第28話 初めての告白
「花火、終わりましたね」
「そだね、ちょっと寂しいや」
長いようで短かった花火が終わった。
正直俺は花火に集中できてなかったけど、いい思い出になったはずだ。
だけど今はそれよりも。
「あの、
「うん、わかってる。忘れて欲しかった気持ちがないわけでもないけど、私はもう逃げない」
木井さんはそう言って俺の方に体を向ける。
「私は
木井さんが真剣な表情で言う。
暗くてよくわからないけど、木井さんの頬がほんのり赤くなっているように見える。
「それは、本当にありがとうございます」
「強一くんは?」
「俺は……」
木井さんのことが好きかどうか?
そんなの好きに決まっている。
逆にこれだけの間ずっと一緒に居て木井さんのことを好きにならないわけがない。
だから木井さんに好きと言われたのは本当に嬉しい。
だけどそれに俺が答えていいのかはまた別の話だ。
「強一くんなら悩むよね。とりあえず私のことが好きかそうじゃないかだけ教えて」
「好きです」
「即答をありがとう。ここで悩まれたり、好きじゃないとか言われたら私は色んな意味で人生終わってたよ」
木井さんが安堵したような顔になる。
なんとなくだけど、俺の答え次第では木井さんが取り返しのつかないことをした気がしてならない。
「木井さんのことは好きです。いつからって言われたらわかんないですけど、多分結構前から」
「そんなに喜ばしても何も出ないぞ」
木井さんが嬉しそうに俺の肩をぽんぽんと叩く。
「十分出てますよ」
「ちなみに私は強一くんに一目惚れだから」
「俺を喜ばしても何も出ないですからね?」
とても嬉しいけど、俺は本当に何もしない。
何をしたらいいのかわからないから。
「そこは照れるだけでもいいんよ。まあいいけどさ」
「なんかすいません。でも、初対面の時って、俺と職員室で会った時ですか?」
「うん。正直バレてると思ってたけど、なんか誰にもバレてなかったんだよね」
そんなのわかるわけがない。
だって木井さんは誰にでも優しくて、誰とでも仲良くなれるから、俺の相手をしてくれるのは学校に慣れてない俺を気遣ってのことだと思っていたから。
「だけど強一くん以外の人には夏休み前にバレたんだよね」
「夏休み前って教室で木井さんが可愛かった時ですか?」
「いつもは可愛く──」
「いつも可愛いですから」
木井さんの言うことなんてわかりきってるから全てを言われる前に言葉を挟む。
「なんでちょっと怒ってんのさ」
「怒ってません」
「強一くんのそういうところが好きなんだよね。強一くんはずっと私のことを対等に相手してくれたし、そうやって私が自分を卑下しようとすると怒って褒めてくれるから」
木井さんが嬉しそうに足をぷらぷらさせる。
「私ってさ、家でも学校でも対等に扱われたことないんだよね。お母さん譲りで顔は良かったからそれだけで学校では勝手に持ち上げられちゃうし」
木井さんを知らない人が聞いたら自慢に聞こえるだろうけど、対等の扱われない苦しみは俺もわかる。
俺の場合は常に下に見られて、一人では何もできないからとずっと見下されてきた。
木井さんとは真逆だけど、同じ悩みを持っている。
「実は俺と木井さんって似てるんですね」
「そうかな? 私って結構腹黒だよ?」
「木井さんは肌が白くて綺麗ですけどね」
「そういう意味じゃないわ!」
俺が木井さんの腕を見ていたら腕を隠すように反対側に持っていかれた。
もちろん腹黒の意味がわからないわけではない。
ただ木井さんが腹黒という意味はわからない。
「
木井さんがどんどんと俯いていく。
「つまり木井さんは可愛かったってことですか?」
「私の話を聞いてたのかな?」
「だって要約すると、俺と一緒に居る時間を増やしたかったってことですよね?」
木井さんが頷いて答える。
そんなのただ可愛いだけじゃないか。
「俺は木井さんのそういうところが好きです」
