第26話 初めての屋台

「さて、花火大会に来たはいいものの、打ち上がるまでは時間があるよ」


「とりあえず回りますか?」


 俺と木井きいさんは花火大会の会場にやって来た。


 人混みが嫌だからと早めに来たけど、早めに来たから花火が上がるまでやることがなかった。


 父さんからお金は貰っているけど、そもそも何をすればいいのかわからない。


 ちなみにその父さんは無理やり連れ出した母さんと一緒に会場のどこかに居るらしい。


「色んな屋台あるね」


「そうですね。何か食べます? それとも絶対に当たらないくじ引きとか、絶対に倒れない射的でもやります?」


「そういうお祭りの闇を言わないの。いないからいいけど小さい子が聞いてたら困るでしょ」


 さすがの俺でも小さい子の夢を壊してまでそんなことを言うことはしない。


 まあ早いうちに現実を知って無駄遣いをさせなくするのも俺達の役目かもしれないけど。


強一きょういちくんの子供は現実主義者になりそうだね」


「子供ですか。できるんですかね」


「またそういうこと言う。怒るよ」


「違くてですね、その、体力的に?」


 俺は木井さんに自分の未来を諦めるようなことを言うのをやめた。


 だから今回のは違うのだ。


 詳しく説明できないけど、俺は体力的に子供を作れない可能性が高い。


 それ以前に俺みたいな奴を世話できる相手がいるのかわからないし。


「体力……なんかごめん」


「気にされると気にします。それよりも木井さんの子供は元気ないい子になりそうですね」


「つまり達観したいい子ってことだね」


「そ、そうですね」


 まさか木井さんが自分のことを達観してると思っていたとは思わなかった。


 確かに人よりも過酷なところで生きてきたから普段の性格からは考えられないぐらいに大人なんだろうけど。


「強一くんのばか」


「なんだか久しぶりに聞いた気がします。やっぱり可愛いですね」


「私のばか……」


 なぜか木井さんが空いてる右手で自分の顔を押さえだした。


「いいや、それよりもこういうのは雰囲気を楽しむものなんだからやってみよ」


「そうですね。木井さんはやりたいものとかありますか?」


「うーん、じゃあくじ引きやりたい」


 木井さんが目の前にあるくじ引きを指さした。


 選んだ理由はおそらく目の前にあったから。


「し、仕方ないじゃん! 私だってお祭りとかは初めてで何があるとかわからないんだから」


「別に何も言ってませんよ」


「そういう目してたもん。いいよ別に。私は世間知らずで目の前のことしか見えてない視野の狭い子なんだから」


 木井さんがそっぽを向いて拗ねてしまった。


「つまり俺と似た者同士ってことですね」


「そういうこと言ったら私が毎回喜ぶなんて思わないでよね!」


 木井さんはそっぽを向いたままだけど、握られている手がにぎにぎされて少し嬉しそうに感じる。


 あくまで俺の主観だけど。


「とにかく行ってみましょ。どうせ当たりなんて入ってないんでしょうけど」


「そういうこと言わないの。もしかしたら入ってるかもでしょ」


「木井さんも入ってるって思ってないじゃないですか」


「入ってるとは思ってるよ。だけど当たる確率は変わらなそうとは思ってる」


 確かにくじ引きは引けば引くほど数が減っていくから普通なら後ほど当たる確率は上がる。


 だけどそれは減ったくじがそのままだった場合だ。


 無くなった分を後から追加されたら確率は変わらず、もしも先に当たりを引いた場合はむしろハズレの確率が上がる。


「だけどやるんですか?」


「当たる当たらないは正直どうでもいいんだよね。当たったらもちろん嬉しいけど、当たらなくても強一くんとならちょっと残念だった思い出になるでしょ?」


 木井さんはこういうところがずるい。


 そんなこと言われたら引くしかない。


「やる気になったの?」


「木井さんのせいですけどね」


「強一くんが嫌ならいいんだよ?」


「俺だって木井さんとたくさん思い出作りたいんですよ」


「……ばか」


 その罵倒をそのまま返したい。


 まあ木井さんに言うなら「可愛い」しかないんだけど。


「どうせ私が負けるからいいや。特賞がゲーム機だって、一等はそのゲームの……カセットって言うんだっけ? これはまた」


 木井さんは濁したけど、そういうことだ。


 特賞は完全な餌で、万が一に特賞が出たとしても一等欲しさに続けさせる意図が見え見えだ。


 そして多分どちらも入っていないだろうし。


 まあ俺も木井さんもゲームはしないからどうでもいいのだけど。


「お熱いカップルさん。やってくかい?」


 くじ引きを屋台のおじさんが営業スマイルで俺達に声をかけてきた。


「カップル?」


「私達はまだそういう関係じゃないですよ。手を繋いでるのはちょっとした都合がありまして」


「……なんだか複雑な感じかい?」


「まあそうですね。今日は思い出作りで来たんです」


 おじさんがなぜか俺の方を見て何かを察したような顔をした。


 何を察したのかはわからないけど、とりあえず納得はしてくれたようだ。


「ほいよ」


「ありがとうございます」


 木井さんがお礼を言っておじさんが出した箱から一枚引いた。


 想像とは違ってちゃんと閉じられているくじ引きだ。


 これでどうやって不正をするのか。


「四等だ」


「まさかの当たる」


「うちは別に学生相手に金を貪るような屋台じゃないんだよ」


 どうやら俺の考えていることがバレていたようだ。


 これは失礼なことをした。


「四等ってどれですか?」


「ここら辺から選んでくれ」


 おじさんはそう言うとたくさんのおもちゃが入った箱を取り出した。


 木井さんがそれを物色し始める。


「兄ちゃんもやるかい?」


「そうですね。失礼なことをしたので」


「律儀な。ほいよ」


 お金を払ってからくじを引く。


 どうせならおそろいがいいから四等狙いだ。


「これで」


「一応言っとくけど、ハズレはあるからな?」


「わかってますよ。ハズレたからって文句は……」


 くじを開くと当たりだった。


 だけど俺にとってはハズレだ。


「……四等です」


「これはまた。いいのか?」


「はい。四等なので」


 おじさんが俺の渡したくじを笑いながら受け取る。


「どうしたの?」


「いえ、木井さんと同じで驚いただけです」


「そう? 私は選んだからどーぞ」


「ありがとうございます」


 木井さんから箱を受け取って中身を覗く。


 多種多様なおもちゃが入っていて、悩む。


 どれも特に欲しくないから。


 だけど時間は使ってられないので軽く全部のおもちゃを見ていると、一瞬目を引いたものがあったのでそれを手に取った。


「ありがとよ。思い出作り頑張れ」


「ありがとうございます。いい思い出になりました」


「本当にありがとうございました」


 俺と木井さんはお礼を言ってくじ引きの屋台を立ち去った。


 その後も適当に屋台を回った。


 晩ご飯代わりに色々なものもシェアして食べた。


 粉ものは木井さんが嫌がって食べなかったけど。


 そして人も増えてきたので最後にりんご飴を買って父さんから教えてもらった穴場に向かう途中、さっきのくじ引きの屋台の前を通ったので挨拶をしようと思ったけど、ちょうど人が居たので覗くだけにしたら、俺達が引いたくじとは違う種類のくじを学生カップルらしき人達が引いていた。


 無くなったからありあわせなのか知らないけど、ハズレを引いて残念がっていた。


 それを横目に俺達は穴場に向かったのだった。

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