第4話
食品館へと一直線に行って、買い物をして、ちゃっちゃと帰ればいいものを。いつもの調子でゲームセンターに立ち寄る。わざわざエスカレーターに乗って、運ばれてまで、そこへ行く。
知っている奴らは、皆々メダルゲームに興じていた。眼前のそれに、なけなしの集中力を注いでいるから、俺に気づく奴などいない。
両替機に、500円玉を入れた。
カチャン、とそれは戻ってきた。
偽の銭など食わせちゃいねぇってのに。新しい銭は使えねぇんだと。
財布を開けて、考える。500円玉がダメなら、1000円札だ。中には札が、ぴらぴらと2枚。この後、買わねばならぬものは? 味噌、油あげ、豆腐に……ああ、醤油も欲しいや。味噌つけてポリポリ食ったら美味いから、きゅうりも買ってくか。ネギも、安けりゃほしい。あんれ? 家出るときに考えてたもんは、これで全部か? なんか余計なもんが入っているような、必要なものが抜けているような。わかんねぇけど、まぁ、いいか。どうせこの後、また忘れる。そうして再び、考える。今、俺が判断すべきは、ここで1000円、使って平気かってことだけだ。……ま、問題ないか。ちゃっちゃと食えよ、新しい銭を食えねぇ老いぼれ。紙を口に突っ込む。今度は食った。ヴ、ヴヴヴヴ、と苦しげに咀嚼し、ジィ、とゲップをすると、ジャラジャラと銭が出てきた。吐いた後は、ビービーとよく泣く。
銭は一度につかみ取れる量だがしかし、器用につかめず、幾度もつまんで、財布に放り込んだ。吐き出し口に銭が触れるたび、カチャン、カチャンと鳴った。満腹になった財布の口を、ジジジ、と強引に閉じた。
今日はどれをやるか。よそ見しながらト、ト、と歩き、考える。どうせ、俺にゃヘンテコな仕組みのやつはできない。巨大な筐体の中に鎮座する、デカくて重たそうなぬいぐるみもしかり。じゃあ、なんならできるんだよ。小さな筐体の、ちびっ子が小遣いで買うような、ちっこい駄菓子くらいならいけるか? そう思うことはよくあるが、挑戦したことはない。そんなもの、どうせこの後買い物に行くのだから、その時買った方がいいに決まってる。やるだけ無駄とわかっておきながら、金を払うほどバカでもボケてもない。
ジィ、と見つめる、ボトル入りのつまみ菓子。買ったらいくらだ? 500円……いや、それ以上するか。これを100円で取れたなら大儲けだが……無理だな。
ずんずんと進む。老いぼれ爺さんがひとりで歩いている、のは、珍しいことなのかもしれない。まるで、動物園の檻の中に押し込められたような、妙な気分。誰かの視線は言っている。「なんか変な人いる」と言っている。「なんでこっちにいるんだろう。メダルゲームで大負けしたのかな」と言っている。
そんなことは気にせず、妙な気分を振りはらい、歩みを進める。正直を言えば、気にした時期はもちろんのようにあった。だが、誰かの視線を気にしていたら、何もできない。今ここでしていることは、公園のベンチでグーカグーカと騒音級のいびきをかきながら昼寝をかますのとなんら変わらない。他人の妨害を許さない、自由の謳歌だ。
ト、ト、と歩く。と、俺はふと、ひとつのぬいぐるみに呼び止められた。
『ここにいるよぅ』
そいつは、タカコがくれたカードに描かれている、クマだった。
あのカードを貰ったのは、随分と前のことだったが。さもハローキティやらその仲間たちかのように、平然と、「わたしは今も人気者なんです」という顔でそこにいる。綿の奥に「……のはずなんですけど、なかなか取ってもらえなくて、初心者向けの簡単台にされちゃいました。在庫処分のためです。わたし、すごく悲しいです」と、嘆く心を包み隠しながら。
俺はチャリン、と銭を1枚食わせた。
ボタンが光る。小さな、数字しか表示する気のない画面が、あと1回だけできるのだと、当たり前のことを突きつける。
光るボタンを、ツン、と押した。ヴィーン、と老ぼれの足が蟹のようにカタカタ動く。ボタンから手を離すと、老ぼれは蟹ごっこをやめて、足をブルブルと揺らした。次は、奥だ。いけ、ガニ股。ツン、ヴィーン……パッ。
地上に降りた老いぼれの足が、クマの体を突き刺した。なんともむごい。
よくよく見れば、それはクマの首と首輪の隙間にすっぽりとはまっているらしい。老いぼれが足を閉じる、と、クマの顔が苦しげに歪んだ……ように見えた。
ヴィーン、と首根っこを掴まれたクマが宙に浮く。おお、今日こそは、ついに? 刹那の期待。
「まぁただ」
スルン、と老いぼれの足が抜けた。ホント、年取ると筋力が弱くなってくるよなぁ。俺もだよ。とほほ。
ポトン、と出口じゃあない、ヤツの住処に落ちた。痛くねぇのかなぁ、あの、いかにも安っちぃプラスチックの宝石もどき。結構とんがってるところ、あるけどなぁ。
チャリン。ツン、ヴィーン……パッ。ツン、ヴィーン……パッ。ヴィーン……スゥ……ヴィーン、ヴィーン、パッ。
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