「いきなりやめろし。……嬉しいけどさ、強一くんは私と付き合うことはできないんでしょ?」
「そうですね。俺は大好きな木井さんを傷つけたくないです」
木井さんと付き合えたらそれは楽しいだろう。
だけど俺にはタイムリミットがある。
たとえ木井さんと付き合っても、俺は木井さんを残してすぐにいなくなる。
木井さんがすぐに忘れてくれるならいいけど、木井さんはそんなに薄情にはなれないのを俺は知っている。
「私はそれでも……」
「可能性がないわけでもないですけど」
「え?」
俺は余命宣告を受けた時に選択肢を与えられた。
一つは俺が選んだ自由に生きること。
二つ目はそのまま入院を続けて延命してギリギリまで生き続けるか、助かる方法が見つかることに賭ける。
そして三つ目が──
「手術を受ければもしかしたらとは言われてます。本当に可能性は低いんですけど、成功したら助かる可能性があると」
たとえ成功しても再発の可能性がゼロではないし、長生きできない可能性もある。
だけど全てがクリアされて生きられる可能性がゼロではない。
「失敗したら、まあそうなりますけどね」
「……」
木井さんが苦悶の表情を浮かべる。
「これは独り言なんですけど、俺ってずっと死にたかったんです」
木井さんが今にも泣き出しそうな顔で俺の手を握る。
「独り言続けますね。だって入院もタダじゃないんですよ。母さんは昼間は俺の世話をして夜になれば仕事に行く。それで痩せ細る母さんを見てたら迷惑しかかけてない自分が嫌になっても仕方ないと思うんですよね」
これは誰にも話していない俺の本心。
誰にも話さずに墓まで持って行くつもりだったけど、なんで木井さんには話しているのか。
「だから余命宣告を受けた時は『やっとか』って安堵したんですよね。やっと母さんの負担を減らせるって。俺が高校に通うことを選んだのだって一番お金がかからないと思ったからですし」
木井さんの方をちらっと見ると、涙を流しながら静かに聞いてくれていた。
俺は袖で木井さんの涙を拭う。
「担当の先生の紹介で行った高校ですけど、最初は本当に興味なかったんです。隣の席の人に恋をして、それがきっかけで病気が治るかもなんて、医者なのに非科学的なことを言われたんですよ?」
少しでも木井さんの涙が止まるように明るい雰囲気で話すけど、木井さんの涙が止まる様子はない。
「だけど俺は木井さんに出会えたんです。木井さんに出会って、木井さんと友達になって、木井さんを好きになって。そしたら本当に病気が良くなって。木井さんは俺の女神様だったのかもしれません」
ある意味木井さんは女神みたいだからあながち間違いでもないけど。
「つまり何が言いたいのかと言いますと、木井さんと出会って俺も諦めが悪くなったんです」
「あきらめ?」
木井さんが鼻をすすりながら弱々しく言う。
どんな時でも木井さんは可愛い。
「俺だって木井さんと離れたくないです。ずっと一緒に居たい。だから手術の話までしちゃったんです」
本当なら言うつもりはなかった。
一縷の望みである手術なんて、もしもやって失敗したら残りの人生が無くなって悲しくなる。
そして失敗を恐れて手術をしなかったら、成功がチラついて悲しくなる。
本当に少ない成功以外悲しい結末しか待っていない。
「俺にとっては木井さんが全てです。これを聞くのが残酷なのはわかってます。だけど聞きます。木井さんは手術を受けた方がいいと思いますか?」
「それって……」
「俺の人生を木井さんに任せたいです」
とても残酷なことを頼んでる自覚はある。
木井さんの選択次第で俺の生死が決まる。
誰も居ない今しか聞けない。
もしも母さんが居て、木井さんの選択で俺が死んだ場合は母さんは絶対に木井さんを責めるから。
俺は木井さんの選択でたとえ死んだとしても後悔なんてない。
「もちろん断ってくれても大丈夫です。その時は手術を受けます。準備はできてると言われてるので、多分夏休み中には終わると思います」
