第30話 砂王賞
十二月、師走の競竜界は一年の総決算である大賞典の月である。
八級の大賞典は『
世代戦の『菊花杯』と長距離重賞戦線を勝ち抜いてきた古竜との初対決が毎年の話題である。
ここまで行われた長距離の古竜重賞は『金剛賞』『橄欖賞』の二つ。
『金剛賞』は岡部厩舎の『サケキラメキ』と秋山厩舎の『タケノリクドウ』が同着。
『橄欖賞』は秋山厩舎の『タケノリクドウ』が勝利。
『菊花杯』は岡部厩舎の『サケギンザ』が勝利している。
新聞も岡部厩舎の二騎と『タケノリクドウ』の三強対決という記事内容になっていた。
初週の調教が終り、両騎の重賞登録を済ませ厩舎に戻ると珍しい人が訪ねてきていた。
津軽厩舎の専属騎手の大浦健信である。
大浦は津軽同様口髭を蓄えており筋肉質である。
津軽に比べると顔が細長く、鷲鼻が特徴的。
杉厩舎の原騎手同様、山賊のような風貌をしている。
大浦は応接椅子に腰かけ、荒木に淹れてもらった珈琲をすすって待っていた。
「大浦さん、どうしたんですか? 津軽さんに何かあったんですか?」
「うちの厩舎が何も無いから、ここに来させてもろたんですよ」
大浦の態度で岡部は、何が言いたいのか何となくは察せられた。
「ねえ、岡部先生。『ギンザ』は決勝、誰が乗る予定なんですか?」
「まだ決まってませんよ。服部は『キラメキ』に乗るって言ってますから、『ギンザ』は決勝まで行ければ空くことになりますね。大浦さんか、原さんにって思ってましたけど」
それを聞くと大浦はしめたという顔をして口元を緩めた。
「『ギンザ』俺に任せてくれたりしませんかね?」
「長距離戦でテン乗りですか?」
「それですやん。来年、杉先生のとこの原は自厩舎で忙しいでしょ。その点、俺は空いてることが多い思うんですわ」
大浦は悪びれる風もなく言い放ったが、誰が聞いても厩舎批判以外の何ものでもない。
岡部の分の珈琲を持ってきた荒木が大浦をまじまじと見ている。
岡部は思わず苦笑いである。
「それ、津軽さんが聞いたら泣きますよ?」
「かなり成績上がったとはいえ、まだ決勝まで残れへんのやから、泣いたらよろしい!」
今ここに津軽が現れたらとんだ修羅場になるんだろうなと思いながら岡部は珈琲に口を付けた。
「という事は来年も優先的に乗せて欲しいと?」
「もちろん服部を最優先で構いません。決勝で乗り役空いた時にまず俺を!」
岡部が中々うんと言わないので大浦は不安になり、難しいですかとたずねた。
「この話、津軽さんの許可は得てるんですか?」
「先生の方からお願いできませんでしょうか?」
やれやれという態度をした岡部を大浦は不安気に見つめた。
「わかりました。じゃあ明日にでも伺いますよ」
大浦は何度も拳を握り喜んだ。
厩舎を出た後も、跳ねたり、構えたりして、何度も全身で喜びを表した。
斯波が奥でこのやり取りを聞いており、俺でも同じ事をしただろうなと苦笑した。
『サケギンザ』も『サケキラメキ』も、予選、最終予選と、どちらも一着で決勝に駒を進めることになった。
津軽も杉も出走させていたのだが、杉の竜の最終予選五着が最高だった。
岡部が武田厩舎に顔を出すと、それを聞きつけて秋山がやってきた。
岡部と秋山が応接椅子に向かい合わせで座り、そこに武田が珈琲を淹れてやってきて、岡部の隣に座った。
「単純比較で考えたら、うちの『リクドウ』いう事になるやろな。『金剛賞』も『
「うちも勝ち竜が二頭いますから、どっちかは勝てるんじゃないかと……」
秋山と岡部が新聞を見ながら言い合っている隣で、長距離重賞勝ててなくて悪かったなと武田が不貞腐れている。
「問題は今年の『菊花杯』の質やんな。高ければうちの『レンジュ』や、武田の『コウホネ』も一発ある思うねん」
「そうですね。毎年、勢いは世代戦の竜だそうですからね」
人の竜を大穴扱いしやがってとぶつくさ言いながら武田は悔しがっている。
「そやけど岡部は低いとみてるんやろ? 服部乗せへんかったとこ見ると」
「そこまで大きな差は無いと思ってます。服部が『キラメキ』に乗るって言うから会派の先輩の騎手が『ギンザ』ってだけですよ」
そうは言っても最終予選を勝った六頭は他に比べて実力が抜けていると思うというのが三人の共通の見解であった。
「最終予選が全六戦で、お互い上手い事ばらけて勝ち竜六頭のうち、うちらで五頭やからな。競走が今から楽しみやな」
「……残った『イナホシングンオー』が勝ったりして」
「言うな言うな! 言うたらほんまになるから!」
夜の八時がやってきた。
寒波が来ているらしく夕方から雪が降っている。
下見所を見る人影は、重賞とは思えないほどまばらで、見ている人も防寒着で着膨れしている。
風も強く、誰の物か競竜新聞が舞って下見所に飛んできた。
それを係員が急いで拾って捨てた。
竜の鞍には雨避けの合羽がかけられている。
竜を曳いている内田と斯波もガチガチに防寒着を着こんでいる。
係員の合図を待つ騎手たちは防寒着が着れず、寒さに震えあがり足をバタバタさせている。
「さぶいっ!」
係員の合図で竜に駆け寄った服部が竜に跨り震えた。
八級の竜は元々羽毛で寒冷地に対応しているせいか、寒さをものともしない。
その為、乗ってしまえば、それなりに暖かいらしい。
服部と板垣は竜を抱えるような姿勢で、二人で笑い合って競技場へと向かった。
発走者が小旗を振ると発走曲が奏でられた。
それと共に観客席から寒さを吹き飛ばすような熱い歓声が轟いた。
――
八級西の大賞典『砂王賞』、まもなく発走の時刻を迎えました。
今年一年はどのような年でしたでしょうか。
この競走で笑って一年を締めくくりましょう。
現在天候は雪、競技場の状態は稍重となっております。
各竜順調に枠入り、全竜収まりました。
発走しました!
