雷閃のつるぎ

水上透明

雷閃のつるぎ

 あるところ、それはちょっと昔でございます。

身体を丈夫にするために、幼き頃から剣術を習っている娘が居ました。

習得は共に習っている男児達よりもずば抜けて早く、娘がうら若い年頃へと成る頃には、それはもう、師範も参る程の腕前へと至っておりました。

しかし、ちょっと昔、女というものの立場はそれは低いものでした。

娘は剣術を修めているものの、すらりとした体躯、凜としたうつくしさを持った面立ちで、いやがおうにも、女であることを引き立て、すれ違う者すれ違う者を振り返らせる程でした。

突然の話が両親から舞い込んできました。

娘の女姿を気に入った問屋の旦那からの縁談話です。

娘の家はといえば、剣術の稽古には出してもらえていたものの、裕福とは言えません。

両親は願ってもないお話、満足のいく暮らしに目が眩みました。

それに、いつまで経っても剣術を女がやっていても将来がありません。

両親は言いました。

「やれ、娘や、女というものは結婚して家事をするものだよ。いつまでも剣を研いでいないで、米を研ぐのだよ。」

断るに断れない今まで育ててくれた両親の話、剣術の精神をしっかり持っていた娘はこのまま剣の道へ進みたいと思っておりましたから、なんとか、なんとか、考えます。

そして懇願しました。

「花嫁修業として、魂を研いで参りたいと思います。何卒私をいっとき、神社の従事として修行させて下さい。」

そうか、まだ年早い娘を嫁に行かせるのは、と、娘の懇願にさすがの両親も憐れみを覚えました。

娘は両親の承諾の下雷閃神社という神社に従事することになりました。

 或る日のこと、神社の巫女が、神主の前で天への奉納の舞を宝飾剣を用いて煌びやかに練習しているところを見ました。

娘は従事に忙しく、しばらく剣を触っていません。たまりかねて、剣に触らせてもらえないか神主に聞きました。

大切な宝飾剣、触らせてはもらえませんでしたが、娘の生い立ちを聞いていた神主は、練習用の木刀を貸してくれました。

娘は久しぶりの剣に心が浮きます。

そして、娘は巫女の煌びやかな舞に触発されて、凜々しい剣術の動作を舞のようにやってみました。

鋭い洗練された剣術の、美しく勇壮な所作の舞。

神主も、巫女も、驚いて見ておりました。

「有り難うございます。」終わりは礼儀まで。

これは素晴らしい。今度の奉納の儀の時に、訪れる観覧びとのための見世物として披露しませんかな?

と、思いがけないお誘いを娘は受けました。

娘は剣を認められてそれはもう嬉しくて、ふたつ返事をしました。

 そして奉納の舞の儀当日、空は曇り模様でした。

いつものことです。

雷閃神社の祀っている雷神様が御覧になっている証拠です。

巫女の舞は終わり、いよいよ娘の見世物の番となりました。

娘は精神を鎮め心は清らに、あの、剣術で洗練された凜々しく閃光のような、鋭くも美しいつるぎの舞を舞ってみせました。

天の方では雷神様が、巫女の舞は終わったか、好奇の目を集める演目は要らないと思って横目で見ておりましたが。雷神様に衝撃が走りました。

こんなにも清らで、まっすぐな心根を表す、真の意味での美しさを持った人間も舞も見たことはない。

雷神様は魅入りました。

娘の方は、舞はそろそろ終わり、「有り難うございました。」礼儀の礼まで・・・と、礼を終えたその時、カッ!

閃光一閃!!

観衆も、神社の者も、まぶしさに目をつむりドーーーーーン!ゴロゴロゴロゴロ!

音と、その後の目の当たりにした光景をよくよく見るまでは、何が起きたのか、解りませんでした。

音が止んで、よくよく見ると、娘の亡骸がひとつ。

場がざわめきました。

「ははあ、あまりにうつくしい舞であったから、雷神様が召し上げたのだな。」

神主と巫女だけが理解をやっとしました。

その通り。

雷神様の元には清らな魂がひとり、つるぎの舞を舞っていた娘でした。

こうして、娘はけがれなきまま天へと召し上げられ、大好きだった剣術を生かした舞を雷神様の元でしあわせに踊り続けることになりましたとさ。


終幕

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雷閃のつるぎ 水上透明 @tohruakira_minakami

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