながら霧の背中をそっと押して、扉の外へと誘導した。そして晴れ晴れした表情で、霧にこう告げる。


「良い入学旅行を!」


 サッと右手を外へと振り、学園長が扉の外へと霧を誘う。うながされるまま外に出ると、青い空が視界いっぱいに広がっていた。


「あっ……! ああっ……っっ!!」


 霧は息を呑んだ。

 強い風が頬をなぶってゆく。

 振り返り見上げると、大空を背景に西洋の古城を思わせる優美な建物がそびえている。霧は今、その城から出てきたのだ。


「こ、こ、これ、知ってる、この、城……っ!」


 そう、霧はこの光景を知っていた。


「う、う、嘘でしょ……、これ……ああ、ああっ!! ここはっ……『ククリコ・アーキベラゴ』!! 魔法士たちの、空飛ぶ古城学園!!」

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