ポンと飛び出したイナホシングンオー、そのまま押して行きます。
サケキラメキ、チクコンペイも良い発走。
イナホシングンオーが行きました。
まずは全竜正面観客席前の直線を進みます。
サケキラメキ、クレナイシュッケ、ヒナワゲキテツ、外サケギンザ。
チクコンペイ、ジョウグンカ、タケノレンジュ。
内ハナビシコウホネ、中ロクモンシチョウ、外タケノリクドウ。
サンレンセイ、エイユウジジュウ、キブンジョウジョウ。
少し離れて、ジョウサンポウ、最後方にソクシャホウ。
全竜一角を回って曲線に向かいます。
先頭変わらずイナホシングンオー。
直前の倍率は六番人気。
一番人気タケノリクドウは中団外。
全竜二角を回って向正面を力強く疾走中。
前半の時計はかなり早め。
路面が湿って足抜きが良さそうです。
現在先頭はイナホシングンオー、軽快に飛ばしています。
その後ろにピッタリとサケキラメキ。
二番人気サケキラメキが二番手追走。
ハナビシコウホネ、タケノレンジュはほぼ差が無く中団追走。
三角を回り曲線に入りました。
一番人気王者タケノリクドウは中団やや後ろ。
菊花杯竜サケギンザは前方やや控えた位置。
ジョウサンポウ、ソクシャホウ、加速を開始しました。
全竜が徐々に前との間隔を詰め一団となりつつあります。
四角を回り最後の直線。
イナホシングンオーそのまま先頭で直線に向かう!
イナホシングンオー鞍上鞭が入る!
そのすぐ後ろにピタリとサケキラメキ!
その外からサケギンザ!
直線急坂に差し掛かります。
大外からタケノリクドウ、力強く坂で他竜を抜かしていく!
内からハナビシコウホネも上がって行く!
タケノレンジュ、サケギンザに並んだ!
先頭はいまだイナホシングンオー!
イナホシングンオーこのまま逃げ切りか!
イナホシングンオー坂を上り切った!
一気にサケキラメキ、イナホシングンオーを抜き去った!
内からハナビシコウホネ、中ジョウグンカ、外サケギンザ、大外タケノリクドウ!
四頭が一斉にサケキラメキに襲い掛かる!
イナホシングンオーは一杯か。
大外タケノリクドウが凄い脚だ!
残りわずか!
サケキラメキとの差が徐々に縮まっていく!
サケキラメキ粘る!
サケキラメキ終着!
サケキラメキがしのぎ切った!
サケキラメキ見事戴冠!
サケキラメキ、ついにタケノリクドウを下し王者交代!
――
服部は『サケキラメキ』をゆっくりと競技場を一周させ、検量室へと戻ってきた。
観客席は『キラメキ』『キラメキ』と大歓声が轟いている。
既に他の竜の騎手は検量を済ませており、四着だった板垣が、かなり悔しそうにしている。
『イナホシングンオー』が垂れてきたんだから仕方ないと武田が板垣を慰めている。
二着だった秋山調教師は岡部の顔を見ると、一足先に皇都に行ってるぞと肩を叩いた。
一方で三着だった大浦騎手は初めて決勝での騎乗だったようで、これが決勝で勝てるような竜なのかと興奮冷めやらぬといった感じである。
「先生、やりましたよ! うちのが単独王者ですよ!」
服部は大興奮のまま内田から鞍を受けとり検量に向かって行った。
検量を終えた服部は板垣や大浦から手荒い祝福を受けた。
報道に呼ばれた服部は報道からの取材に対し、来年きっちりと呂級に上がらせていただきますと力強く宣言した。
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