第11話 太宰府競竜場

 岡部は戸川と二人で山陽道高速鉄道に乗って太宰府へと向かっている。

西国の止級の競竜場が建設中という事で、その状況を見に行くのが目的である。



 山陽道は皇都駅を始発とし、西府、福原、姫路、岡山、芸府げいふ、防府、下関に停車し、太宰府駅が終点となっている。

太宰府は、九州北部、筑紫郡の太宰平野一帯に広がる九州最大の大都市である。

太宰府は南の天満宮付近に政治の中心があり、北の博多港付近に商業の中心があり、政経の中心を大きく離す事で大繁栄した都市である。

下関から太宰府までは、関門海峡から響灘の海岸沿いを街道が通っており、太宰府駅は博多の繁華街のかなり北方の『月隈』という場所に位置している。

この太宰府駅を中心に、北東、北西、西、東、南東と五本の在来線が放射状に延びている。



 岡部と戸川は、まず南東線に乗り込み天満宮駅で降り、太宰府天満宮へ参拝に向かった。

鳥居をくぐり、左手に心字池を眺めながら太鼓橋を通り立派な楼門を通ると、正面に本殿が鎮座している。

参拝が済むと馬場参道で抹茶と梅ヶ枝餅を堪能。


「餅というか、饅頭というか」


「焼餅やな。僕、こしあん派やからいまいちや」


 お伊勢さんの赤福みたいなのの方が好みだと戸川はぼそっと呟く。


「僕もこしあん派なんですよね。この小豆の殻が苦手で」


「僕もや。でも母さんと梨奈はつぶあん派やねん。この殻が無かったらあんこやない言うて」


 先ほどから戸川はどうにも豆の殻が気になるらしく、しきりに抹茶を飲んでいる。


「でも、伊勢の赤福は旨いって言ってましたよね?」


「そら、つぶあんとか、こしあんとかの前に、あんこが好きやからやろ」


 二人は春の陽気にあてられながら、店の庭先で梅ヶ枝餅を齧り、のんびりお茶を啜った。



 参拝を終えると再び南東線に乗って太宰府の駅に戻り、北東線で一駅行った天神駅で降り、紅花会の大宿に向かった。

受付で宿泊登録を済ませ部屋に荷物を置いた。


 窓から外を見ると海岸沿いに現行の太宰府競竜場が一望できる。


「こうして見ると、まだ新しいのに移転しちゃうんですね」


「止級を競竜協会が吸収した際、元々ここにあった競竜場を改装したって聞いたなあ」


 戸川も窓から競竜場を見下ろし、良い眺めだと言って満足気な顔をする。


「それって浜名湖も同じなんですか?」


「浜名湖は元々西岸にあったんを、吸収した時に中洲の小島に移転したって聞いたよ」


 そもそもその移転した今の競竜場の場所は、西岸に移転する前に競竜場があった場所らしい。

ようは吸収した際に元の位置に戻したのだそうだ。


「吸収する前っていくつも各地に小さい競竜場があったんですよね?」


「そうやね。不景気でバタバタ潰れたんや。太宰府も、浜名湖も」


 その頃、止級の競竜場は『競竜場連合』という瑞穂競竜協会とは別の組織に属していた。

競竜協会は略して『竜協』と呼ばれ、競竜場連合は略して『場連』という愛称で呼ばれていた。


 当時、潰れた競竜場の多くが川を利用してた。

真水は竜への負担が大きいため、調教を近くの海で行い、競争の時にはわざわざ川まで運んで競争させていたのだそうだ。

そのまま競争も海でやれば良いと思うだろうが、周辺住民や漁業関係者との兼ね合いでどうしてもそういう立地になっていたらしい。


 止級の競竜を再開するにあたり、浜名湖と太宰府以外に、蒲郡、丸亀、三国、大村の四か所が候補として挙がっていたのだそうだ。

大村は交通の便、三国と丸亀は集客力の問題、蒲郡は浜名湖と競合で負け、最終的に今の二か所になったのだとか。


「仁級や八級みたいに、四場開催っていう案は無かったんですかね?」


「そこまで人気になると思わへんかったんやろ。そやけど今後はわからへんよ」


 そう言うと戸川は岡部の顔を見てニヤリと笑った。


「じゃあ夏開催だけじゃなくなるかもと」


「かもしれんね。なんせ国際競争が開催されるんやから。もしかしたら八級超えたら選択式なんて事になるやもしれへん。まあ何十年も先の話やろうけどね」


 その後も二人は、こうなるのでは、ああなるのではと止級の将来について、あれやこれやと言い合った。



 部屋に備え付けの珈琲を飲みながら、窓の外の景色を二人で眺めていると、受付から義悦が到着したとの連絡が入った。


 現在、竜運船の極秘事業は『止級研究所』という名前で、紅花会の一社として営業している。

社長は義悦で、大山が副社長兼輸送開発部の部長。


 今回、義悦は二人の部下を連れてきている。

どちらも取締役を務めている人物である。


 一人は成沢なるさわといい、元々最上運送に勤務していた人物で、大山の一年先輩で義悦と同じ歳である。

運送会社では大山と同じ設備開発部におり、大山と仲が良かった事から一緒に南国に行った人物である。

現在は輸送試験部の部長をしている。


 大山は南国に行く事になった時、実は会社を辞めてしまおうと思ったらしい。

責任重大すぎてとても自分にできるとは思えないと。

それを仲の良かった成沢に相談した。

成沢は話を聞くと、自分を連れて行けと大山の肩を叩いた。

一人でどうしようと悩んだって悪い方にしか思考はいかない。

だったら二人で相談して一歩づつでも前に行ったら良いじゃないかと大山を励ました。


 極秘事業であった為、大っぴらに人材募集をかけるわけにいかず、大山と成沢は二人で首を縦に振りそうな者に声をかけた。

そうして五人で開発を開始する事になったそうである。