「……私、も、きょうい、ちくんと、ずっと一緒がいい。でも、失敗、したら、強一、くんと一緒に、はいられないんだよ、ね……」
木井さんが鼻声で詰まりながら言う。
「はい。木井さんとこれからも一緒に居るには手術を受けるしかないですけど、失敗したら二度と会えないです。たとえ成功しても絶対に長生きできるとは限りません」
「……」
木井さんが俺の胸に顔を埋めるように抱きついてきた。
俺はその木井さんの頭を優しく撫でる。
「なんで私に決めさせるの?」
「後悔したくないからです」
「私が後悔するのはいいの?」
「それは本当にすみません。だけど俺の人生は全て木井さんに捧げたいんです」
「言い方がずるいじゃん……」
木井さんがとんとんと俺の背中を叩く。
「強一くんって運はある?」
「多分やばいですよ。何せ木井さんと隣の席になるっていう豪運の持ち主ですから」
「嘘ついたら私も強一くんの後を追うからね」
「それはやめてください。たとえ俺が死んだとしても木井さんの背後霊としてつきまとうんで」
「死ぬとか言うな!」
場を和ませようとしたら盛大に間違えた。
木井さんの抱きつく力が増して、多分木井さんの涙を増してしまった。
「すいません。配慮が足りませんでした」
「……ううん、私の為なんだよね。だけど二度と言わないで」
「はい」
「……強一くんはさ、私とキスとか、その先とかしたい?」
木井さんが真っ赤な目を俺に向けながら言う。
「……引きません?」
「正直に言ってくれるなら」
「俺だって男なので好きな人とそういうことはしたいですよ」
木井さんを抱きしめるだけで色々と考えてしまうぐらいには俺だって男の子している。
実際はキスだけなら大丈夫だろうけど、その先は俺の体が許さないからできないけど。
「強一くんのえっち」
「理不尽では? 木井さんが魅力的なのが悪いです」
「ちなみに私は強一くんのお部屋に行く度に押し倒される妄想してたよ」
「やってやれば良かった」
俺がどれだけ我慢していたか。
正直ここ最近は本当によく耐えたと思う。
気まずかったのもあるけど、隣で好きな人が寝てるのに見つめるだけで済ました俺は賞賛されていいと思う。
「ここ最近もずっと待ってたのに何もしてくれなかったよね」
「今すぐキスしてやろうか」
「させないよ。ずっとチャンスあげてたのにしなかった強一くんが悪いんだ」
木井さんが顔だけあげて舌をちろっと出す。
可愛すぎる。
「だけど私は優しいからチャンスをあげよう」
「何も聞かずにしていい?」
「だーめ。約束して、強一くんの手術が成功して、完全に治ったら、私を好きにしていいよ」
「やば、やる気しか出ない」
そんなこと言われたら絶対に生き延びるしかない。
そして木井さんとあんなことやこんなことを……
「これって死亡フラグでは?」
「やめとく?」
「言質取ったから。直前になってもやめさせないからね」
これで俺は無敵だ。
俺は木井さんの為ならなんでもやる。
なんでもやってみせる。
「強一くんがタメ口なのが嬉しい」
「……嬉しすぎて素が出てしまった。やめます」
「やーだ。愛しい私のお願いを聞いてくれないの?」
「誘惑するのやめてくれます? 本当にここで押し倒しますよ」
「むぅ、敬語になっちゃった」
「付き合ったらタメ口にしますよ」
「言質取ったからね!」
木井さんがやっと笑顔になった。
この笑顔を見る為だけに俺は頑張れる。
今回はそれにプラスして木井さんを好きにできる権利まで貰えるのだ。
生き残る以外の結果はいらない。
そうして俺は手術を受けることを決心した。
父さんと母さんにそのことを伝えようと思ったら、なぜか近場に居て、なぜか目を赤く腫らした母さんと嬉しそうな父さんと合流して伝えた。
そして夏休み最終日、俺の手術は行われた。
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