 成沢がいなかったら大山は逃げ出していて、この計画は頓挫していたかもしれないと義悦は笑った。



 もう一人は、大崎おおさきといい、義悦が起用した人物である。

元は会派の本社で経理部に所属していた人物で、入社は義悦より一年遅い。

現在は総務部長をしている。

義悦が最も腹心として信頼している人物であるらしい。


 大崎は義悦の大学時代の後輩であるらしい。

一年浪人しており、歳は同じだが学年は一つ下になる。

共に経済を学んでおり、義悦は経営戦略を、大崎は経理分析を学んだ。

大崎はおよそ試験というものが苦手で就職活動に見事に失敗した。

だが才能を知っている義悦が大崎を拾い、義悦の直属の部下として経理部に所属させ競竜の管理を行わせていた。

仕事の中で競竜の面白さに目覚めていき、義悦と共に竜の買い付けにも行っている。

定評のある義悦の相竜眼は、実は大崎の見立てもかなり大きい。

義悦からは、いづれ会社経営から離れるから、その時に一緒に離れられるように部下を育成してくれと言い含められている。


 今回、最上会長から義悦の元に岡部たちが太宰府に見学に行くとの一報が入り、義悦も同行するという事になった。

その際に大山が成沢も行かせたいと言い出した。

調教師から直接止級の知識を入手できる絶好の機会と感じたからである。

ただ大山と義悦、双方が遠出をしてしまう状況は作りたくない為、自分は残るという事だった。

成沢が同行すると聞いた大崎は自分も同行したいと言いだした。

大山は渋ったのだが、大崎は何かあったら俺の部下に相談してくれと笑顔で背中を叩いた。




 合流した五人は、まずは昼食に行こうと言う事になった。

大崎は事前に下調べをしてきたようで、ここに来たらまずは拉麺だと言って一件の拉麺屋に入った。

汁はなるべく残して、麺を食い終わる前に替え玉という麺のおかわりを頼むのがここのやり方だと大崎は説明した。

むせるような豚骨の臭いに少し食欲が失せてしまっていたのだが、食べてみると意外にも美味しかった。

戸川は麺が硬いと岡部に耳打ちした。



 昼食が済むと、一行は現行の太宰府競竜場に見学に向かった。

競竜場の事務室で戸川の名前で見学を申請し厩舎棟を見学した。


 いわゆる竜房は屋根付きの生簀のような感じになっており、水路によって調教場、競技場と接続されている。

水路には所々に平行回転式の橋がある。

普段は通路側になっており、水路を横切りたい時は回転させるという方式となっている。

竜房の横にこじんまりとした事務室がある。

内部は呂級のように複数部屋がある感じではなく一軒一部屋という感じである。

まるで異世界のようだと戸川は感想を漏らした。



 調教場を見に行くと、何も無い海原に反転角となる浮きが二か所に置かれていた。

大きな時計を見て、あれは何ですと成沢が岡部に問いかけた。


「あれは発走時計ですね。止級は発走の仕方が少し独特なんですよ」


 そう言って岡部が丁寧に説明した。


 止級は『助走発走式』と言う初見では理解が難しい発走方式を取っている。

枠さえ守れば発走位置はどこでも良い。

だから発走機というものが存在しない。

発走位置はどこでも良いのだが、発走時計の針が零を向いた時に発走線直前にいないといけない。

発走後に写真判定を行い、もし発走線を越えていたら『勇み発走』と言って問答無用で失格になってしまう。


「じゃあ、発走位置から発走しても良いという事なんですか?」


「良いんじゃないですか? ただそれだと、後ろから加速してきた竜には絶対勝てないですけどね」


 成沢はなるほどと頷いてちゃぽちゃぽと浮かんでいる浮きを眺めている。

ある程度頭の中で想像しているらしく、ふいに首を傾げた。


「騎手の人は、どうやって発走を合わせてるんでしょうね?」


「ここは調教場なんで無いんですけど、競技場にはだいたいの目印として空中線という綱が張られているんですよ。それと距離浮きっていうのもあってそれで判断するみたいですね」


「むずっ!」


 成沢の素直な反応に岡部は笑い出した。


「だから、よく失格者が出るんですよ」


 戸川がその説明に補足をした。


「いかんせん生き物相手やからな。鞍上の判断は、ほんまに難しいそうやで」


「これだけ聞いただけでもかなり面白そうなのに、なんでここまで廃れてしまったんでしょうね?」


 成沢の疑問は大崎も感じたらしく、それだよなと相槌を打った。


「色々理由はあると思うんやけど、昔は三周って距離が決まってて、向正面に跳ね台も無かったそうやからね」


 そのせいで最内が圧倒的に強く、最初の反転角でほぼ全てが決まっていたらしい。

そんな状況にも関わらず位置取りも枠順じゃなく早い者勝ちだったそうだ。

そのせいで発走の位置が推測しづらく、竜券を買う側も一見いちげんはお断りという雰囲気だったらしい。


「じゃあ、その辺りに原因があると思って、重賞毎に距離を変えたり潜水回数を制限したりしたと」


「潜水回数の制限は協会に入る前からや。定期的に窒息事故が起きてたらしうてな」


 なるほどねえと、戸川の説明に岡部が納得していた。


 成沢はそこまで話を聞くと、開催期間中にもう一度来たいと義悦にせがんだ。

水着のお姉ちゃんがいっぱいだぞと、戸川が成沢の尻を叩いて大笑い出した。

すると大崎が目を輝かせ、それは一回来てしっかりと研修しないと行けないと言い出し義悦を呆れさせた。

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